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断末魔の残り香(第一シリーズ)
トンネル
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綺麗な青空、整った道路、山へと走り行く自動車。緑の木々は風に揺られて心地よい鳴き声を上げていた。景色が残像を残しながら後ろへ過去へ流れゆく様は爽快感に満ち溢れていた。
今日は音楽の一つもかけずに車を走らせていた。しかしながら静寂からは程遠く、砂を踏む音に転がりあがる音、加えてエンジンや様々な部品たちが織り成す音。愉快なことこの上ない。
春斗は音に耳を向けながら助手席に腰掛けて隣に座る女の顔を眺めていた。真剣そのものとしか表しようのない感情を宿した顔は少し怖く、睨みつけるように景色を見つめる目の下のくまが陰で彩られていつも以上に暗く見える。やがて景色は木々模様へと染め上げられたことも相まって更に暗く見えていった。
ガラス越しの景色だけを見つめているような面持ちの運転手である冬子は春斗の視線を感じたのかいつも以上に低い声で脅すように述べた。
「あまり眺めるな、気が散る。失敗したら死ぬぞ」
それは下手な怪談よりも恐ろしい事実。蛇のようにうねる狭い道は一応ガードレールによって落ちないように守られてはいるものの、古い物なのか所々に錆び付きが見られて心許ない。車一台がようやく通る事が出来る程度の道はまさに落ちたら死という事実を分かりやすく描き恐怖を以て震わせる。
「冬子なんかに見惚れてやがる」
秋男の欠伸混じりの冗談、気怠さを隠すつもりの欠片も感じさせない声は今にも眠りに落ちてしまいそうだと語っているようだ。
山の上の方へと上がるにつれて次第に木々がその手を伸ばして空と道路を隔てていく。車はゆっくりと静かに走り、道を上手く辿れるように慎重に進んで行た。
力を感じさせない動きをする車を上から眺める木々はその手で光を遮っていて薄暗い。昼間に在る不気味な道、いつの日にでも不安を掻き立てて来る景色の中を進んで行く内に白い何かが前に進みながら後ろへと下がって行った。否、ゆっくりと進む何かを車が追い越しただけのこと。
春斗は窓から遠ざかっていく白い物を見つめ、姿をしっかりと確かめた。木漏れ日を受けて清楚な白い輝きを放つ柔らかで儚い印象を与えるワンピースを着てお揃いのような清潔な白い帽子を被った女、血色を感じさせない白い肌の持ち主。服や肌の白とは反対の色とも呼べるような黒い髪は短く、肩すら覆う長さを持たない。
その女から感じられるのは普通とは異なる、死んでいるようなしかし生きているようなそんな気配。まさか何も問題が無いと思っていた道路で霊と遭遇するなど春斗は想像もしていなかった。霊と分かるものの生々しい気配が死の印象から遠ざけてしまう。
「あまり見るな、つけて来る。下手したら死ぬぞ」
先程と似た言い回しで警告を促す冬子。その冷静な口調が頼もしく美しく感じられた。
それから車は進み、春斗は思いがけないものを再び目にしてしまう。のろのろと前進する白い何か、決して広い歩幅ではないものの確実に進んで行く女をまたしても追い越した。先程と同じ人物なのだとすればいつ追い越したものだろうか。
「また、か」
冬子は舌打ちしながらボヤいていた。黒々とした声、怨念よりも分かりやすい忌々しさから目を逸らすように春斗は後部座席に目を移す。その途中に後悔は息づいていた。もしかすると秋男の隣にでもあの霊がいるかも知れないということ。秋男は当然のように眠っており、隣には特に誰もいないことを確かめて安堵のため息を吐いた。
そして進んで行く内にまたしても白い何か、先ほどと同じ女性の霊を追い抜かすのであった。
「あのファッションに黒のショートか」
冬子は同じことを繰り返す女への苛立ちを隠しきれずに特徴にケチをつけていた。
春斗は警戒心を両手で縛り付けて備えながらバックミラーに目を向ける。
そこに映されるものは運転する冬子と助手席に座る春斗、そしてその間で顔を覗かせる女性の姿。目は血走っており、生きている人々をさぞ恨めしそうに睨み付けていた。
思わず叫びながら春斗は後ろを振り向く。しかしそこに見えるのは呆けた寝顔を露わにしながらだらしない姿勢で眠る秋男の姿のみ。
再びバックミラーを見つめてもあの霊の存在は見当たらなかった。
「目を付けられたな」
冬子は残念そうな表情で運転を続ける。
楽しいドライブだったはずのものは恐怖体験へと変化していた。それも最も怪奇現象との邂逅を望む人物が眠っているという形で。
それからは特に何もなく進んで行く。落ち着いた色彩を持った景色は綺麗ながらもどこか不気味。あの体験も相まって心に薄暗いざわめきを与えるのだ。
トンネルが見えて来た。その闇へと車は飲み込まれていく。風なのか笑い声なのか、おかしな音が響いて空間を満たしている。ライトをつけて進む車、それはいつまでトンネルの身体から抜け出せないのだろう。
しばらく進み、それでも暗いまま。やがて闇が迫り来るように闇を突き抜ける。黒く細々とした物はそういう葉なのだろうか、その隙間からは微かな光が漏れて入ってくる。それでもまだトンネルの中にいるのだと気を引き締めて真っ直ぐ景色を見つめている。
トンネルを抜けた、そろそろ無事で済んだものだろうかと春斗が気を抜いたその瞬間、黒い物は動き、その正体を現した。
血走った目は恨みに歪み、目の前の二人に殺意剥き出しの視線で睨みつけ、口はどのような恨み言を吐いているのかひたすら動いていた。
冬子はブレーキを強く踏み込んで見えない道の中、動く事すら危険な車を無理やり止める。急激にかかる慣性、止まる時に残された衝撃に春斗も冬子も前など見ていられなかった。
どうにか止まった車のフロントガラス、内と外を隔てているはずのそこの先に映るもの。透明の境界線の向こうに見えるのは木々が光を遮ることで薄暗く不気味に染め上げられた自然の天井と蛇のようにくねる細い道が見えないところにまで伸びている姿だけ。
今日は音楽の一つもかけずに車を走らせていた。しかしながら静寂からは程遠く、砂を踏む音に転がりあがる音、加えてエンジンや様々な部品たちが織り成す音。愉快なことこの上ない。
春斗は音に耳を向けながら助手席に腰掛けて隣に座る女の顔を眺めていた。真剣そのものとしか表しようのない感情を宿した顔は少し怖く、睨みつけるように景色を見つめる目の下のくまが陰で彩られていつも以上に暗く見える。やがて景色は木々模様へと染め上げられたことも相まって更に暗く見えていった。
ガラス越しの景色だけを見つめているような面持ちの運転手である冬子は春斗の視線を感じたのかいつも以上に低い声で脅すように述べた。
「あまり眺めるな、気が散る。失敗したら死ぬぞ」
それは下手な怪談よりも恐ろしい事実。蛇のようにうねる狭い道は一応ガードレールによって落ちないように守られてはいるものの、古い物なのか所々に錆び付きが見られて心許ない。車一台がようやく通る事が出来る程度の道はまさに落ちたら死という事実を分かりやすく描き恐怖を以て震わせる。
「冬子なんかに見惚れてやがる」
秋男の欠伸混じりの冗談、気怠さを隠すつもりの欠片も感じさせない声は今にも眠りに落ちてしまいそうだと語っているようだ。
山の上の方へと上がるにつれて次第に木々がその手を伸ばして空と道路を隔てていく。車はゆっくりと静かに走り、道を上手く辿れるように慎重に進んで行た。
力を感じさせない動きをする車を上から眺める木々はその手で光を遮っていて薄暗い。昼間に在る不気味な道、いつの日にでも不安を掻き立てて来る景色の中を進んで行く内に白い何かが前に進みながら後ろへと下がって行った。否、ゆっくりと進む何かを車が追い越しただけのこと。
春斗は窓から遠ざかっていく白い物を見つめ、姿をしっかりと確かめた。木漏れ日を受けて清楚な白い輝きを放つ柔らかで儚い印象を与えるワンピースを着てお揃いのような清潔な白い帽子を被った女、血色を感じさせない白い肌の持ち主。服や肌の白とは反対の色とも呼べるような黒い髪は短く、肩すら覆う長さを持たない。
その女から感じられるのは普通とは異なる、死んでいるようなしかし生きているようなそんな気配。まさか何も問題が無いと思っていた道路で霊と遭遇するなど春斗は想像もしていなかった。霊と分かるものの生々しい気配が死の印象から遠ざけてしまう。
「あまり見るな、つけて来る。下手したら死ぬぞ」
先程と似た言い回しで警告を促す冬子。その冷静な口調が頼もしく美しく感じられた。
それから車は進み、春斗は思いがけないものを再び目にしてしまう。のろのろと前進する白い何か、決して広い歩幅ではないものの確実に進んで行く女をまたしても追い越した。先程と同じ人物なのだとすればいつ追い越したものだろうか。
「また、か」
冬子は舌打ちしながらボヤいていた。黒々とした声、怨念よりも分かりやすい忌々しさから目を逸らすように春斗は後部座席に目を移す。その途中に後悔は息づいていた。もしかすると秋男の隣にでもあの霊がいるかも知れないということ。秋男は当然のように眠っており、隣には特に誰もいないことを確かめて安堵のため息を吐いた。
そして進んで行く内にまたしても白い何か、先ほどと同じ女性の霊を追い抜かすのであった。
「あのファッションに黒のショートか」
冬子は同じことを繰り返す女への苛立ちを隠しきれずに特徴にケチをつけていた。
春斗は警戒心を両手で縛り付けて備えながらバックミラーに目を向ける。
そこに映されるものは運転する冬子と助手席に座る春斗、そしてその間で顔を覗かせる女性の姿。目は血走っており、生きている人々をさぞ恨めしそうに睨み付けていた。
思わず叫びながら春斗は後ろを振り向く。しかしそこに見えるのは呆けた寝顔を露わにしながらだらしない姿勢で眠る秋男の姿のみ。
再びバックミラーを見つめてもあの霊の存在は見当たらなかった。
「目を付けられたな」
冬子は残念そうな表情で運転を続ける。
楽しいドライブだったはずのものは恐怖体験へと変化していた。それも最も怪奇現象との邂逅を望む人物が眠っているという形で。
それからは特に何もなく進んで行く。落ち着いた色彩を持った景色は綺麗ながらもどこか不気味。あの体験も相まって心に薄暗いざわめきを与えるのだ。
トンネルが見えて来た。その闇へと車は飲み込まれていく。風なのか笑い声なのか、おかしな音が響いて空間を満たしている。ライトをつけて進む車、それはいつまでトンネルの身体から抜け出せないのだろう。
しばらく進み、それでも暗いまま。やがて闇が迫り来るように闇を突き抜ける。黒く細々とした物はそういう葉なのだろうか、その隙間からは微かな光が漏れて入ってくる。それでもまだトンネルの中にいるのだと気を引き締めて真っ直ぐ景色を見つめている。
トンネルを抜けた、そろそろ無事で済んだものだろうかと春斗が気を抜いたその瞬間、黒い物は動き、その正体を現した。
血走った目は恨みに歪み、目の前の二人に殺意剥き出しの視線で睨みつけ、口はどのような恨み言を吐いているのかひたすら動いていた。
冬子はブレーキを強く踏み込んで見えない道の中、動く事すら危険な車を無理やり止める。急激にかかる慣性、止まる時に残された衝撃に春斗も冬子も前など見ていられなかった。
どうにか止まった車のフロントガラス、内と外を隔てているはずのそこの先に映るもの。透明の境界線の向こうに見えるのは木々が光を遮ることで薄暗く不気味に染め上げられた自然の天井と蛇のようにくねる細い道が見えないところにまで伸びている姿だけ。
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