46 / 55
断末魔の残り香 霧(第四シリーズ)
霊に憑かれて
しおりを挟む
傀儡子の屋敷での一件以降、出来る限り霊的な場所へと歩み寄ろうとはしない春斗。昔から冬子が取っていた姿勢が正しいものだと思い知らされる。
冬子との連絡はたまに取っていたものの、互いに積極的に連絡を取ろうとする性格でもない為か数か月に一度、それも電話で少し話すに留まってしまうといった有り様。
もう既に関係の実感が薄れてしまっていた。
「冬子、元気にしてるかな」
そんな一言を呟きながら時たまかける電話、今日はあまり良いことの無い日だった。
番号を押しながら思い返す。日頃の睡眠不足による疲れからか通勤中に倒れてしまいそうなふらつきを見せていた。
受話器越しのコール音、遠くから聞いているような心地のそれの規則性に身体を委ねている気分に陥ってしまう。音の響きと共に蘇る今日という日の失敗。
通勤中のふらつきが花束やお菓子を踏み荒らしてしまった事。気が付けば周りで歩く人々に向けて必死の謝罪を披露していた。誰に謝るべきなのか分からずに発した言葉と提げられた頭を見て覚束ない足取りによる悪意無き行ないを許す神はそこに居てくれるものだろうか。
やがてコール音の規則性が一つの音で破られた。今向こうにいる相手、声の行き先は同い年の女。
「もしもし、春斗」
相変わらずの低い声、ちょっとした冷たさを外に纏っているようでしっかり聞いてみれば奥の方から溶け出すような温もりを感じてしまうような感情の気配が潜んでいた。
「冬子」
今日は全ての時間が苦痛で帰ってから一度寝てしまった程。もはや趣味や自分の時間といった言葉を大切にする人々の想いなど他人事でしかなかった。
「最近どうかな」
初めの一言は何度電話を掛けた経験を形にして担いだところで初々しさが前線に出ていた。きっと治る事は無いのだろう。
「まあまあだな」
冬子も日頃の疲れが溜まるあまり、物事を楽しむ余裕が無いのだという。
「仕事の疲れより友だちとも会えない方が苦しい」
秋男と春斗、小春といった暖かな仲間と共に彩った日々は今までに無かった感情を呼んでいるのだという。
「休みが合えば何処か一緒に行きたいな」
最大限の甘え、彼女にとって近い距離にある言葉がそれなのだと知った時には春斗の中で飛び跳ねる何かがいた。
「話しは変わるが」
話していて最大限の落ち着きを手に入れる。久々に電話を掛ける相手が冬子で良かったと心の底から這い出る声が内側で渦巻いていた。
あの前置きから繋がる言葉、それを操る声、音の違いに春斗は震え上がった。
「私が死んだ日の話を聞いて」
違う、確実に違う。春斗が話している相手はどのタイミングですり替わってしまったのだろう。
「あの日私は普通に歩いてた、それだけなのに、それだけなのに」
思わず電話を切ってしまう。どうしてこのような異変が訪れてしまったのだろう。考えられることなど一つ、あまりにも大きな心当たりがぶつかっては跳ね返り、春斗の中で大きく膨れ上がる。
確かに事故を悲しむ遺族や友人たちが整えただろうあの場を荒らしてしまったことは間違いない。しかしながらその償いなど出来る気がしなかった。
次の朝、春斗は道を変える。大きく回ってあの事故現場を避け、それでも伸びる道の辿り方さえ間違えなければ勤務先のスーパーマーケットにはたどり着くものだった。
店の外に女の子が立っていた。透明の壁の向こうを、営業時間を迎える前の店の中を見つめ続ける彼女は果たしてどのような色の視線をしているのだろう。
そんな女の子を横目に裏口から入り、手早く着替えを済ませる。周りにてふんぞり返る先輩の半分ほどは従業員たちの共通の敵。そんな彼らが素早く口を開いた。
「私は普通に横断歩道を歩いていただけなのに」
揃いも揃って誰の過去を告げているものか、春斗は既に霊から目をつけられている事を悟り、次の休日のお祓いを待つこととした。
やがて開店時間が訪れる。
自動ドアの開閉、人々の流れ、忙しない品出し。全てが疲れの重りとなって春斗に圧し掛かる。
絶え間ない人々の流れの中に朝から店を見つめていた女の子の姿を認める。
それほど長い時間、ひたすら待っていたのか。春斗は目を丸くしながら女の子の方へと寄る。人の流れの中では誰も彼もが言葉で賑わいを作り、騒がしい空間は大きさを変えないまま膨れ上がっているよう。
春斗が歩み寄ったその先に、女の子の姿は無かった。
「あれ、見間違えかな」
ついつい零れてしまった独り言を塗り潰すように人々のざわめきがはじけ続ける。
「私、車に撥ねられたの」
「あの目は何を見るために付いてるのかな」
「身体から血が止まらなくて」
その内容の一つ一つを耳にして、春斗の全身から血の気が抜ける。誰もが口にしているそれ、この場所全体が祟られてしまったのだろうか。
結局一日、身体を震わせながら過ごした夜。何度も呼び鈴が何者かの訪問を告げるものの全て耳を貸さずに時間だけを捨て去って、次の日は休みをもらってお祓いに行く。
神社の神職は彼の姿や言葉を耳にしてすぐさま社務所に連絡を入れて本殿に上げる。
それから帰りに告げられた言葉によれば春斗の発していた言葉の全てが事故死した女の子の言葉だったのだとか。
勤務先でも心配の言葉を頂いた挙句、心配を抱きながら冬子に電話を掛けたその時の春斗を出迎えた言葉によって危惧していた事実が明らかとなった。
「今度はちゃんと春斗の言葉だな」
あの日のスーパーマーケットで聞いていた言葉は全て春斗が発していたものだったようだ。
冬子との連絡はたまに取っていたものの、互いに積極的に連絡を取ろうとする性格でもない為か数か月に一度、それも電話で少し話すに留まってしまうといった有り様。
もう既に関係の実感が薄れてしまっていた。
「冬子、元気にしてるかな」
そんな一言を呟きながら時たまかける電話、今日はあまり良いことの無い日だった。
番号を押しながら思い返す。日頃の睡眠不足による疲れからか通勤中に倒れてしまいそうなふらつきを見せていた。
受話器越しのコール音、遠くから聞いているような心地のそれの規則性に身体を委ねている気分に陥ってしまう。音の響きと共に蘇る今日という日の失敗。
通勤中のふらつきが花束やお菓子を踏み荒らしてしまった事。気が付けば周りで歩く人々に向けて必死の謝罪を披露していた。誰に謝るべきなのか分からずに発した言葉と提げられた頭を見て覚束ない足取りによる悪意無き行ないを許す神はそこに居てくれるものだろうか。
やがてコール音の規則性が一つの音で破られた。今向こうにいる相手、声の行き先は同い年の女。
「もしもし、春斗」
相変わらずの低い声、ちょっとした冷たさを外に纏っているようでしっかり聞いてみれば奥の方から溶け出すような温もりを感じてしまうような感情の気配が潜んでいた。
「冬子」
今日は全ての時間が苦痛で帰ってから一度寝てしまった程。もはや趣味や自分の時間といった言葉を大切にする人々の想いなど他人事でしかなかった。
「最近どうかな」
初めの一言は何度電話を掛けた経験を形にして担いだところで初々しさが前線に出ていた。きっと治る事は無いのだろう。
「まあまあだな」
冬子も日頃の疲れが溜まるあまり、物事を楽しむ余裕が無いのだという。
「仕事の疲れより友だちとも会えない方が苦しい」
秋男と春斗、小春といった暖かな仲間と共に彩った日々は今までに無かった感情を呼んでいるのだという。
「休みが合えば何処か一緒に行きたいな」
最大限の甘え、彼女にとって近い距離にある言葉がそれなのだと知った時には春斗の中で飛び跳ねる何かがいた。
「話しは変わるが」
話していて最大限の落ち着きを手に入れる。久々に電話を掛ける相手が冬子で良かったと心の底から這い出る声が内側で渦巻いていた。
あの前置きから繋がる言葉、それを操る声、音の違いに春斗は震え上がった。
「私が死んだ日の話を聞いて」
違う、確実に違う。春斗が話している相手はどのタイミングですり替わってしまったのだろう。
「あの日私は普通に歩いてた、それだけなのに、それだけなのに」
思わず電話を切ってしまう。どうしてこのような異変が訪れてしまったのだろう。考えられることなど一つ、あまりにも大きな心当たりがぶつかっては跳ね返り、春斗の中で大きく膨れ上がる。
確かに事故を悲しむ遺族や友人たちが整えただろうあの場を荒らしてしまったことは間違いない。しかしながらその償いなど出来る気がしなかった。
次の朝、春斗は道を変える。大きく回ってあの事故現場を避け、それでも伸びる道の辿り方さえ間違えなければ勤務先のスーパーマーケットにはたどり着くものだった。
店の外に女の子が立っていた。透明の壁の向こうを、営業時間を迎える前の店の中を見つめ続ける彼女は果たしてどのような色の視線をしているのだろう。
そんな女の子を横目に裏口から入り、手早く着替えを済ませる。周りにてふんぞり返る先輩の半分ほどは従業員たちの共通の敵。そんな彼らが素早く口を開いた。
「私は普通に横断歩道を歩いていただけなのに」
揃いも揃って誰の過去を告げているものか、春斗は既に霊から目をつけられている事を悟り、次の休日のお祓いを待つこととした。
やがて開店時間が訪れる。
自動ドアの開閉、人々の流れ、忙しない品出し。全てが疲れの重りとなって春斗に圧し掛かる。
絶え間ない人々の流れの中に朝から店を見つめていた女の子の姿を認める。
それほど長い時間、ひたすら待っていたのか。春斗は目を丸くしながら女の子の方へと寄る。人の流れの中では誰も彼もが言葉で賑わいを作り、騒がしい空間は大きさを変えないまま膨れ上がっているよう。
春斗が歩み寄ったその先に、女の子の姿は無かった。
「あれ、見間違えかな」
ついつい零れてしまった独り言を塗り潰すように人々のざわめきがはじけ続ける。
「私、車に撥ねられたの」
「あの目は何を見るために付いてるのかな」
「身体から血が止まらなくて」
その内容の一つ一つを耳にして、春斗の全身から血の気が抜ける。誰もが口にしているそれ、この場所全体が祟られてしまったのだろうか。
結局一日、身体を震わせながら過ごした夜。何度も呼び鈴が何者かの訪問を告げるものの全て耳を貸さずに時間だけを捨て去って、次の日は休みをもらってお祓いに行く。
神社の神職は彼の姿や言葉を耳にしてすぐさま社務所に連絡を入れて本殿に上げる。
それから帰りに告げられた言葉によれば春斗の発していた言葉の全てが事故死した女の子の言葉だったのだとか。
勤務先でも心配の言葉を頂いた挙句、心配を抱きながら冬子に電話を掛けたその時の春斗を出迎えた言葉によって危惧していた事実が明らかとなった。
「今度はちゃんと春斗の言葉だな」
あの日のスーパーマーケットで聞いていた言葉は全て春斗が発していたものだったようだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる