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黒恵の認識編
世界
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外は爽やかな朝の日に照らされて、強すぎず弱すぎず安定した明かり。道の脇に置かれた鉢から伸びる濃い緑はより一層深みを増していって心をくすぐり続ける。
そんな登校時の光景。
空へと数多の鉄の腕を伸ばす都会は視界に入らないものの、バスと電車で五百円程度、一時間もかからずにたどり着いてしまうワンコイン通勤。
スーツという無個性な灰色や黒に男たちの個性無き姿形。彼らは一生このままで永遠に老いを抱きながらその永遠という幻覚を閉じてしまうのだろうか。報われる人物はどれだけいるのだろう。
――誰も報われる必要はないかな
黒恵の目には今見えている男の全てがつまらなく見えていた。中に混ざってバス停に立つ女の纏まり小洒落た姿がただつまらなく感じられた。目立たない衣装を纏う為にどれだけの手間や金をかけているのだろう。
つまらない彼ら、黒恵もきっといつの日か同じ姿を持ってしまうのだろう。一足先にが悪口へと向かってしまった弟と恐らく同じように通学しているであろう同級生は互いに愛し合いながら魔法という不思議と不気味を持ち合わせた非日常の海を泳ぎ続けることだろう。
しかし黒恵にはそうした人生を歩むという選択肢は選べなかった。きっとどこまでも平凡でつまらないことを嫌悪しながら同時にどこまでも一緒に居たい。そんな憎しみに焦がれたような愛を静かに滾らせながら心を冷やし続ける。
これから進む世界の中に異様な光景など広がってはならない、そう思いつつも断ち切ることが出来ない。理想と現実は決して反対のものではないはずなのに、決して寄り添い会うことの出来ない関係などでは無いはずなのに。
――距離、埋まらないものだね
バス停を通りかかると共にふと違和感を横目に捉えて視線を合わせる。
ひとりの男の背中に迫っている闇、死の象徴。
死線と視線を合わせることの恐ろしさに震えたのがつい三日前だっただろうか。目を向けないように気を配っていても尚見えてしまうことがある。確実にそれは黒恵の死に触れて染め上げられた瞳と波長が合っていると言うこと。赤外線や紫外線のひとつも見通すことの出来ない瞳に映る死。それを睨み付けてすぐさま目を逸らす。
出来ることならば一生見たくないモノ。死ぬときまで目を逸らしていたい事実。黒恵は生きるその時、この命の最果てまで忘れていたいことが今も付き纏っているのだという事を頭の中に叩き込んでは吐き気にも似た嫌悪感を肌で感じていた。
☆
学校へとたどり着いてすぐさまトイレの蛇口へと向かう。思い切り捻って水を出しては手を洗って顔を洗って、それを経ても心は洗うことが出来なくて。
簡単な願いのひとつすら叶わない。このような異常、望まぬ特別など必要ない。黒恵は目立たない普通というモノにどこまでも憧れて沈み込んだ眩しさに届かない手をいつまでも伸ばし続ける。
きっとこれからも変わらないこと。優位性も感じられない、巻き込まれることなど御免、正直な想いの行き場はどこにも無くていつまでも留まり続けていた。
――このまま悩み続けるのかな
受け入れる事が出来るだろうか、他者とは異なる世界。
やがて動くことすら億劫に感じられた足をどうにか動かして教室へと入り込む。
そんな中でまたしても不思議という角度のズレた存在との接触が行われた。
「ねえねえ聞いた」
「うん聞いた」
「あいつでしょ、何あれ」
「知り合いじゃないっつーの」
聞いている限り妙だがいじめだろうか、そうあって欲しいと願ってしまう黒恵の心は異なる世界の見過ぎで捻れてしまっていた。
「何が向こうの店のパイン味のドーナツか」
「それ、この前行ったけどそんなの無いって」
仲間の記憶違いであれ、そう思ってしまう。不思議や世界の影、幻想に触れることなどもはや必要なかった。
しかしながら少女たちの顔に落ちる影と声の薄暗さがどうしても幻想を連想させてしまう。あの出来事の群れたちが意地悪な顔をして手招きをしている。もはやどうすることも出来ないまま受け身の姿勢で見ている事しか出来なかった。
それは時の流れが呼び出し招き入れたこと。
体育の時間の着替えが終わって体育館へと向かっているときのこと。
ひとりの見慣れない少女が例の女の集団の中へと入っていく。
続けて恐らく先ほどの話題のことだろう。相槌と愛想笑いで包んで仲間とも思っていない人物を受け入れているように見える様。黒恵にとってはあまりにも滑稽な演劇に見えて仕方がなかった。
先程は散々愚痴を蒔いて打ち上げていたくせに、あの子がいなくなったらまたしても同じ事を繰り返すくせに。
思いはしても口にはしない。この世界で浮いた行動を取るなど言語道断。まさに幻想に近寄る異色と変わりないことだった。
出来る限り浮かないこと。それこそが黒恵の望む世界に最も近い存在であることだった。
やがて始まる体育の時間。その時に黒恵は実感していた。
非日常に立っていたところで超人のような力を振り絞ることが出来るわけでもなくかと言ってあの認識や行動たちが生かされるわけでも無く、魔法の世界にいるだけでは何も役に立たないと言うことを。
人々がどのような関わりを持っているのか、誰が何処で如何なる行為を行っているのか、好意と嫌悪の全容はおろか人並み程度にも理解していない。
そんな黒恵が、人との関係性に踏み込むことなく眺めているだけの女がどのような口を挟めば良いのか分かるはずも無い。しかし、興味ないながらに流し見るだけでありながらにでも正しくない事など分かっていた。
仲の良いふり、現実で血迷った関係性を陰に隠して演技を続ける少女たちの声はひび割れた鈴のよう。
彼女たち曰く、今日は有名なカフェに行くのだそう。
黒恵でさえ名を聞いたことのあるそこは明らかなチェーン店。コンビニでも時たま目にするその名。そこに行くのだろうか。とは言えど黒恵は実際にそんな建物を一度たりとも目にしたことが無い。彼女の中では未だうわさ話の類いでしか無かった。
名だけが有名な架空。ひとりしか知らないそれとは異なり普通の人物なら触れたこと見たことがあって当然のそれを知らない触れられない、ひとつの壁が立ちはだかると言うこと、如何に虚しいものだろう。
そんなことを巡らせながら頭の中に蔓延る不確かと名付けられた霧と上手く付き合っていきながら。
何も得られない日々を淡々と流しながら、憧れに焦がされることすらなくただひとつの視点、誰もが持つ特別製を捨てながら話に耳を傾け過ごしていた。
体育の授業が終わった後のこと、その後のことを別のクラスの少女は知らないまま、予定の変更が行われていた。
「カフェじゃなくてクレープ食べに行きたい」
「アイツには言わなくていいね」
「当然、アレがいるだけでせっかくのクレープが台無しだもの」
「それそれ」
黒恵にはいまいち理解の及ばない思考の世界、しかしいつの日にか建て前の認識だけでも覚えておかなければならない関係性。
人と、同じ生き物と関わるだけでもなに故に見えない壁をこそりと張らなければならないのだろう。穏便とは陰湿と腕を組んで歩く偽りの平和なのだろうか。
――しかもこんな下らない関わりをエンタメとする文化もあるなんて
そんな埃っぽい雰囲気を吸い込んでしまっては息が詰まってしまう、関わり方のひとつだけで咳き込んでしまう。黒恵には全く持って分からない良さは高尚なものなのだろうか。
――だとしたら、どこまでも腐りきった生き物だよ
黒恵の感覚の中に嫌いな人物と関わり続けるという思考はセッティングされていなかった。それこそが彼女の小宇宙の持つ世界観だった。
やがて空は目の色を変えていく。太陽は逃げていく。まるで人間の毒気に激怒し見て見ぬ振りをしているようで、しかしいやに明るい赤は怒りの情を隠し切れていないようで。
黒恵は仲良しの演技に騙され続けている少女に哀れみの色を向けながら歩く。レンガのような形とパズルのような組み合わせで繋げられ、様々な色に塗られた地面。それが赤い輝きの余韻、空からの色の恵みの出がらしに染められていた。草木の色もまた、太陽の衣装を纏っていた。
いつもとは異なる道を歩いている。自転車を売る大きな店や牛丼屋にハンバーガーの大手チェーン店、最も有名なコンビニエンスストア。既に世の中は便利な普通という統一性によって支配されていた。
そんな中で例のカフェの姿を初めて目にする。
洒落た建物は便利だけを求めた世間の小さな町の中ではあまりにも浮いている。この場所にあるもの、電車の線路や自動車の為に整備されたアスファルトの塊、申し訳程度と言うべきか余白の中で必死に生きていると言うべきか、どうにか生きている自然たち。
建物たちもまた、そうした景色に馴染むように如何なる色を用いても纏まるように配慮していた。そんな中でお構いなしに黒い鉄のテーブルや椅子を用意したカフェ。この建物は容赦なく世界観を殺していた。
テーブルに座っている人物、まちまちで人数の組み合わせなどバラバラである。そこに見覚えのある顔を捉えて驚きを得た。
たったひとりで座る少女は笑いながら誰にともなく言葉を発して笑っている。まるで誰かがいるような素振りで空虚に向かって会話をしている。
そんな彼女の姿に黒恵の震えは止まらない。
気味が悪い、純粋に受け付けない。
人々が彼女を避ける理由を垣間見たようで、知りたくも無いことを知ってしまったようで。
黒恵はすぐさまその場を立ち去ることにした。
次の日のこと。
身体を起こしながら記憶にこびりついた気味の悪さをどうにか剥がそうとしても叶うことなく。
空気を吸って気分を切り替えようにもスッキリ出来ない。そんな気分を抱きながらいつも通りの惰性で学校へと向かう。
登校中に今最も会いたくない人物の横顔を見てしまった。決して記憶に刻み込みたくない人物たちと共に歩きながら彼女が放った言葉に黒恵は目を見開いてしまっていた。
「昨日は楽しかったね、来年もあれ公開されるんだってね。ミステリーのアニメ大好きだから」
そんな会話、ひとりで交わし続けていた内容を語り続ける少女の姿に鳥肌が立って仕方がなかった。
教室にたどり着いてひとり欠けた集団は真っ先に口を開いて薄汚い空間を繰り広げ始めた。
「あいつ何」
「仕返しのつもりかなキモい」
「てかなんで会話の内容知ってるの」
「もしかして後つけてたのかな」
「うわっ、やめてよきしょいきしょいきしょい」
黒恵はここで不可解なズレを見た。
もしかするとあの少女が見ているのは、全く別の世界の光景なのかも知れない。
黒恵が今見ている世界もまた、周りが見ている世界とは全く異なるのかも知れない。そんなことを思うだけでいつでも望まぬ恐怖に支配されることが出来た。
そんな登校時の光景。
空へと数多の鉄の腕を伸ばす都会は視界に入らないものの、バスと電車で五百円程度、一時間もかからずにたどり着いてしまうワンコイン通勤。
スーツという無個性な灰色や黒に男たちの個性無き姿形。彼らは一生このままで永遠に老いを抱きながらその永遠という幻覚を閉じてしまうのだろうか。報われる人物はどれだけいるのだろう。
――誰も報われる必要はないかな
黒恵の目には今見えている男の全てがつまらなく見えていた。中に混ざってバス停に立つ女の纏まり小洒落た姿がただつまらなく感じられた。目立たない衣装を纏う為にどれだけの手間や金をかけているのだろう。
つまらない彼ら、黒恵もきっといつの日か同じ姿を持ってしまうのだろう。一足先にが悪口へと向かってしまった弟と恐らく同じように通学しているであろう同級生は互いに愛し合いながら魔法という不思議と不気味を持ち合わせた非日常の海を泳ぎ続けることだろう。
しかし黒恵にはそうした人生を歩むという選択肢は選べなかった。きっとどこまでも平凡でつまらないことを嫌悪しながら同時にどこまでも一緒に居たい。そんな憎しみに焦がれたような愛を静かに滾らせながら心を冷やし続ける。
これから進む世界の中に異様な光景など広がってはならない、そう思いつつも断ち切ることが出来ない。理想と現実は決して反対のものではないはずなのに、決して寄り添い会うことの出来ない関係などでは無いはずなのに。
――距離、埋まらないものだね
バス停を通りかかると共にふと違和感を横目に捉えて視線を合わせる。
ひとりの男の背中に迫っている闇、死の象徴。
死線と視線を合わせることの恐ろしさに震えたのがつい三日前だっただろうか。目を向けないように気を配っていても尚見えてしまうことがある。確実にそれは黒恵の死に触れて染め上げられた瞳と波長が合っていると言うこと。赤外線や紫外線のひとつも見通すことの出来ない瞳に映る死。それを睨み付けてすぐさま目を逸らす。
出来ることならば一生見たくないモノ。死ぬときまで目を逸らしていたい事実。黒恵は生きるその時、この命の最果てまで忘れていたいことが今も付き纏っているのだという事を頭の中に叩き込んでは吐き気にも似た嫌悪感を肌で感じていた。
☆
学校へとたどり着いてすぐさまトイレの蛇口へと向かう。思い切り捻って水を出しては手を洗って顔を洗って、それを経ても心は洗うことが出来なくて。
簡単な願いのひとつすら叶わない。このような異常、望まぬ特別など必要ない。黒恵は目立たない普通というモノにどこまでも憧れて沈み込んだ眩しさに届かない手をいつまでも伸ばし続ける。
きっとこれからも変わらないこと。優位性も感じられない、巻き込まれることなど御免、正直な想いの行き場はどこにも無くていつまでも留まり続けていた。
――このまま悩み続けるのかな
受け入れる事が出来るだろうか、他者とは異なる世界。
やがて動くことすら億劫に感じられた足をどうにか動かして教室へと入り込む。
そんな中でまたしても不思議という角度のズレた存在との接触が行われた。
「ねえねえ聞いた」
「うん聞いた」
「あいつでしょ、何あれ」
「知り合いじゃないっつーの」
聞いている限り妙だがいじめだろうか、そうあって欲しいと願ってしまう黒恵の心は異なる世界の見過ぎで捻れてしまっていた。
「何が向こうの店のパイン味のドーナツか」
「それ、この前行ったけどそんなの無いって」
仲間の記憶違いであれ、そう思ってしまう。不思議や世界の影、幻想に触れることなどもはや必要なかった。
しかしながら少女たちの顔に落ちる影と声の薄暗さがどうしても幻想を連想させてしまう。あの出来事の群れたちが意地悪な顔をして手招きをしている。もはやどうすることも出来ないまま受け身の姿勢で見ている事しか出来なかった。
それは時の流れが呼び出し招き入れたこと。
体育の時間の着替えが終わって体育館へと向かっているときのこと。
ひとりの見慣れない少女が例の女の集団の中へと入っていく。
続けて恐らく先ほどの話題のことだろう。相槌と愛想笑いで包んで仲間とも思っていない人物を受け入れているように見える様。黒恵にとってはあまりにも滑稽な演劇に見えて仕方がなかった。
先程は散々愚痴を蒔いて打ち上げていたくせに、あの子がいなくなったらまたしても同じ事を繰り返すくせに。
思いはしても口にはしない。この世界で浮いた行動を取るなど言語道断。まさに幻想に近寄る異色と変わりないことだった。
出来る限り浮かないこと。それこそが黒恵の望む世界に最も近い存在であることだった。
やがて始まる体育の時間。その時に黒恵は実感していた。
非日常に立っていたところで超人のような力を振り絞ることが出来るわけでもなくかと言ってあの認識や行動たちが生かされるわけでも無く、魔法の世界にいるだけでは何も役に立たないと言うことを。
人々がどのような関わりを持っているのか、誰が何処で如何なる行為を行っているのか、好意と嫌悪の全容はおろか人並み程度にも理解していない。
そんな黒恵が、人との関係性に踏み込むことなく眺めているだけの女がどのような口を挟めば良いのか分かるはずも無い。しかし、興味ないながらに流し見るだけでありながらにでも正しくない事など分かっていた。
仲の良いふり、現実で血迷った関係性を陰に隠して演技を続ける少女たちの声はひび割れた鈴のよう。
彼女たち曰く、今日は有名なカフェに行くのだそう。
黒恵でさえ名を聞いたことのあるそこは明らかなチェーン店。コンビニでも時たま目にするその名。そこに行くのだろうか。とは言えど黒恵は実際にそんな建物を一度たりとも目にしたことが無い。彼女の中では未だうわさ話の類いでしか無かった。
名だけが有名な架空。ひとりしか知らないそれとは異なり普通の人物なら触れたこと見たことがあって当然のそれを知らない触れられない、ひとつの壁が立ちはだかると言うこと、如何に虚しいものだろう。
そんなことを巡らせながら頭の中に蔓延る不確かと名付けられた霧と上手く付き合っていきながら。
何も得られない日々を淡々と流しながら、憧れに焦がされることすらなくただひとつの視点、誰もが持つ特別製を捨てながら話に耳を傾け過ごしていた。
体育の授業が終わった後のこと、その後のことを別のクラスの少女は知らないまま、予定の変更が行われていた。
「カフェじゃなくてクレープ食べに行きたい」
「アイツには言わなくていいね」
「当然、アレがいるだけでせっかくのクレープが台無しだもの」
「それそれ」
黒恵にはいまいち理解の及ばない思考の世界、しかしいつの日にか建て前の認識だけでも覚えておかなければならない関係性。
人と、同じ生き物と関わるだけでもなに故に見えない壁をこそりと張らなければならないのだろう。穏便とは陰湿と腕を組んで歩く偽りの平和なのだろうか。
――しかもこんな下らない関わりをエンタメとする文化もあるなんて
そんな埃っぽい雰囲気を吸い込んでしまっては息が詰まってしまう、関わり方のひとつだけで咳き込んでしまう。黒恵には全く持って分からない良さは高尚なものなのだろうか。
――だとしたら、どこまでも腐りきった生き物だよ
黒恵の感覚の中に嫌いな人物と関わり続けるという思考はセッティングされていなかった。それこそが彼女の小宇宙の持つ世界観だった。
やがて空は目の色を変えていく。太陽は逃げていく。まるで人間の毒気に激怒し見て見ぬ振りをしているようで、しかしいやに明るい赤は怒りの情を隠し切れていないようで。
黒恵は仲良しの演技に騙され続けている少女に哀れみの色を向けながら歩く。レンガのような形とパズルのような組み合わせで繋げられ、様々な色に塗られた地面。それが赤い輝きの余韻、空からの色の恵みの出がらしに染められていた。草木の色もまた、太陽の衣装を纏っていた。
いつもとは異なる道を歩いている。自転車を売る大きな店や牛丼屋にハンバーガーの大手チェーン店、最も有名なコンビニエンスストア。既に世の中は便利な普通という統一性によって支配されていた。
そんな中で例のカフェの姿を初めて目にする。
洒落た建物は便利だけを求めた世間の小さな町の中ではあまりにも浮いている。この場所にあるもの、電車の線路や自動車の為に整備されたアスファルトの塊、申し訳程度と言うべきか余白の中で必死に生きていると言うべきか、どうにか生きている自然たち。
建物たちもまた、そうした景色に馴染むように如何なる色を用いても纏まるように配慮していた。そんな中でお構いなしに黒い鉄のテーブルや椅子を用意したカフェ。この建物は容赦なく世界観を殺していた。
テーブルに座っている人物、まちまちで人数の組み合わせなどバラバラである。そこに見覚えのある顔を捉えて驚きを得た。
たったひとりで座る少女は笑いながら誰にともなく言葉を発して笑っている。まるで誰かがいるような素振りで空虚に向かって会話をしている。
そんな彼女の姿に黒恵の震えは止まらない。
気味が悪い、純粋に受け付けない。
人々が彼女を避ける理由を垣間見たようで、知りたくも無いことを知ってしまったようで。
黒恵はすぐさまその場を立ち去ることにした。
次の日のこと。
身体を起こしながら記憶にこびりついた気味の悪さをどうにか剥がそうとしても叶うことなく。
空気を吸って気分を切り替えようにもスッキリ出来ない。そんな気分を抱きながらいつも通りの惰性で学校へと向かう。
登校中に今最も会いたくない人物の横顔を見てしまった。決して記憶に刻み込みたくない人物たちと共に歩きながら彼女が放った言葉に黒恵は目を見開いてしまっていた。
「昨日は楽しかったね、来年もあれ公開されるんだってね。ミステリーのアニメ大好きだから」
そんな会話、ひとりで交わし続けていた内容を語り続ける少女の姿に鳥肌が立って仕方がなかった。
教室にたどり着いてひとり欠けた集団は真っ先に口を開いて薄汚い空間を繰り広げ始めた。
「あいつ何」
「仕返しのつもりかなキモい」
「てかなんで会話の内容知ってるの」
「もしかして後つけてたのかな」
「うわっ、やめてよきしょいきしょいきしょい」
黒恵はここで不可解なズレを見た。
もしかするとあの少女が見ているのは、全く別の世界の光景なのかも知れない。
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