1 / 37
第一話 出発
しおりを挟む
「どうしてなの? どうして…………はぁーー…………」
大きなため息を吐くと、隣にいる侍女のミリーがすかさず口を開いた。
「ソフィア様、お下品にございますよ」
「だって……」
「だって、ではございません」
味気ない表情を浮かべるミリーに対して、思わず唇を突き出してしまう。
「ミリーは寂しくないの? 私と離れ離れになるのに、ちょっとくらい悲しい顔をしてくれたっていいじゃない」
「それはできかねます」
「どうして?」
「ちっとも寂しくないからでございます」
「うそでしょう!?」
ふふふ、とミリーの顔が少しだけほころぶ。
「旦那様はソフィア様のためを思ってご決断なさったのですよ。ソフィア様は内の世界にこもるのがお好き。決して悪いことではございませんが、もっと社交的になる努力をし、外の世界を知ることも必要なのです」
「嫌よ。人の多い場所は大嫌いなの。仕方ないじゃない、こういう性格なんだから。無理して変わる必要なんてないと思うわ」
「いいえ、それではいけません。この世界を生きていくことが困難になります」
「そうかもしれないけれど……」
再びため息を吐くと、すぐさま「ソフィア様」という冷たい口調と一緒に鋭い目つきも頂戴した。
「だって、よりにもよってそんな会なんかに……」
グレイン家の次女として生まれた私は、これまで恋をしたことがなければもちろん婚約をしたこともなかった。もう18歳だというのに恋愛に興味がないどころか外の世界にも興味がなく、ミリー以外に心を許せる人がいないという娘の状況を危惧したのか、父が私をとんでもない会へ送り込むことに決めたのだ。
それは、”お相手探しの会”。文字通り生涯を共にするパートナーと出会うための会だが、舞踏会と違う点は、基本的に婚約するまで家に帰ることができないということ。”婚約の儀”をマスターと呼ばれる主人の目の前で交わすことで仮の婚約が成立し、その後両家の顔合わせおよび話し合いを経て正式に婚約が決定するというもの。
ミリーからこの話を聞いた時、素早くその会場を出る方法を思い付いた。なぜなら、私と同じで無理矢理参加させられた殿方がいるはずだから。その人と『後に婚約を解消する』約束を交わせばいいだけ。そうすればすぐに出られる。簡単なことだ。
だから家族以外の人と空間を共にし、会話をしなければならないのは嫌で仕方がないが、少しの辛抱なら私にだってできる。遅くても数日のうちには見つけられるだろうから、これといった不安は特になかった。
コンコンコン
誰かに部屋をノックされ、ミリーが対応すると、部屋に姉が入って来た。長い髪の毛を触りながら、左手を口元に当て、うふふ、とわざとらしく笑っている。
「あらソフィア、心の準備は整ったのかしら?」
ソファーから立ち上がると、姉はそれを手で制止した。
「いいのよ、そのままで」
言われた通り、ソファーに座り直す。
「はい、お姉様。心の準備はすでにできております」
姉のジェシカは私よりも二歳年上で、数か月後には婚約者であるロバートとの挙式を控えている。
「その割にはなんだか冴えない顔をしているわねぇ。どうかしたのかしら? 具合いでも悪いのかしら?」
「いいえ、体調も良好でございますわ」
ニコッと微笑み、立ったまま見下ろしてくる姉を見上げた。
「あら、そう。怖気づいてミリーに泣きついている頃かと思ったのに。慰めてあげられなくてとーっても残念だわぁ」
んふふふ、と先程よりも声を強調して微笑んでくる。
ちょうど口を開こうとした時、姉はくるりと背を向けた。
「どうしても帰りたくなったら手紙で知らせなさい。会場から出られるようお父様に頼んであげるわ、可哀想な妹のためにね」
うっふふふふ、と楽しそうに笑いながら、姉は部屋から出て行った。
「はぁぁ~~~~…………」
大きくて長いため息が響き渡るも、ミリーからの指摘は入らなかった。今度は大目に見てもらえたようだ。
「やっぱり苦手だわ……」
「”嫌い”とは申されないのですね」
「……そうね。嫌いではないもの。好きかと聞かれると、それはそれで返答に困ってしまうのだけれど……」
視線を感じ、ミリーの目を見ると、どこか微笑んでいるような顔でこちらを見ている。
「……どうしたの? 私の顔に何か付いているのかしら?」
「いえ。お二人とも不器用でいらっしゃると思いましてね」
「不器用?」
言葉の真意はわからなかったが、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
「そろそろ出発いたしましょうか」
「そうね……」
私は立ち上がり、ミリーとともに部屋を後にした。
大きなため息を吐くと、隣にいる侍女のミリーがすかさず口を開いた。
「ソフィア様、お下品にございますよ」
「だって……」
「だって、ではございません」
味気ない表情を浮かべるミリーに対して、思わず唇を突き出してしまう。
「ミリーは寂しくないの? 私と離れ離れになるのに、ちょっとくらい悲しい顔をしてくれたっていいじゃない」
「それはできかねます」
「どうして?」
「ちっとも寂しくないからでございます」
「うそでしょう!?」
ふふふ、とミリーの顔が少しだけほころぶ。
「旦那様はソフィア様のためを思ってご決断なさったのですよ。ソフィア様は内の世界にこもるのがお好き。決して悪いことではございませんが、もっと社交的になる努力をし、外の世界を知ることも必要なのです」
「嫌よ。人の多い場所は大嫌いなの。仕方ないじゃない、こういう性格なんだから。無理して変わる必要なんてないと思うわ」
「いいえ、それではいけません。この世界を生きていくことが困難になります」
「そうかもしれないけれど……」
再びため息を吐くと、すぐさま「ソフィア様」という冷たい口調と一緒に鋭い目つきも頂戴した。
「だって、よりにもよってそんな会なんかに……」
グレイン家の次女として生まれた私は、これまで恋をしたことがなければもちろん婚約をしたこともなかった。もう18歳だというのに恋愛に興味がないどころか外の世界にも興味がなく、ミリー以外に心を許せる人がいないという娘の状況を危惧したのか、父が私をとんでもない会へ送り込むことに決めたのだ。
それは、”お相手探しの会”。文字通り生涯を共にするパートナーと出会うための会だが、舞踏会と違う点は、基本的に婚約するまで家に帰ることができないということ。”婚約の儀”をマスターと呼ばれる主人の目の前で交わすことで仮の婚約が成立し、その後両家の顔合わせおよび話し合いを経て正式に婚約が決定するというもの。
ミリーからこの話を聞いた時、素早くその会場を出る方法を思い付いた。なぜなら、私と同じで無理矢理参加させられた殿方がいるはずだから。その人と『後に婚約を解消する』約束を交わせばいいだけ。そうすればすぐに出られる。簡単なことだ。
だから家族以外の人と空間を共にし、会話をしなければならないのは嫌で仕方がないが、少しの辛抱なら私にだってできる。遅くても数日のうちには見つけられるだろうから、これといった不安は特になかった。
コンコンコン
誰かに部屋をノックされ、ミリーが対応すると、部屋に姉が入って来た。長い髪の毛を触りながら、左手を口元に当て、うふふ、とわざとらしく笑っている。
「あらソフィア、心の準備は整ったのかしら?」
ソファーから立ち上がると、姉はそれを手で制止した。
「いいのよ、そのままで」
言われた通り、ソファーに座り直す。
「はい、お姉様。心の準備はすでにできております」
姉のジェシカは私よりも二歳年上で、数か月後には婚約者であるロバートとの挙式を控えている。
「その割にはなんだか冴えない顔をしているわねぇ。どうかしたのかしら? 具合いでも悪いのかしら?」
「いいえ、体調も良好でございますわ」
ニコッと微笑み、立ったまま見下ろしてくる姉を見上げた。
「あら、そう。怖気づいてミリーに泣きついている頃かと思ったのに。慰めてあげられなくてとーっても残念だわぁ」
んふふふ、と先程よりも声を強調して微笑んでくる。
ちょうど口を開こうとした時、姉はくるりと背を向けた。
「どうしても帰りたくなったら手紙で知らせなさい。会場から出られるようお父様に頼んであげるわ、可哀想な妹のためにね」
うっふふふふ、と楽しそうに笑いながら、姉は部屋から出て行った。
「はぁぁ~~~~…………」
大きくて長いため息が響き渡るも、ミリーからの指摘は入らなかった。今度は大目に見てもらえたようだ。
「やっぱり苦手だわ……」
「”嫌い”とは申されないのですね」
「……そうね。嫌いではないもの。好きかと聞かれると、それはそれで返答に困ってしまうのだけれど……」
視線を感じ、ミリーの目を見ると、どこか微笑んでいるような顔でこちらを見ている。
「……どうしたの? 私の顔に何か付いているのかしら?」
「いえ。お二人とも不器用でいらっしゃると思いましてね」
「不器用?」
言葉の真意はわからなかったが、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
「そろそろ出発いたしましょうか」
「そうね……」
私は立ち上がり、ミリーとともに部屋を後にした。
10
あなたにおすすめの小説
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
【完結】地味な私と公爵様
ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。
端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。
そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。
...正直私も信じていません。
ラエル様が、私を溺愛しているなんて。
きっと、きっと、夢に違いありません。
お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
溺愛彼氏は消防士!?
すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。
「別れよう。」
その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。
飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。
「男ならキスの先をは期待させないとな。」
「俺とこの先・・・してみない?」
「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」
私の身は持つの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。
※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。
そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。
お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。
挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに…
意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いしますm(__)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる