最低な出会いから濃密な愛を知る

あん蜜

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第一話 出発

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「どうしてなの? どうして…………はぁーー…………」

 大きなため息を吐くと、隣にいる侍女のミリーがすかさず口を開いた。

「ソフィア様、お下品にございますよ」

「だって……」

「だって、ではございません」

 味気ない表情を浮かべるミリーに対して、思わず唇を突き出してしまう。

「ミリーは寂しくないの? 私と離れ離れになるのに、ちょっとくらい悲しい顔をしてくれたっていいじゃない」

「それはできかねます」

「どうして?」

「ちっとも寂しくないからでございます」

「うそでしょう!?」

 ふふふ、とミリーの顔が少しだけほころぶ。

「旦那様はソフィア様のためを思ってご決断なさったのですよ。ソフィア様は内の世界にこもるのがお好き。決して悪いことではございませんが、もっと社交的になる努力をし、外の世界を知ることも必要なのです」

「嫌よ。人の多い場所は大嫌いなの。仕方ないじゃない、こういう性格なんだから。無理して変わる必要なんてないと思うわ」

「いいえ、それではいけません。この世界を生きていくことが困難になります」

「そうかもしれないけれど……」

 再びため息を吐くと、すぐさま「ソフィア様」という冷たい口調と一緒に鋭い目つきも頂戴した。

「だって、よりにもよってそんな会なんかに……」

 グレイン家の次女として生まれた私は、これまで恋をしたことがなければもちろん婚約をしたこともなかった。もう18歳だというのに恋愛に興味がないどころか外の世界にも興味がなく、ミリー以外に心を許せる人がいないという娘の状況を危惧したのか、父が私をとんでもない会へ送り込むことに決めたのだ。

 それは、”お相手探しの会”。文字通り生涯を共にするパートナーと出会うための会だが、舞踏会と違う点は、基本的に婚約するまで家に帰ることができないということ。”婚約の儀”をマスターと呼ばれる主人の目の前で交わすことで仮の婚約が成立し、その後両家の顔合わせおよび話し合いを経て正式に婚約が決定するというもの。

 ミリーからこの話を聞いた時、素早くその会場を出る方法を思い付いた。なぜなら、私と同じで無理矢理参加させられた殿方がいるはずだから。その人と『後に婚約を解消する』約束を交わせばいいだけ。そうすればすぐに出られる。簡単なことだ。

 だから家族以外の人と空間を共にし、会話をしなければならないのは嫌で仕方がないが、少しの辛抱なら私にだってできる。遅くても数日のうちには見つけられるだろうから、これといった不安は特になかった。

コンコンコン

 誰かに部屋をノックされ、ミリーが対応すると、部屋に姉が入って来た。長い髪の毛を触りながら、左手を口元に当て、うふふ、とわざとらしく笑っている。

「あらソフィア、心の準備は整ったのかしら?」

 ソファーから立ち上がると、姉はそれを手で制止した。

「いいのよ、そのままで」

 言われた通り、ソファーに座り直す。

「はい、お姉様。心の準備はすでにできております」

 姉のジェシカは私よりも二歳年上で、数か月後には婚約者であるロバートとの挙式を控えている。

「その割にはなんだか冴えない顔をしているわねぇ。どうかしたのかしら? 具合いでも悪いのかしら?」

「いいえ、体調も良好でございますわ」

 ニコッと微笑み、立ったまま見下ろしてくる姉を見上げた。

「あら、そう。怖気づいてミリーに泣きついている頃かと思ったのに。慰めてあげられなくてとーっても残念だわぁ」

 んふふふ、と先程よりも声を強調して微笑んでくる。
 ちょうど口を開こうとした時、姉はくるりと背を向けた。

「どうしても帰りたくなったら手紙で知らせなさい。会場から出られるようお父様に頼んであげるわ、可哀想な妹のためにね」

 うっふふふふ、と楽しそうに笑いながら、姉は部屋から出て行った。

「はぁぁ~~~~…………」

 大きくて長いため息が響き渡るも、ミリーからの指摘は入らなかった。今度は大目に見てもらえたようだ。

「やっぱり苦手だわ……」

「”嫌い”とは申されないのですね」

「……そうね。嫌いではないもの。好きかと聞かれると、それはそれで返答に困ってしまうのだけれど……」

 視線を感じ、ミリーの目を見ると、どこか微笑んでいるような顔でこちらを見ている。

「……どうしたの? 私の顔に何か付いているのかしら?」

「いえ。お二人とも不器用でいらっしゃると思いましてね」

「不器用?」

 言葉の真意はわからなかったが、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。

「そろそろ出発いたしましょうか」

「そうね……」

 私は立ち上がり、ミリーとともに部屋を後にした。
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