最低な出会いから濃密な愛を知る

あん蜜

文字の大きさ
25 / 37

第二十五話 とある街にて

しおりを挟む
 揺れる馬車の中で、ベンに肩を抱かれながら私の胸はトクントクンと弾んでいる。私たちは今、少し離れた街にある仕立屋さんへと向かっている。エプロンを作ってもらうことになったのだ。

 事の発端は少し前のこと。ベンが料理をしている様子をそばで見させてもらっていた際に『今度何か作ってみるか? 一緒に』と誘われ、ベンと暮らしてからは食べるだけでなく作る方にも興味が沸いていたので『はい! 作ってみたいですわ!』と返事をしたところ、『じゃあまずはエプロンを作らねぇとな』と言われベンの仕事が休みの日に作りに行くことになったのだ。

 お店に着くとすぐに採寸が始まり、あれよあれよという間にデザインが決まり、あとは出来上がってから届くのを待つだけとなった。

(なんだか……あっという間だったわ……)

「楽しみだな」

「……はい……!」

 ベンに腰を抱かれ店外へ出ると、そばにある果物屋で絞りたてのジュースをいただくことになった。テラス席へ座り、ジュースを口にする。

「んん……!」

 程よい酸味で爽やかな気分になる。

「酸味が強ぇのかと思ったが、あとから甘味が来るからまろやかだな」

「本当ですね。酸味と甘味のバランスが好きです」

 心地よい風が私たちの間をすり抜けるから、口の中だけでなく体も爽やかな気分になる。

「…………」

(これって……いわゆるデートなのかしら……っ!)

 そんなことを考えてしまい顔に出ていたのか、ベンがどこかにやけるような表情でこちらを見ている。

「……どうかされましたでしょうか……?」

「ははは。いーや、すげぇ嬉しそうな顔してんなーと思ってな」

「っ……とても美味しいですので……!」

「うーん? それだけか?」

 そう言って私の首筋に指を当てる。

「っ……それだけですわ……!」

 ごまかすようにジュースを口に運ぶ。

「口移しで飲ませてやりてぇとこだが――」

「っ――ケホッ! コホッ、ゴホッ……!」

 口移しという言葉に反応してしまったのか、むせてしまった。

「大丈夫か!?」

 背中をさすられながら、思い切り咳をする。

「ゴホンッ……はぁー…………すみませんっ……」

「誤る必要ねぇ。辛くねぇか?」

「はい……もう大丈夫ですわ……」

 むせると変な汗が出るのはなんなのだろうか。顔も一気に熱くなる。

「ふぅ…………」

 呼吸を落ち着かせていると、何やら熱い視線を感じる。

「…………」

 ゆっくりベンの顔を見ると、少しだけ目が細められているかのような、とろんとした目とはまた少し違った眼差しでこちらを見ている。なぜか胸がドキンッとなった。

「っ…………?」

ガタッ

 ベンは立ち上がると、私の手を引いた。引かれるまま立ち上がるとベンの顔がぐいっと目の前へ。

(っ……キス!?)

ちゅ――――

「――――!」

 人が通るかもしれないような場所でキスされるなんて思ってもおらず驚きでいっぱいなのに、優しい口づけに一気に心がもっていかれる。

「っはぁぁ……ベン様……ここは外ですわ……誰かにンっ――――」

 容赦なく唇が塞がれる。

「…………っはぁぁ……」

「外だろうが関係ねぇ。誰かに見られたら、そん時はまぁ、悪かった。先に謝らせてくれ」

「っ……」

「ソフィアが可愛すぎんのが悪ぃ」

「っ……そ、それは屁理屈では……っ!?」

「ははは。だな」

ちゅぅ――――――、ちゅむ――――――

 しばらく唇が絡み合った後、少しだけ舌が口の中に入ってきた。

「っ!?」

(そんなっ……今、ここで、深いキスは…………っ)

 熱く舌が絡まり合うのかとドキドキしたのも束の間、入ってきた舌先はおもむろに引っ込んだ。

「はぁ……さすがに舌は入れねぇから安心しろ」

「…………」

(……少し入って来ましたが!?)

 ベンは私を抱きしめると、ジュースをゴクゴクと飲み干した。私も慌てて飲む。

「ゆっくりでいい。またむせるぞ」

「っ……はい……」

 ジュースを飲み終えると、再びベンに腰を抱かれた。

「馬車で軽く食べたが足りねぇだろ。近くにパンが美味ぇカフェがあったはずだから何か食うか」

「パン……! はい!」

 そうしてカフェへと足を進めている最中、突然ベンの足が止まった。

「……?」

 見上げると、ベンは前方の何かをじっと見ている。私もそちらの方へ目線を向けると、一人の男性の後ろ姿が目に留まった。少し離れているからわかりにくいが、知っている人には見えなかった。

「ベン様……? お知り合いの方でしょうか?」

「あー……いや、人違いだな」

 ベンはそう言ったものの、お店に入ってからも表情に楽しさがなく、何か考え事をしているように見える。

(どうかなさったのかしら……)

「ベン様」

「………………」

 名前を呼んでも目線はテーブルの一点を見つめたままで、返事がない。
 私は手を伸ばし、ベンの手を握った。

「……ん?」

「どうかなさったのですか? なんだか……心ここにあらず、のように見えますわ……」

 ベンは微笑んだが、無理にそうしたようにしか見えなかった。

「いや、何もねぇ。ちと仕事のこと考えちまってた。悪ぃな」

「お仕事のこと……ですか? ……本当にそうなのですか? ご気分が優れないのでは――」

「それは違ぇ。元気だから大丈夫だ」

「…………」

「わかった。正直に言う。さっき見かけたやつが気になってな。知り合いに似てたが、そいつは今この街にいるはずねぇんだ。別の場所で仕事に就いてるはずだからな。それで気になってな……」

「そうだったのですか」

 ベンは少し険しい顔をした後、立ち上がった。

「ソフィア、すまねぇ。やっぱ確認してくるわ。食べながら待っててくれ」

「あっ……はい! わかりましたわ」

 勢いよく店を出て行くベンの姿を見送った後、運ばれてきたパンを紅茶とともにいただきながらベンが戻ってくるのを待った。思ったよりも長く待つことになったが、戻ってきたベンは美味しそうにパンを食べていたし、帰りの馬車ではたくさん耳や首筋を撫でられたり口づけされたりと、いつものベンだったので特に気に留めることはなかった。だからこそ、実はベンが店を出た先でとある情報を掴んでおり、それによって信じられないことが起きることになろうとは、夢にも思っていなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない

三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。

溺愛彼氏は消防士!?

すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。 「別れよう。」 その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。 飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。 「男ならキスの先をは期待させないとな。」 「俺とこの先・・・してみない?」 「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」 私の身は持つの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。 ※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。 そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。 お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。 挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに… 意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いしますm(__)m

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

処理中です...