銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶

文字の大きさ
上 下
403 / 412
第15話:カノン・ガルザック撤退戦

#25

しおりを挟む
 
 悪魔の囁きにも似たネッツァートの提案に、ヒルザードも同じように口元を歪めて、「…なるほど、興味深いお話ですな」と応じて胸をそらせた。そのまま数十秒の時間が過ぎたのち、待ちの状態を続けていたネッツァートに、表情を変えぬまま告げる。

「ですが…これはしたり。どうやらこのヒルザードを、見誤っておられるようで」

「ほほう…」

「このヒルザードがここへ参ったのは、いまだノヴァルナ公に、勝ち筋が残されているからに他ありませぬ」

 平然と言い放つヒルザードに、ネッツァートは眉をひそめた。

「勝ち筋…このような状況で、ですかな?」

「さよう。アザン・グラン家とアーザイル家の張った、罠に落ちたは確かでありまするが、ウォーダ軍とその盟友トクルガル軍の各部隊は、統制を保ったまま撤退行動を継続中にて、程なく安全圏まで後退するでありましょう」

「ほう…」

「もしノヴァルナ公に勝ち目がないとなれば、このヒルザード、ネッツァート殿にお誘い頂くまでもなく、公に見切りをつけておりますとも」

「と申されますと、我々がもし襲撃しても、ノヴァルナ様が撃退されると信じて、ご説得に来られたという事ですかな?」

「その通りにて」

「ハッタリは通用しませんぞ」

 ネッツァートも年齢で言えば、ヒルザードよりも上である。そしてかつてのク・トゥーキ家当主として、強大な周辺勢力のせめぎ合いから、家を存続させて来た経験もある。交渉において隙を見せる事は出来ない。さらに続けるネッツァート。

「接近中のノヴァルナ公が、戦闘輸送艦とやらを中心にした、僅か十隻の艦隊でしかない事は、すでに把握しております。これでどうして勝ち目があると?」

 やはりな…と驚く様子もないヒルザード。おそらくすでに、ノヴァルナ分艦隊の周囲には潜宙艦が潜んでおり、艦隊戦力を解析し終えているのだろう。充分な勝算があるからこそ、攻撃を選択したのだ。ただヒルザードはこの点にこそ、付け入る余地があると判断していた。

「なるほど、ク・トゥーキ家のお考えも御尤も。弱った相手にとどめを刺し、功とするは戦国の世の習いにて。しかしながらネッツァート殿は、ノヴァルナ公の新兵器の威力を、御存知ありますまい?」

 ヒルザードは余裕の面持ちで、さらりと告げる。

「新兵器?」

 胡散臭そうな表情をするネッツァート。

「ネッツァート殿やモーテス様は、お聞きになった事はありませんかな? 超空間狙撃砲『ディメンション・ストライカー』という兵器を」
 
「超空間狙撃砲?…確か、イマーガラ家が保有していたBSHOの特殊兵装が、そのような名であったと思いますが」

 玉座に座るモーテスが呟くように言う。そこでヒルザードは『ディメンション・ストライカー』が、どのような兵器であるかという事と、それを鹵獲したウォーダ軍が改良を加え、現在ではノヴァルナのBSHO『センクウ・カイFX』が、運用できるようになっている事を告げる。
 銃身内部で超空間転移を行った銃弾が、目標内部で実体化して同位相爆発を起こすために、エネルギーシールドで表面を覆っても防御は不可能という、『D-ストライカー』の兵器特性は確かに脅威ではあった。モーテスとネッツァートの顔に、警戒心が湧き上がってくるのを、ヒルザードは見逃さない。

 そしてここからが、ヒルザードの持ち味であった。

「ノヴァルナ公は現在、この『D-ストライカー』の簡易量産型を開発中にて。その先行試作タイプをすでに、公の親衛隊『ホロウシュ』の全機体に、配備しておられます」

「!!??」

 これを聞いて、モーテスとネッツァートの顔に浮かんでいた、警戒の色が一気に濃くなる。だがこれはヒルザードの放った嘘だ。『D-ストライカー』の威力という事実と、『ホロウシュ』の全機に配備しているという偽りを混ぜ合わせ、“ハッタリは通じない”と警告する相手に伝える、ヒルザードの巧妙な話術である。
 実際に『D-ストライカー』の簡易量産型は開発中であったが、まだ完了しておらず、ヒルザードの話のこの部分は“全くのハッタリ”だった。その上でヒルザードは二人に畳み掛ける。

「艦隊が搭載しているノヴァルナ公と、『ホロウシュ』の機体は合わせて二十一。これが全て超空間狙撃砲を使用し、機動戦を行いながら艦橋直撃を狙えば、三個艦隊程度では勝てない…と、このヒルザードは判断致しますが如何かな?」

「む…う…」

 言葉に詰まるネッツァート。情勢を見るに敏で慎重な判断を重視するク・トゥーキ家であるからこそ、この状況の変化に困惑せざるを得ない。

「それでもなお、我等と一戦されるも結構。しかしここでノヴァルナ公を、取り逃がすような事になれば、銀河皇国に対する叛逆勢力として、御家は討伐の対象となり申すが、その覚悟はお有りか?」

「それは…」

 老獪なヒルザードはここで、更なる探りを入れた。銀河皇国直轄軍の資格を持つノヴァルナの軍を、『ハブ・ウルム・ク・トゥーキ』を保有し、星帥皇室の息が掛かっているはずの、ク・トゥーキ家が討とうとしている背景についてだ。
 
 結論から言えば、ヒルザードの交渉は成功であった。ク・トゥーキ家はノヴァルナを討つ事で得られる利益より、逃げられた場合に発生する、その後のリスクを危惧したのだ。

 会見から約三時間後、『クォルガルード』の司令官執務室にいるノヴァルナの眼前には、ヒルザードと彼の側近。そしてク・トゥーキ家のモーテスと、ネッツァートの姿がある。

「よく来てくれた。モーテス殿、ネッツァート殿」

 機嫌良く席を立ったノヴァルナは、モーテスとネッツァートに歩み寄り、親しげに右手を差し出した。対してその手を握り返すモーテスもネッツァートも、揃って硬い笑顔を浮かべている。無理もない、ほんの三時間ほど前までは、討ち取ろうとしていた本人を、眼の前にしているのであるから。

「ノヴァルナ公こそ、ようこそク・トゥーキ星系へお越し下さいました」

 挨拶を返す二人に、ノヴァルナはあっけらかんと「世話になり申す」と告げる。当然ながら、ノヴァルナも、ク・トゥーキ家の思惑には気付いていた。だがあえて知らぬ素振りをするのが、ノヴァルナ流である。

「マツァルナルガから聞きました。我等に味方して下さるそうで感謝致します」

 するとモーテスは、ヒルザードとの会見の時とは百八十度違う事を告げた。

「我がク・トゥーキ家の恒星間打撃艦隊三個が、ノヴァルナ様をキヨウまで護衛致します。どうぞご安心ください」

「これは頼もしい。よろしくお願い申す」

 満足げに頷いたノヴァルナはここで一転、不敵な笑みを浮かべ、モーテスとネッツァートに向けて直球を投げ込む。

「それではまず、我が艦隊に張り付いている御家の潜宙艦を、引き上げさせて頂きたく思います」

 これを聞き、ギクリと肩を震わせるモーテスとネッツァート。ヒルザードがモーテスとネッツァートの前で、ノヴァルナに行った会見希望の通信の際は、潜宙艦の事は一言も発しなかった。つまりノヴァルナは、ク・トゥーキ家の潜宙艦の存在を予測しながらも、意図的に放置していたと考えられる。

「これは恐れ入りました…」

 ネッツァートは観念したような笑みを浮かべて、ノヴァルナに頭を下げた。なるほどすべてがお見通しであり、勝利する自信と高い可能性があるなら、ヒルザードが寝返りの誘いを突っぱねるはずだ。頭を上げたネッツァートは、自分達が人質となる事で、ノヴァルナに安全を保障する。

「つきましてはわたくしとモーテスが、ノヴァルナ公にお許しを頂いたうえで、ヤヴァルト宙域までこの艦に同乗させて頂きたく思います」




▶#26につづく
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~

こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。 人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。 それに対抗する術は、今は無い。 平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。 しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。 さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。 普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。 そして、やがて一つの真実に辿り着く。 それは大きな選択を迫られるものだった。 bio defence ※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。

銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶
SF
数多の星大名が覇権を目指し、群雄割拠する混迷のシグシーマ銀河系。 その中で、宙域国家オ・ワーリに生まれたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、何を思い、何を掴み取る事が出来るのか。 日本の戦国時代をベースにした、架空の銀河が舞台の、宇宙艦隊やら、人型機動兵器やらの宇宙戦記SF、いわゆるスペースオペラです。 主人公は織田信長をモデルにし、その生涯を独自設定でアレンジして、オリジナルストーリーを加えてみました。 史実では男性だったキャラが女性になってたり、世代も改変してたり、そのうえ理系知識が苦手な筆者の書いた適当な作品ですので、歴史的・科学的に真面目なご指摘は勘弁いただいて(笑)、軽い気持ちで読んでやって下さい。 大事なのは勢いとノリ!あと読者さんの脳内補完!(笑) ※本作品は他サイト様にても公開させて頂いております。

絶望ダンデリオン

小林ていじ
SF
20××年。東京湾に浮かぶ人工島・有島区。国際的なエリアを目指し、ビザの規制が緩い特区として定められた有島は、しかし、外国人マフィアの流入により戦後史上もっとも治安の悪いエリアを化した。そんな有島で暮らす少年・足立洋平は、ロックバンド「ダンデリオン」を率い、メジャーデビューを夢見ていた。退廃世界で夢を見る少年たちのSFバイオレンス。

3024年宇宙のスズキ

神谷モロ
SF
 俺の名はイチロー・スズキ。  もちろんベースボールとは無関係な一般人だ。  21世紀に生きていた普通の日本人。  ひょんな事故から冷凍睡眠されていたが1000年後の未来に蘇った現代の浦島太郎である。  今は福祉事業団体フリーボートの社員で、福祉船アマテラスの船長だ。 ※この作品はカクヨムでも掲載しています。

感情を失った未来、少年が導く人間らしさを取り戻す冒険の旅

ことのは工房
SF
未来の地球は、技術が進化しすぎて人類の生活がほぼ全て機械によって管理されています。しかし、AIが支配する世界において、感情や創造性を失った人々は、日々の生活をただ無感動に繰り返すだけの存在となっています。そんな中、ある少年が目を覚まし、心に残る一つの奇妙な夢に導かれながら、未知の世界へと旅立つ決意を固めます。その旅の途中で、彼は「人間らしさ」を取り戻すための鍵を握る謎の存在と出会います。 この物語は、機械による支配と人間らしさを求める冒険を描き、AIと人間の関係性、感情、自由意志といったテーマを探求します。

ただの雑兵が、年上武士に溺愛された結果。

みどりのおおかみ
BL
「強情だな」 忠頼はぽつりと呟く。 「ならば、体に証を残す。どうしても嫌なら、自分の力で、逃げてみろ」  滅茶苦茶なことを言われているはずなのに、俺はぼんやりした頭で、全然別のことを思っていた。 ――俺は、この声が、嫌いじゃねえ。 *******  雑兵の弥次郎は、なぜか急に、有力武士である、忠頼の寝所に呼ばれる。嫌々寝所に行く弥次郎だったが、なぜか忠頼は弥次郎を抱こうとはしなくて――。  やんちゃ系雑兵・弥次郎17歳と、不愛想&無口だがハイスぺ武士の忠頼28歳。  身分差を越えて、二人は惹かれ合う。  けれど二人は、どうしても避けられない、戦乱の濁流の中に、追い込まれていく。 ※南北朝時代の話をベースにした、和風世界が舞台です。 ※pixivに、作品のキャライラストを置いています。宜しければそちらもご覧ください。 https://www.pixiv.net/users/4499660 【キャラクター紹介】 ●弥次郎  「戦場では武士も雑兵も、命の価値は皆平等なんじゃ、なかったのかよ? なんで命令一つで、寝所に連れてこられなきゃならねえんだ! 他人に思うようにされるくらいなら、死ぬほうがましだ!」 ・十八歳。 ・忠頼と共に、南波軍の雑兵として、既存権力に反旗を翻す。 ・吊り目。髪も目も焦げ茶に近い。目鼻立ちははっきりしている。 ・細身だが、すばしこい。槍を武器にしている。 ・はねっかえりだが、本質は割と素直。 ●忠頼  忠頼は、俺の耳元に、そっと唇を寄せる。 「お前がいなくなったら、どこまででも、捜しに行く」  地獄へでもな、と囁く声に、俺の全身が、ぞくりと震えた。 ・二十八歳。 ・父や祖父の代から、南波とは村ぐるみで深いかかわりがあったため、南波とともに戦うことを承諾。 ・弓の名手。才能より、弛まぬ鍛錬によるところが大きい。 ・感情の起伏が少なく、あまり笑わない。 ・派手な顔立ちではないが、端正な配置の塩顔。 ●南波 ・弥次郎たちの頭。帝を戴き、帝を排除しようとする武士を退けさせ、帝の地位と安全を守ることを目指す。策士で、かつ人格者。 ●源太 ・医療兵として南波軍に従軍。弥次郎が、一番信頼する友。 ●五郎兵衛 ・雑兵。弥次郎の仲間。体が大きく、力も強い。 ●孝太郎 ・雑兵。弥次郎の仲間。頭がいい。 ●庄吉 ・雑兵。弥次郎の仲間。色白で、小さい。物腰が柔らかい。

シーフードミックス

黒はんぺん
SF
ある日あたしはロブスターそっくりの宇宙人と出会いました。出会ったその日にハンバーガーショップで話し込んでしまいました。 以前からあたしに憑依する何者かがいたけれど、それは宇宙人さんとは無関係らしい。でも、その何者かさんはあたしに警告するために、とうとうあたしの内宇宙に乗り込んできたの。 ちょっとびっくりだけど、あたしの内宇宙には天の川銀河やアンドロメダ銀河があります。よかったら見物してってね。 内なる宇宙にもあたしの住むご町内にも、未知の生命体があふれてる。遭遇の日々ですね。

処理中です...