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第16話:アネス・カンヴァーの戦い
#28
しおりを挟む「敵艦!! 魚雷だと!?」
目前の赤紫をした雲塊の中から現れた、ウォーダ軍の駆逐艦に驚く間もなく、ナギは次々と発射される宇宙魚雷の群れを見据える。
「右舷より魚雷、近い!!」
「アクティブシールドを―――」
「迎撃誘導弾、発射!」
「間に合わん!」
「緊急回頭!」
「衝撃に備えよ!!」
艦橋内に複数の言葉が同時に発せられ、総旗艦『ソウリュウ』は右に舵を切り始める。だがその動きは鈍い。ノヴァルナの『センクウ・カイFX』から、D-ストライカーの超空間狙撃を立て続けに喰らい、すでに幾つかの箇所で、機能障害が広がっていたからだ。
狙いを定めたピラニアの如く、一気に距離を詰めて来る宇宙魚雷の群れに、『ソウリュウ』のCIWS(近接迎撃武器システム)の、三連装小口径ビーム砲塔群が自動反応し、火箭を開く。一本、二本、三本と砕け散る『ラズシーダ』の宇宙魚雷。
だが間近まで『ラズシーダ』の接近を許してしまった代償は大きく、『ソウリュウ』の右舷に五本の宇宙魚雷が突き刺さった。激しい震動が艦全体を揺さぶる。艦橋でも多くの兵士が転倒し、ナギも司令官席から投げ出された。
「五本が右舷に直撃! 被害甚大!!」
「対消滅反応炉二番から五番、緊急停止!!」
「艦内に火災発生!」
「全艦の三十パーセントで、人工重力停止!」
総旗艦級戦艦でも、宇宙魚雷五本の命中はさすがに危険である。それにも増して『ソウリュウ』はすでに、『センクウ・カイFX』の超空間狙撃を、十発も被弾していた。誰しもが“この艦はもう駄目だ”と、判断するに充分な状況だ。
「若殿、ご無事ですか!?」
いち早く立ち上がった参謀長が、立ち上がるナギに駆け寄って来る。
「大丈夫だ―――」
そう応じて背筋を伸ばしたナギは、苦笑いを浮かべて続けた。
「まさかあそこで、駆逐艦が飛び出して来るとはね」
「申し訳ございません。雲塊の中までスキャンする事が、出来ませんでした」
「いや、詫びる必要はない。事情は分かっているよ」
頷くナギの右舷側艦外映像では、『ラズシーダ』を追いかけて雲塊の中へ突っ込んで行く、アーザイル宙雷戦隊の姿がある。総旗艦に魚雷を命中させられたなど、総旗艦艦隊に所属する宙雷戦隊にすれば、恥の極みであり、乗員は皆、怒りの炎を燃え上がらせているだろう。
「若殿。残念ながらこの艦は、もう持ちません。早々にご退去を」
ナギに歩み寄って来た『ソウリュウ』の艦長が、一礼と共に告げる。
「いや。その必要はないよ」
総旗艦『ソウリュウ』からの退去を拒むナギ。
大敗だった。各艦隊が受けた損害と、失った兵の命の数を考えれば、この上は戦国武将として、自分の身の処し方を考える時だろう…とナギは思った。
すでに第4艦隊司令官のゼール=ユグノー、第6艦隊司令官のジーナス=イムラマ、第9艦隊司令官でアーザイル家の傍流のマズラス=アーザイル、さらに第10艦隊司令官でナギの弟の、マースト=アーザイルまでが戦死を報告されており、将官クラスの人的損害はもはや、アーザイル家の命運そのものまで、左右する事態に至っている。
これほどまでに武将が落命したのは、彼等の乗っていた艦隊旗艦が『センクウ・カイFX』から超空間狙撃を受け、行動力を低下させたところに、ウォーダ艦隊の突撃を喰らったからだ。そして超空間狙撃の可能性を、即座に看破できなかったのは、総司令官である自分の責任だった。ここで艦が再び大きく揺れる。内部のどこかで爆発が起きたようだ。
「しかしこのままでは―――」
そう言いかけて、参謀長はナギが総旗艦と運命を、共にしようとしている事に気付いた。小さく頷いたナギは、『ソウリュウ』の艦長に向き直って告げる。
「艦長。総員退去を命じてくれ。きみも残らなくていい」
「ナギ様!」
「若殿!」
ナギの言葉に、『ソウリュウ』艦長と参謀長が、不満げな声を上げた。しかしナギはこれを無視して、さらに指示を出す。
「参謀長。あとの指揮は第2艦隊のトゥケーズに任せるから、この艦を離れたら、そのように伝えてくれ。私が死んだと知ったら、ノヴァルナ様にも停戦を申し入れ易いだろう」
ナギの側近中の側近であり、親友、そして忠勇の家臣トゥケーズ=エイン・ドゥは、第2艦隊の旗艦に座乗して健在だった。将としても才も申し分なく、ノヴァルナとも充分に面識がある。彼ならば上手く、停戦に漕ぎつけるだろうという、ナギの判断であった。参謀長に艦を離れたあとに連絡するように命じたのは、いま連絡してはトゥケーズの性格的に、絶対承諾しないはずだからだ。
ところがそう言っている端から、エイン・ドゥの方からナギのところへ、連絡が入って来た。これを聞いて、しまった…という苦笑を浮かべるナギ。回線を繋いでみると案の定だった。叱るような口調で言い放つ。
「若殿! いつまでグズグズしておられます! 早いとこ脱出しないと、総旗艦ごとあの世行きですぞ!」
「トゥケーズ。私はこの艦と―――」
運命を共にするよ…と告げようとするナギだが、途中で遮るエイン・ドゥの大声が、それを言わせない。
「早ぅ艦を捨てて、奥方様と姫様のもとへ、逃げ帰られませ!!」
身も蓋もないエイン・ドゥの物言いに、ナギは渋面になった。ただエイン・ドゥは普段、大声でこのような冗談を口にするような男ではない。妻のイチ姫や、生まれたばかりの三つ子の娘を出して来たのは、死を覚悟した主君に、生への執着を呼び起こさせるためなのだろう。
「トゥケーズ! まったく、おまえというヤツは!」
些か呆れた表情で苦言を呈するナギ。だがエイン・ドゥはこれに反応を示さず、表情を引き締めて進言した。時間が切迫する状況で、エイン・ドゥも次第に早口になる。
「若殿。ここは我等第2艦隊が支えますゆえ、旗艦を変更し、撤退なされませ!」
「トゥケーズ…」
「ノヴァルナ殿がカノン・ガルザックから、キヨウまで撤退された時に比べれば、ここから我等がナッグ・ハンマ星系までは目と鼻の先。捲土重来を期して、これを逃げられずに、なんと致しますか!!」
「む………」
それはまさに約一カ月前、ノヴァルナが味わった“カノン・ガルザック撤退戦”の時の、立場の逆転であった。死を覚悟したノヴァルナを、忠臣キノッサが翻意させたように、今また死を覚悟したナギを、忠臣エイン・ドゥが翻意させようとしている。
“ノヴァルナ様に出来たのであれば…”
お家事情から敵となったとはいえ、ナギにとっては義兄ノヴァルナは今でも、武将として目指すべき、憧れの存在のままであった。そうであるなら、生き延びて再起を図るのもまた、道のはずである。
「ナギ様。近くに重巡の『バロクド』がおります。まずはそちらに」
参謀長がナギの気持ちの変化を、後押しするように進言する。これにナギは「わかった」と同意し、エイン・ドゥに告げた。
「殿軍を任せるのは心苦しいが、頼む」
「御意」
大きく頷いたエイン・ドゥは、ニタリと大きな笑みを返す。その間に『ソウリュウ』艦長は、“ナギ様の気が変わらぬうちに…”と、脱出用のシャトルを準備させた。
一方のエイン・ドゥはナギとの通信回線を切ると、空電状態になった通信用スクリーンに向かって深く一礼し、今生の別れの言葉を述べる。
「若殿様。いつまでもご壮健で、あらせられませ…」
そして自分が率いる第2艦隊に、新たな命令を発した。
「残存する全艦載機をもって、攻撃を仕掛ける。目標は『センクウ・カイFX』ただ一機。他の艦隊にも打電せよ!」
▶#29につづく
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