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第1話:大義の名のもとに
#02
しおりを挟む電子双眼鏡に映し出される映像の中では、白い反重力クルーザーを中心に置き、左右に二隻ずつの護衛と思しき小型艇が随伴している。その中の一隻は大きなドーム状のアンテナを有しており、電子戦仕様艇の類らしい。攻撃を受ける五隻がいまだ直撃を受けずに、艇の周囲にばかり水柱が起きているのは、その電子戦仕様艇がいるために違いない。
すると海上に広がる春の朦気の向こうから、追手が姿を現した。低空を飛ぶ四つの航空機だ。底が平たいリフティングボディ形態からして、大気圏内飛行の可能な宇宙攻撃艇のようである。ノヴァルナはその攻撃艇をよく知っている。ウォーダ家が配備している『フラードラ』型攻撃艇だからだ。
そしてさらに攻撃艇の後方から、急速に近づく大きな艦影、宇宙艦である。星系防衛艦隊所属の『ラグレア』型砲艦の一隻だった。低空にまで降りて来ているため、艦の周囲に張り巡らせた反転重力子フィールドが、海水を巻き上げている。
この状況を見たノヴァルナは、一旦双眼鏡を離し、スマートフォンに似た形のNNLの通信用ホログラムを左手に展開すると、電話でもかけるような仕草で通信回線を開いた。
「ラン。どうだ?」
ノヴァルナが回線を繋いだのは、彼の親衛隊『ホロウシュ』の女性、ラン・マリュウ=フォレスタだった。狐の耳と尻尾を持つ、美しいフォクシア星人だ。
「間もなく到着!」
ノヴァルナはその短い返答だけ聞くと、左手を軽く振って通信用ホログラムを消し、再び双眼鏡を目に当てた。そのやや後ろでは、ノアとノヴァルナの二人の妹が、不安そうに海を眺めている。彼女達は電子双眼鏡は持ってはいないものの、海上の緊迫した様子は伝わっているらしい。
そして双眼鏡からは、波止場と距離が近づいた事もあって、逃走している五隻と攻撃艇の間で、熾烈な砲火が交差するのが見て取れた。双方ともいまだ命中弾はないようだ。
とその時、後方から迫る砲艦が五発の対艦誘導弾を発射した。逃走中の船は一斉に対空砲火をそちらへ向ける。四発は空中で爆発。だが一発の誘導弾だけは爆発せずに、コースだけが変わり、逃走船の前方の海に落ちて炸裂する。それまでの攻撃艇からの砲火のものとは比べ物にならないほど、巨大な水柱が発生した。そこに運悪く一隻の護衛艇が突っ込んでしまい、跳ね飛ばされるように転覆する。
転覆した護衛艇は海面を滑りながら砕け、炎に包まれる。巻き上がる赤い閃光を見て、フェアンとマリーナは身をすくめた。その直後、ノヴァルナ達のいる上空、空を覆う薄い雲のさらに上を轟音が通り過ぎると、超電磁ライフルを両手で抱えた、三機の人型機動兵器が降下して来る。『ホロウシュ』が使う親衛隊仕様のBSIユニット、『シデンSC』だ。
三機はノヴァルナ達のいる波止場から三百メートルほど離れた、西の海岸近くの海面へ降りた。着水寸前にバックパックから反転重力子を放出して、ブレーキを掛けたため、小さな竜巻状に大量の水飛沫が舞い上がり、ノヴァルナ達のいるところへも海水が驟雨のように降り注ぐ。「キャーキャー」と叫び声を上げて逃げ惑うフェアン。ノアもマリーナも迷惑そうに手をかざすが、ノヴァルナは動じる事無く前方を見据えままである。
先頭に立つ紫色を基調にした『シデンSC』はランの機体。その左の緑のラインが入った機体はトーハ=サ・ワッツ、右側の大鎌を振り上げた死神のマーキングは、モス=エイオンの機体だ。エイオンの機体だけ降下した位置の足場が悪かったのか、僅かに後ろにのけぞったが、すぐに体勢を立て直す。
膝の辺りまで海水に浸かった三機の『シデンSC』は、超電磁ライフルを狙撃モードで構え、白いクルーザーを追う連中に向けて射撃を開始した。さすがにランは初弾から、追手の攻撃艇に命中させて撃墜する。
だがサ・ワッツとエイオンの銃弾は、狙った攻撃艇の至近を通過したものの、当てる事は出来なかった。まだ地上戦での狙撃に慣れていないのだろう。二人の状況を窺い知ることは出来ないが、主君ノヴァルナの見ている前で弾を外してしまい、焦っているような空気が機体から感じ取れる。再装填し、次弾発射。しかしこれも回避行動に入った攻撃艇に躱される。
その間にランだけは、さらにもう一隻の攻撃艇を撃ち落としていた。すると追手の攻撃艇の後方にいた砲艦が、速度と高度を上げ始める。その艦体が一瞬青白く輝いたのは、防御用のエネルギーシールドを展開したためだ。攻撃目標を『ホロウシュ』に切り替えたようである。ランの『シデンSC』は超電磁ライフルを腰だめに構え直し、照準を砲艦に変更すると連続射撃を開始した。しかし銃弾は対艦徹甲弾ではなく通常弾であるらしく、エネルギーシールドを破れないでいる。
だがランは無為無策に砲艦に銃撃を浴びせていたのではない。砲艦の注意がランの機体に向いたところに、ノヴァルナ達のいる場所の上空、斜め後方の曇天を切り裂き、大口径砲から放たれたと思しき、黄緑色のビームが砲艦へ命中した。
間近に雷鳴を聞くような凄まじい音がして、砲艦の舳先に青白いプラズマの奔流が激しく輝く。エネルギーシールドが崩壊したのだ。その衝撃に、砲艦は頭を叩かれでもしたように、舳先をガクリと下げる。
砲艦は恒星間航行能力が無いとは言え、重巡並みの攻撃力と防御力を有している。そのエネルギーシールドを一撃で消失させるのは、大型戦艦の主砲ぐらいである。そしてその主砲の持ち主が、薄灰色の雲の合間から降りて来た。ノヴァルナの専用戦艦―――先日のムラキルス星系攻防戦で喪失した総旗艦『ゴウライ』に代わり、新たにナグヤ=ウォーダ宇宙艦隊総旗艦となった、宇宙戦艦『ヒテン』だ。
前方部分のエネルギーシールドを失った砲艦―――キオ・スー家の『ラグレア』型砲艦『ヴェロレア15』は、慌てて反転を始めた。総旗艦級戦艦に砲艦一隻で、歯が立つはずもない。追跡者たちが怯んだ機を逃さず、サ・ワッツとエイオンは残った二隻の攻撃艇を撃墜した。
さらに『ヒテン』は主砲を砲艦『ヴェロレア15』へ発射。わざと狙いを外した威嚇の主砲ビームは、数キロ沖の何もない海上に着弾、まるで核兵器の爆発のような、巨大な水蒸気のキノコ雲を作り出した。
追っていたクルーザーを諦め、ほうほうの体《てい》で逃げてゆく砲艦と、この波止場に向かって来る反重力クルーザーを交互に見遣り、ノヴァルナは再びスマートフォン型通信ホログラムを左手に立ち上げる。
「ラン。ご苦労だった」
ランが「ありがとうございます」と礼を述べると、ノヴァルナはサ・ワッツとエイオンとも回線を開き、ぶっきらぼうに告げた。
「サ・ワッツとエイオン。おめーらは、あとでナグヤ城の外周を二十周な」
狙撃を外した罰を課せられた二人の『ホロウシュ』は、恐縮した口調で「り…了解であります」と応答する。もしあのまま手間取っていれば、波止場にノヴァルナがいる事を気付かれ、危険な目に遭う可能性もあったからだ。ノヴァルナとしては、居たのが自分だけであったなら気にするつもりはないのだが、大切なノアや妹達が一緒にいたとなれば、その辺りは筋を通しておく必要があった。
▶#03につづく
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