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第2話:混迷は裏切りとともに

#02

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 戦場に予想外のものを持ち込んで来て、敵を撹乱するのは、ノヴァルナの得意とするやり口である。それは時に欺瞞情報であったり、偽装船団であったり、果ては自分の恋人との婚約発表であったり、その度に敵は右往左往させられる羽目に陥っていた。

 そしてノヴァルナ自身の普段の行状―――“カラッポ殿下”だの“イミフ王子”だのと領民から揶揄される傍若無人ぶりが、“その時になってみないと、何をしでかすか掴めない危険人物”という印象を周囲に、特に敵対するものに強く印象付けている。なにせつい数か月前には、自分の父親の葬儀でさえ、奇天烈なゲリラライブでぶち壊しにしたのだ。

“いや、まさか…あの大うつけ、本当に領民ごとこの城を押し潰すつもりか?”

 そのようなノヴァルナであるから、本当にプラント衛星をキオ・スー市へ落下させるつもりなのではないかと、ディトモスを止めたダイ・ゼン自身も疑いたくなるのは、当然の成り行きであった。ナガルディッツ地方に出した避難指示も、むしろこの時のために裏をかいておく、印象操作ではなかったのか…とも考えられる。

「プラント衛星の降下コースに変化はないか?」

 再確認をするダイ・ゼンにオペレーターが応じる。

「変化なし。落着まで38分」

「むう」

 それを聞いてダイ・ゼンは唸り声を漏らした。2キロ四方で高さが五百メートルもあるプラント衛星である。ぐずぐずしていては落着の阻止が不可能になる。

「よし。対宙迎撃基地の半数をプラント衛星への砲撃に。同時に宇宙艦隊とBSI部隊の一部を、衛星をコントロールしていると思われる、ノヴァルナの部隊の撃破に向かわせるのだ。急げ!」

 ダイ・ゼンの発した命令は、ディトモスの今しがたの言葉を一部修正したものだった。ナグヤ艦隊への十字砲火の任にあてている、西海岸の対宙迎撃基地はそのままに、残りの対宙基地からの砲撃でプラント衛星を破壊しようというのだ。

 ただ当然その分の火力は低下する。そこで一点に残りの対宙基地の砲撃を集中させ、一気にプラント衛星を破壊し、砕けた破片を各対宙基地で、それぞれに大気圏で燃え尽きるサイズまで小さくする計画である。またプラント衛星の前面にいるノヴァルナの部隊を追い払って、電子妨害も排除しなければならない。その辺りはダイ・ゼンもやはり、無能ではなかった。

 ダイ・ゼンの命令で、オペレーターが即座に砲撃ポイントを算出する。作戦司令室中央の戦術状況ホログラム上にその位置が表示され、それに関連した数値が列記された。地上からのビーム砲撃で破壊されたプラント衛星の破片分布と、各基地からの二次迎撃でその破片がそれぞれに粉々なる、シミュレーション画像が合わせて映し出される。

「砲撃ポイントはエリア411上空大気圏外層。約16分後に到達の模様」

 砲撃のポイントと到達時間が提示されると、キオ・スー軍は一斉に動き出した。西海岸地方を除く、アイティ大陸の各対宙迎撃基地の大口径ビーム砲が旋回を始め、砲撃ポイントを思考して空を睨む。一方、宇宙空間ではキオ・スー艦隊を率いるソーン・ミ=ウォーダが、部隊の分離を命じていた。

「各艦隊より宙雷戦隊の一部を抽出、BSIユニット二個中隊と共に、ノヴァルナの部隊へ向かわせろ」

 現在、キオ・スー艦隊は無理な前進を控え、針路上に停止したナグヤ艦隊と遠距離砲戦中である。したがって中・近距離攻撃が主体の宙雷戦隊は、“手が空いている”状況だ。ただBSI部隊は、ナグヤ軍のカーナル・サンザー=フォレスタ率いるBSI部隊と、激しく争っている最中で、それほど余裕があるとは言えない。参謀がそれを告げると、ソーン・ミは旗艦周辺を守るBSI親衛隊を、分離するBSI部隊の穴埋めに投入するよう指示した。

「しかし、それでは敵のBSI部隊がこちらのBSI部隊を突破した場合、この旗艦を危険に晒す事になりますまいか?」

 防御が手薄になる事を懸念した参謀が尋ねるが、ソーン・ミは眉の薄い顔を左右に振ってそれに応じる。

「だからこそ親衛隊をBSI戦に加えて、戦力の厚みを増すのだ。旗艦周辺の防御は残りの宙雷戦隊を配置せよ」

 ソーン・ミ=ウォーダは前回の戦いで空母機動部隊を指揮したように、砲雷撃戦よりも機動兵器戦に長けていた。確かに小回りが利きある程度の砲戦能力も備えた宙雷戦隊を、BSI親衛隊の代わりに旗艦の周囲に配置する案は悪くない―――そう考えた参謀は一礼して、BSI部隊の戦闘状況を表示したホログラムスクリーンを目の前に展開、ノヴァルナ部隊への派遣隊をピックアップして命令を伝える。

「BSIユニット第19、22中隊を、ノヴァルナ殿下への攻撃に回せ。BSI親衛隊には、ナグヤ軍BSIとの交戦に加わるよう伝達。急げ!」

 このキオ・スー軍の動きを見て、ノヴァルナは「ふん…」と鼻を鳴らした。

「だいたい思った通りだな…おあつらえ向きだぜ」

 そう言って不敵な笑みを浮かべるノヴァルナを乗せた、『センクウNX』の真後ろには、巨大なプラント衛星が惑星ラゴンの青い海原を眼下に、大気圏へ向かって飛行角度を徐々に下げている。

「敵部隊接近」

 前哨に置いた三機の『ホロウシュ』、ヨリューダッカ=ハッチ、ジュゼ=ナ・カーガ、クローズ=マトゥから報告が入る。

「BSIユニット48機。さらに後方に敵艦隊」

「敵艦隊は二個宙雷戦隊規模」

 それを聞いてノヴァルナは不敵な笑みを大きくすると、部下達に命じた。

「よっし、ウィザード中隊! 踏ん張りどころだぞ、てめぇら。俺の仕事が片付くまで、持ちこたえろよ!!」

「了解!!」

 声を揃えて応答した『ホロウシュ』達は、プラント衛星の制御を行うために動けないノヴァルナを残し、一斉に機体を加速させて敵部隊へ立ち向かっていく。「てか、ドジ踏んで死ぬんじゃねーぞ」と軽口を付け加えるノヴァルナ。すると『ホロウシュ』の一人であるナガート=ヤーグマーが、それに応えて来た。

「御大将、“持ちこたえろ”とか…倒しちまっても構わねーッしょ?」

 さらにシンハッド=モリンも無駄口を叩く。

「俺、この戦いが終わったら、あの娘《こ》とデートするんだぁ」

 対するノヴァルナも冗談口調で言い放った。

「いやいやいや。それおまえら、死亡フラグだって!」

 全員が笑い声を上げる中、「デートって、相手いねーじゃん」「いや、そこツッコむなよ」とヤーグマーとモリンが小声でやり合うのを残し、通信を終えるのを聞いて、逆に顔を青ざめさせたのは、キッツァート=ユーリス以下シヴァ家から参加している、これが初陣のパイロット達である。ほとんどが自分達より年下でありながら、ノヴァルナとその兵達の戦《いくさ》慣れしている様子に、完全に呑まれてしまっていた。

 その雰囲気を感じ取ったのか、ノヴァルナからリラックスした調子でキッツァートに指示が来る。

「ユーリス殿の中隊は俺の直掩を頼む。あの阿呆どもが調子に乗って、敵機を取り逃がすかも知れないからな」

 無論そんな事になる可能性は低いと、知った上でのノヴァルナの配慮だ。事実、迎撃に出た『ホロウシュ』とノヴァルナの間には、ランとササーラが陣取っていた。




▶#03につづく
 
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