銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第2話:混迷は裏切りとともに

#16

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 フーマは硬い口調で応答して来た。

「まずは邂逅に際しての、非礼をお詫び致します。お館様」

 IFFを起動させずに接近した事を謝罪するフーマだが、ドゥ・ザンにもとより気にするつもりは無い。軽く頷いて謝罪を受け入れ、先を促す。

「よい。それよりも本題だ」

「は。そ、それですが………」

 途端に目線を逸らせて口ごもるフーマ。ドゥ・ザンは無言のまま画面を見据えて、次の言葉を待つ。フーマは一つ唾を飲み下し、姿勢を正して報告した。

「首都惑星にてオルグターツ様ご謀反。イナヴァーザン城を含む首都イグティスはすでに陸戦隊に制圧され、戒厳令下に置かれましてございます!」

「謀反!?」

「首都が制圧されただと!?」

 一斉に驚愕の呻き声を上げる幹部達に囲まれたドゥ・ザンは、ただ一人無言で通信スクリーンを睨み付ける。

「………」

 オルグターツ=サイドゥはギルターツ=サイドゥの嫡男で、ドゥ・ザンからすれば孫にあたる。ただドゥ・ザンは、この孫を人物的に全く評価していなかった。表沙汰になっていないだけで、若くして酒淫に耽っているという話はドゥ・ザンの耳にも入っている。

 だが今、問題なのはそこではない。主君の一族とはいえ、そのような暗愚な若者の言葉に唆されるはずがない陸戦隊が、首都制圧に協力したという事実が問題なのだ。

 首都に配備した陸戦隊は、いわば王城の近衛兵にあたるエリート兵で、主家に絶対の忠誠を誓っている。そのような部隊を使えるのはドゥ・ザン以外では、次期当主の嫡男ギルターツ以外に考えられない。つまりオルグターツは名だけの存在だという事だ。

いや、それだけではなかろう―――

 動揺を隠せない表情で自分に視線を集中させる部下達の中、ドゥ・ザンはようやく口を開いて、重々しい声でフーマに問い質す。

「軍の…部隊の状況は?」

「されば…旧トキ家系の部隊指揮官は、そのほとんどが叛乱軍に加わっております。また首都制圧に伴い、多くの上級将官の家族が警護を名目に、軟禁された模様」

 やはりそうか…と、ドゥ・ザンは軽く息をついた。ギルターツはかねてからミノネリラ宙域で囁かれていた、自分がドゥ・ザンの嫡子ではなく旧トキ家当主、リノリラス=トキの子であるという説を利用したのだろう。

「愚かな…」

 それは自分の息子とも自分自身へ向けたともつかぬ、ドゥ・ザンの言葉であった。

 コーティ=フーマが続けた報告によれば、叛乱軍の中心はトキ家統治時代からの家臣団で、その他、叛乱に加わらなかった部隊も、ほとんどが中立の立場を表明して動かかなかったという。一方ドゥ・ザンを支持する一部の者は、小部隊または単艦でバサラナルムを脱出し、ドゥ・ザンの妻オルミラの実家、アルケティ家が領地とするカーニア星系へ避難したとの事だった。

 コーティ=フーマの第5艦隊は前述の通り、今回の対ロッガ家、対タ・クェルダ家の両面作戦で、必要に応じてどちらかへ即座に増援に向かうため、出動準備を整えてバサラナルム衛星軌道上で待機していた事で、この異変にいち早く対応、艦隊編成を維持したまま脱出する事に成功した。そして叛乱軍に位置を知られないように、IFFを作動させる事無くドゥ・ザンと合流したのである。

 総旗艦『ガイライレイ』の中では、誰もが首都惑星で起きた謀反という現実を、まだ受け入れられない様子だった。しかしドゥ・ザンだけは少なくとも、表面的には普段と変わらぬ落ち着きを見せている。ただそんなドゥ・ザンも、フーマの報告の続きが、自分の妻やギルターツ以外の子に及ぶと、僅かに眉をひくつかせた。

「奥方様とご嫡男リカード様、レヴァル様のおかれましては、無事イナヴァーザン城をご退去。我が艦隊が保護し、今は病院船にてご静養頂いてございます…」

「うむ…」

 奥方とは無論、今のドゥ・ザンの正妻オルミラの事であり、リカードとレヴァルは二人とも、そのオルミラとの間に生まれた子、ノヴァルナの婚約者のノアとは血を分けた兄弟にあたる。この三人が無事であったのは重畳この上ない。だがドゥ・ザンは、フーマの言い方に不安をよぎらせた。ドゥ・ザンには他に、クローン猶子であるマグナッシュとキーベイトという子がいるが、この二人の方がリカードとレヴァルより年長であって、フーマが口にする順からいえば、先になるはずだらからだ。

「して、マグナッシュとキーベイトはどうした?」

 ドゥ・ザン自らが促すとフーマは一瞬息を呑み、やがて絞り出すように告げた。

「別宅に押し寄せたオルグターツ様直属の陸戦隊に対し、奥方様とリカード様、レヴァル様のご退去を援護され、討ち死に…なされましてございます。そのご最期、誠に武人の本懐ここにありと…」

 その言葉を聞き“マムシのドゥ・ザン”、ぎゅっと両の瞼を固く閉じ、「そうか…」と返した。

 ドゥ・ザンは固く閉じた瞼の裏で、“なにが武人の本懐なものか…”とフーマの言葉を否定する。マグナッシュもキーベイトもまだ十六歳。前年のヒディラス・ダン=ウォーダの軍勢を打ち破ったカノン・グティ星系会戦で、初陣を飾ったばかりだ。つい先日も、姉のノアの婚約者となった新進気鋭のノヴァルナ殿に、自分達も会ってみたいと、目を輝かせていたばかりではないか。

 その若い命を…クローン猶子である自分達を実の息子や兄のように大切にしてくれた、義母オルミラと二人の義弟のために散らせてしまったのだ。

“むごいものじゃ…”

 総旗艦『ガイライレイ』艦橋の司令官席で宙を見上げるドゥ・ザン=サイドゥ。ただその双眸に光るものがあったのは、ほんの一瞬であった。二人のクローン猶子を失った悲哀はすぐさま消え去り、代わりに道化師が顔に張り付けるような“笑い顔”の衝動が、心の奥底から込み上げて来るのを感じる。

“クックックッ…ワッハッハッ!………”

 これが戦国―――これが因果応報というものであろうか。仕官したサイドゥ家を乗っ取り、主君であったトキ家を追い出し、極悪非道の限りを尽くしてミノネリラ宙域星大名の座を手に入れた自分が、嫁ぐ娘の幸せと婿となる若者の武運長久を祈り、人並みの幸福を手に入れたように感じた直後、身内の造反から転落していく。その原因が追放した主家との因縁にまつわるものだとは、まさに笑うしかない状況だった。血で血を洗うが戦国、そしてその血は時として、自分が血を分けた相手である場合がある。そんな事は百も承知であったはずだ。分かっていた―――分かり切っていた事ではないか!

 ただそこは、元来のひねくれ者のドゥ・ザン=サイドゥ、その笑いは胸の中だけに留め置き、宇宙地図に素早く視線を巡らせると、何食わぬ顔でコーティ=フーマに命じる。

「状況は相分かった。今の戦力ではバサラナルム攻略もなるまい。ここから三百光年ほど先に新興植民星系のオスカレアがある。まずはそこを拠点としようぞ」

「ぎ…御意にございます」

 思いの外、冷静そのものなドゥ・ザンの指示に、通信スクリーンの中のフーマは、虚を突かれたような顔で承服した。やがて現段階での、ドゥ・ザン=サイドゥに従って作戦行動が可能な戦力―――ドゥ・ザンの第1艦隊、ドルグ=ホルタの第1遊撃艦隊、コーティ=フーマの第5艦隊は針路を変更していった………




▶#17につづく
 
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