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第4話:忍び寄る破綻
#08
しおりを挟むゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナは銀髪で細い眼が印象的な、四十五歳の男性貴族。温厚な人柄で“漫遊貴族”の異名を持ち、宙域諸国を何か月もかけて外遊する事が多い。また中立的な立場を保って様々な星大名家と友好関係を築いており、そのため敵対する星大名家間の、橋渡し役を担う場合もある。
しかも執務室へ入って来たのはゲイラだけではない。白いワンピースを着たシヴァ家の姫カーネギーと、彼女の側近で軍装姿のキッツァート=ユーリスも後ろに従っていた。
「これはヤーシナ卿、それにカーネギー姫様も」
席を立ってお辞儀をするノヴァルナに、ゲイラは笑顔で会釈を返した。
「ドゥ・ザン様とのご会見以来ですな、ノヴァルナ様。ご壮健そうで何よりです」
ノヴァルナは執務机を離れ、「ヤーシナ卿もお変わりなく」と言いながら、三人を執務室の中央にあるソファーへと促す。そしてササーラを振り向いて、「お茶の用意だ」と命じるが、ゲイラは「いえいえ、あちらの控室で頂きましたので、どうかお構いなく」と丁重な言い方で断りを入れた。
「ラゴンには、いつお越しになられたのです?」とノヴァルナ。
「一昨日です」
「仰って頂けば、お迎えの準備を致しましたのに」
ノヴァルナの言葉に、ゲイラは右手を掲げて“いえいえ”と左右に振る。
「時にふらりと立ち寄るのが、私の流儀でして、お気遣いなさらず」
そう言いながらゲイラは久方ぶりに会ったノヴァルナの姿を眺めた。つい先日十八歳になったとの事だが、ドゥ・ザンとの会見の時から比べても少し大人びて見える上に、武将らしさに幅が出て来た感じがする。ただそれは決して一朝一夕に身につくものではなく、充分な下地を必要とする素養である。
“やはり、天衣無縫な振る舞いは、世を忍ぶ仮の姿であらせられたか…”
改めて自分の目に狂いはなかったと、ゲイラは小さく頷いて本題を切り出した。
「今日、伺ったのは、こちらのカーネギー姫様からヴァルツ様を通じて、ある要請を頂いたからです」
「と言いますと?」
問いかけるノヴァルナに答えたのは、ゲイラの隣に座るカーネギーである。
「ノヴァルナ様は、ミ・ガーワ宙域のキラルーク家をご存知ですか?」
探るような表情で応じるノヴァルナ。
「ええ。皇国貴族でかつてのミ・ガーワ宙域の総督…今はイマーガラ家の庇護下にある、と聞いていますが」
キラルーク家―――それは、オ・ワーリ宙域におけるシヴァ家、ミノネリラ宙域におけるトキ家のように、今の戦国の世がシグシーマ銀河系を覆う以前、ミ・ガーワ宙域を支配していた宙域総督を務める貴族である。
しかもキラルーク家はシヴァ家、イマーガラ家同様、星帥皇室のアスルーガ家と血縁関係を有する名門貴族で、ヤヴァルト銀河皇国が全盛期だった頃は、“御三家”と呼ばれて皇国の運営にも関わっていたのだ。
それが現在は没落し、イマーガラ家の庇護下にあった。イマーガラ家がミ・ガーワ宙域を事実上支配しているのも、ミ・ガーワ宙域の統治能力が低下し、トクルガル家やミズンノッド家をはじめとする、独立管領の台頭を抑えられなくなったキラルーク家が、イマーガラ家をミ・ガーワ宙域へ呼び込んだのである。
キラルーク家の弱体化の原因は二つに分裂して内訌が絶えなくなったためで、この辺りはミノネリラ宙域のトキ家と同様であった。現在の当主はライアン=キラルークという二十歳の若者で、領地はミ・ガーワ宙域ハズルー恒星群だが当人は領地にはおらず、イマーガラ家の本拠地で、名目だけの家老職に就いている。
カーネギーは少々緊張した面持ちで、ノヴァルナに提案を始めた。
「キラルーク家も我がシヴァ家同様、今は家勢も衰えてはおりますが、星帥皇室一門としての発言力は持っています。まして彼等の庇護者であるイマーガラ家は、同じ星帥皇室一門です。キラルーク家の訴えを無下にする事はないはずです」
「それはまぁ、そうでしょう」
確かに言っている事は間違ってはおらず、ノヴァルナは相槌を打つ。
「聞けばノヴァルナ様は、ミ・ガーワ宙域方面の抑えに苦慮されているご様子。そこで、私どもシヴァ家がキラルーク家と同盟を結び、イマーガラ家との間に入る事で、その抑え役を担いたいと思っているのです」
「!」
カーネギーの提案に、僅かに眼を見開くノヴァルナ。どうやら興味が湧いたようだ。そこでヴァルツも口を開く。
「実はカーネギー様から儂に、お話があってな。旧キオ・スー家がシヴァ家を庇護下に置いていたのは、同じ星帥皇室一門であるイマーガラ家との、外交チャンネルを作っておくための方策でもあったらしい」
それを聞いてノヴァルナは「ああ、なるほど」と頷いた。筆頭家老だったダイ・ゼン=サーガイが、イマーガラ家と繋がっていたのもその辺りだろう。
「しかしそれで、話がそう上手くいくもんスかね?」
腕を組んだノヴァルナは少し砕けた調子で疑念を漏らした。実力主義の今の戦国の世の中で、同じ星帥皇室一門という事だけで簡単に和平の手打ちが出来るとは、ノヴァルナには思えなかったのだ。
すると皇国貴族のゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナが、静かな口調で告げる。
「ノヴァルナ様、貴族は格式というものを重んじるものです」
「格式…ですか」
訝しげな顔をゲイラに振り向かせるノヴァルナ。
「さようです。廃れたりとはいえシヴァ家もキラルーク家も名門貴族。そしてイマーガラ家も同様。それらが公に会って決めた約束事は、世間一般が思うよりずっと重き事。実利に反する中身であってもそれを破るは、貴族たる格式に泥を塗るに等しくございます」
「つまり、我々が想像する以上に、破られ難い約束だ…と?」
自分たち弱肉強食の世界に生きる星大名とは全く違う、格式という貴族の価値観に、いまだ半信半疑な様子で問い質すノヴァルナ。ただ、皇国の名門貴族でもあるイマーガラ家ならば、その格式というものに縛られていてもおかしくはない。事実、現当主のギィゲルト・ジヴ=イマーガラは、立ち居振る舞いからして貴族趣味に走っているという話だ。
「いかがでしょう―――」
カーネギーはそう言いながら、ノヴァルナに訴えるような目を向ける。
「ここは私にお任せ頂けませんか?…私どもはノヴァルナ様に救って頂いておりながら、まだなんのお礼も出来ておりません。是非ともお力にならせてください」
「会見の段取りの方は、私が執り行いますので…」
そう付け足してきたのはゲイラだった。確かにこの“漫遊貴族”なら、キラルーク家にもイマーガラ家にも顔が利くだろう。ダメもとで考えるなら、試してみてもいいように思える。そこにさらにヴァルツも口を挟んできた。
「ま、悪い話ではないわな」
そこでノヴァルナは一拍置いてから「…わかりました」と答えた。今日のこの打ち合わせを呼びかけたのはヴァルツだったが、最初から嵌められていたらしいと気付いたノヴァルナは、叔父に苦笑いを浮かべた顔を見せた。そしてカーネギーとゲイラに向き直って、一礼して告げる。
「では、会見の段取り…よろしくお願いいたします」
▶#09につづく
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