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第4話:忍び寄る破綻
#12
しおりを挟む「えー。突然ですが、イマーガラ家の第3艦隊と、演習を行う事になりました!」
翌日、旗艦『ヒテン』の会議室で主要な家臣を集め、まるで教師のような口調でノヴァルナが発表すると、家臣達は一斉に「えええええ!?」と驚きの声を上げた。さすがに人前であまり表情を変える事がないランも、この時ばかりは目を大きく見開き、机を両手で叩きながら立ち上がって翻意を促す。
「どうか、おやめください!」
続いて立ち上がったのはササーラだ。こちらはさらに、ドーン!と天板が割れそうなほどの勢いで机を叩いたため、周囲の者がもう一度驚く。
「そうです。危険過ぎます!!」
そんな反応は織り込み済みだぜ…と言わんばかりに、動揺という名の渦が巻く会議室の中を、不敵な笑みでグルリと見渡すノヴァルナ。すると第2戦艦戦隊司令として参加している赤毛の女性家臣、ナルガヒルデ=ニーワスが一人、落ち着いた口調で尋ねて来る。教師的な振る舞いではこちらが本家と言える。
「一体どういう事なのか、ご説明を願います。殿下」
「おう。いいねナルガ、その冷静さ」
そのツッコミを待っていた感のあるノヴァルナは、ナルガヒルデを指差して評価し、説明を始めた。
トゥ・エルーダ星系第五惑星ウノルバにノヴァルナ達が到着した昨日、あれからイマーガラ家筆頭家老のシェイヤ=サヒナンより連絡があり、自分の率いる第3艦隊と、この星系の近くにあるロンザンヴェラ星雲で合同演習を行ってもらいたいという、急な申し入れがあったらしいのだ。
銀河皇国の名門貴族にして、オ・ワーリ宙域総督のシヴァ家とミ・ガーワ宙域総督キラルーク家が、今回の会見で友好関係を築き、協定を結ぶような事にでもなれば、シヴァ家の配下であるウォーダ家も、キラルーク家の後ろ盾であるイマーガラ家も争う必要はなくなる。その友好の第一歩として、シヴァ家とキラルーク家が会見している間、ノヴァルナ艦隊とシェイヤ艦隊が合同演習を行って、これまでの諍いを水に流そうというわけだ。
ノヴァルナがそう話すと、ナルガヒルデは遠慮を感じさせない、少々辛辣な印象を与える物言いで尋ねた。
「そのような子供でも罠だと思い至る話を、お受けになるのですか?」
確かに深く考えるまでもなく、誰が聞いてもあからさまに嘘だと分かる話であった。このタイミング…ただの合同演習で終わるはずもない。
シヴァ家とキラルーク家の会見は予定通り行われる。それは仲介に入っている皇国貴族のゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナも言った通り、一度承知してしまった以上、貴族の体面と格式に関わるものだからだ。自らも皇国の名門貴族であるイマーガラ家も、これを反古にするような真似はしないだろう。
しかし合同演習中のトラブルで交戦状態に陥ってしまったのなら、これは不慮の事故という言い訳が出来る。ギィゲルトとシェイヤは、気性の荒いノヴァルナであればそういったイマーガラ側の企みも承知の上で、合同演習に応じて来ると読んでいたのだ。
ナルガヒルデの「お受けになるのですか?」という問いに、ノヴァルナは腕組みをすると胸を反らし「たりめーよ!」と景気よく言い放った。
「売られた喧嘩は買ってやるぜ!」
第1艦隊をはじめとするノヴァルナの腹心達は、自分らの若き主君がこんなふうに言いだしたら聞かないのを、充分に承知している。彼等は騒ぐの諦め、“どうしたものか…”と難しい表情で互いの顔を見合わせた。思考を戦術の方へ切り替えたのだ。
「戦うにしても相手はイマーガラ家の精鋭、第3艦隊ですぞ」
ノヴァルナを振り向いて、そう口を開いたのはBSI部隊総監のカーナル・サンザー=フォレスタであった。『ホロウシュ』でノヴァルナの副官、ランの父親のフォクシア星人だ。
「精鋭なら俺達も負けてねーだろ?」
不敵な笑みを絶やさず応じるノヴァルナ。サンザーはさらに訴える。
「それに相手の司令官シェイヤ=サヒナンは、BSIパイロットとしての腕もエース級として、鳴り響いております。もし彼女がBSHOで出て来たら厄介な事となります」
シェイヤ=サヒナンのパイロットとしての技量の高さは、イマーガラ家でもトップクラスと言われていた。事実、数カ月前のムラキルス星系攻防戦では、ノヴァルナが戦ったタンゲンのBSHO『カクリヨTS』に、シェイヤの戦闘パターンが組み込まれていたため窮地に陥り、その結果、後見人のセルシュ=ヒ・ラティオを死なせてしまっている。
「あ?…なんだサンザー。てめ、俺が負けるってのか?」
ノヴァルナは斜に構えて問い質した。サンザーはノヴァルナにとっては、BSI操縦の教官であり、訓練では“鬼のサンザー”に徹底的に鍛えられたものである。その鬼教官から負けると言われては、ノヴァルナも不本意極まりない話だ。
不敵な笑いを苦笑に変えて、大柄のサンザーを見上げるノヴァルナ。サンザーは生真面目な表情を変えずに告げる。
「そういうつもりはありませんが…と申すより、シェイヤ殿が出て来たら、私が迎え撃ちますので、殿下は―――」
「すっこんでろ!…ってか?」
ノヴァルナはサンザーの言葉を自分の言葉で遮ると、「アッハハハ!」といつもの高笑いを発した。そして右手を掲げてヒラヒラと振って続ける。
「心配すんなサンザー。たぶんシェイヤのねーさんが、出て来る事にはなんねーよ」
「と申されますのは、殿下には何か策がお有りで?」
訝しげな表情を向けるサンザーに、ノヴァルナは「ふふん」と鼻を鳴らすと、会議室の前面に合同演習の場所に指定された、ロンザンヴェラ星雲周辺の星図ホログラムを展開させて、自分の思惑を家臣たちに開陳し始めた………
そして二日後早朝。第五惑星ウノルバの行政府では、カーネギー=シヴァとライアン=キラルークの会見を二時間後に控えていた。皇国貴族としての儀礼的な挨拶の交換を皮切りに、両家とその領有宙域に関する情報交換、さらに昼食後には友好関係の確認と友好協定の締結まで進める予定だ。
会見には仲介役としてイマーガラ家当主ギィゲルト・ジヴ=イマーガラと、皇国貴族ゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナ。さらに新キオ・スー=ウォーダ家から外務担当家老のテシウス=ラームも同席していた。
このシヴァ家とキラルーク家の間で友好協定が結ばれると、名目上とはいえオ・ワーリ宙域とミ・ガーワ宙域の支配者同士の和平成立という意味合いが発生する事で、シヴァ家の“家臣”であるウォーダ家と、キラルーク家の後見人であるイマーガラ家も、その友好協定の対象となって、むやみに交戦するわけにはいかなくなる。
そういった点からもイマーガラ家筆頭家老のシェイヤとしては、この機会にノヴァルナを葬っておきたかった。それ故に目論見通りノヴァルナが、合同演習の話に乗って来た時は内心でほくそ笑んだ。ノヴァルナの方でも新たにギィゲルトの懐刀となった自分を、この機会に葬りたいに違いないと、シェイヤは読んでいたからだ。いわばシェイヤは自分自身を餌にしたという事だ。
イマーガラ家第3艦隊旗艦『スティルベート』に座乗するシェイヤは、右舷側の宇宙空間を随行するノヴァルナ艦隊を一瞥し、独り言ちた。
「タンゲン様、見ていてくださいませ…」
▶#13につづく
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