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第4話:忍び寄る破綻

#17

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 イマーガラ艦隊はゾーン2の星間ガスの塊に、各艦の主砲を向けながら航過した。ジリジリとした時間が過ぎる。しかし何事も起きない。

「反応なし」

「全艦異常なし」

「間もなく戦艦主砲、射程圏外」

 オペレーターの報告に、『スティルベート』の艦橋内の空気が僅かだが和らぐ。戦艦主砲の射程圏外へ出たという事は、少なくともゾーン2の中にノヴァルナ艦隊が潜んでいたとしても、いきなり戦艦の主砲射撃で不意打ちを喰らう危険性はなくなったからだ。そこに通信科のオペレーターが告げる。

「右翼第8艦隊より入電。ゾーン1内に敵艦影無し」

 イマーガラ艦隊の右側前方にゾーン1として設定していた、高密度のガス雲に挟まれた空間。そのノヴァルナ艦隊の想定位置には、ブルート=セナの第8艦隊が向かっていたのだが、発見する事が出来なかったようだ。

「次の想定位置と時間は?」

 シェイヤが参謀長に尋ねると、参謀長は「約三十分後にゾーン5です」と応じる。ゾーン5はゾーン1やゾーン2とは逆に、ロンザンヴェラ星雲の中に出来た、重力のバランスエリア。直径約2億キロ、高さ約1億キロの空洞のような場所で、艦隊が隠れる障害物は何も無い。

 ゾーン5の場合、星雲の特徴的環境を利用出来ないというのは逆説的だが、そもそもノヴァルナは、シェイヤが増援艦隊を五つも呼び寄せた事を知らないはずで、一対一で戦うには小細工は必要ないと考えているのであれば、この“空き地”を決闘の地として選んでいてもおかしくはない。

“ゾーン5を戦場とした場合、ノヴァルナ殿は自らBSHOに搭乗し、雲海の中に伏せている確率が高い。いえ、むしろ自分がBSHOで戦場に出て来ている事をアピールし、囮役を行う手も考えられる…”

 顎に手をあてて考えを巡らせたシェイヤは、参謀長に指示を出す。

「我が第3艦隊のみで、ゾーン5の空間内へ進入する。他の艦隊は、周囲の雲海の中を急進し、周囲を取り囲め」

 シェイヤは自分の艦隊を囮にしようと思った。ノヴァルナがどのような戦術を駆使して来るにしても、それは一個艦隊同士の戦闘を前提にしているはずで、もしもゾーン5でノヴァルナが待ち構えているなら、その戦術ごと数で飲み込んでしまえばいい。かえって好都合だ。シェイヤの目が決意を語る。

“卑怯と罵られても結構。騙される方が悪いのが戦国の世というもの…”

 シェイヤは戦艦戦隊を中央に置き、宙雷戦隊を単縦陣でその周囲に護衛に着け、後方に空母機動戦隊を従わせる、ほぼ同等の戦力と戦う場合の、通常的な集中陣形を第3艦隊に組ませた。そしてその陣形でゾーン5に入る。多対一用の分散陣形にすると、ゾーン5内でノヴァルナが待ち受けていた場合、罠に気付くであろうからだ。

 シェイヤ艦隊がゾーン5に進入すると、そこはまるで鍾乳洞のようであった。ぽっかりと空いた何もない空間に、上下から長く伸びた星間ガスの塊が、鍾乳石の如く所々から突き出ている。当然、艦のセンサーやスキャナー類も機能を完全回復し、艦橋内の戦術状況ホログラムも、クリアな情報を表示し始める。

 すると程なくして、前哨駆逐艦の一隻からシェイヤのもとに報告があった。

「ピケット艦『アヴェンドゥ』より入電。“長距離センサーに感あり。我よりの方位、025マイナス16。距離約8万”」

 それを聞き、参謀達が「早速いたか」「意外と正攻法かもしれんな」と言葉を交わす中で、シェイヤは戦術状況ホログラムに表示が加わった敵反応を見詰めたまま、無言で次の報告を待つ。そこへオペレーターのところまで来ていた参謀の一人が、シェイヤを振り向いて告げた。

「反応は一つだけです。敵のピケット艦だと思われます」

「こちらに気付いた様子はあるか?」と参謀長。

「いえ。低速で真っ直ぐ遠ざかっている模様」

 参謀長は「よし、『アヴェンドゥ』に、はそのまま後をつけさせろ」と命じ、シェイヤに意見を述べた。

「艦隊速度を上げますか? 上手くいけば先手を取れるかも知れませんが」

 だがシェイヤは首を縦には振らない。発見した敵の動きを聞いて、こちらを誘い込もうとしている可能性を感じたのだ。

「その必要はない。針路と速度はこのまま、ゾーン5の中央を進め」

 周囲の星雲内を多数の味方が同時に進んでいる…という事もあってか、シェイヤはこのままノヴァルナ艦隊が現れるのなら、一対一で戦ってみたい誘惑に駆られた。目的はあくまでノヴァルナを屠る事だが、師父タンゲンがその将器を恐れたほどの相手である。単純に武人としての血が騒ぐ。

“可能なら、BSHOの一騎打ちで仕留めたいものね…”

 そういう展開になればいい…と、エースパイロットでもあるシェイヤ=サヒナンは、胸の内で呟いた。




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