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第5話:燃え尽きる夢
#09
しおりを挟む「しかし…まこと、トゥズーク殿の申される通りなのであろうな?―――」
ツォルドは探るような目を向けてクラードに尋ねた。
「カルツェ様がノヴァルナ様に代わり、キオ・スー家ご当主となられたら、イル・ワークラン家とも和解され、オ・ワーリ宙域の安定に努められると」
ツォルドの問いにクラードは「それはもう」と大きく頷く。
「亡くなられた大殿(ヒディラス)には申し訳ありませんが、大殿の代となってから、オ・ワーリの兵と民はうち続くいくさに疲弊しております。それはノヴァルナ様の代の今も変わりなく。これもひとえに、ノヴァルナ様のあのご気性の荒さによるもの。カルツェ様はこれを憂いておられ、兄のノヴァルナ様を排してでも、オ・ワーリの安寧を目指さねばならぬと、心ひそかに誓っておられます」
「むう…」
思案顔になるツォルド。するとクラードは念を押すように重い声で告げた。
「これは、カルツェ様の名代としての言葉にございます」
「…なるほど」とツォルド。
そこからさらに二人は何事かを話し合った。そして一時間ほど言葉を交わしたのちに、ツォルドは「お話は賜った―――」と応じて返答を続けた。
「ともあれ、他の重臣達とも議論をせねばならん。最終的な我等の判断は、後日改めてご返答させて頂きたい。今は、カルツェ様のご決意は汲ませて頂いた…と、言う事でご承知頂けるか?」
それに対しクラードは、ツォルドの表情と“カルツェ様のお気持ちは汲ませて頂いた”という返答の部分で、手応えらしきものを感じたのか、穏やかな表情で「結構です」と深く頷いた。
「うむ。では堅苦しい話はここまでにして、ひと休みされるがよかろう。ヴァルツ閣下の事もあり盛大には出来ぬが、ささやかな酒宴も用意している、楽しんで行かれるがよい」
酒好きで有名な異星人、ジェヴェット星人のツォルドはクラードにそう告げながら、言外で“無論、自分も同席させてもらうがな…”という表情をしていた………
このようにまたカルツェの取り巻き達が、なにやら策動を初めていた頃、ノヴァルナはキオ・スー城の中庭を、カーネギー姫と二人で歩いていた。中庭の広い池に浮かんで咲く花が、見ごろになったので一緒に見たいという、カーネギー姫からの誘いによるものだ。
キオ・スー城の中庭の池と言えば、ノヴァルナが妹のフェアンを連れ、城から逃げ出す際に呼び寄せた『センクウNX』の脚で、星帥皇室から下賜された『金華の松』をへし折った、あの池である。まだ一年前の事件だというのに、ノヴァルナがこの城の主となった今から考えると、すでに遠い昔の話のように思える。
ノヴァルナがへし折った『金華の松』はすでに取り除かれ、池の光景は最初からそのようなものなど、無かったかのように修正されている。
湖面には別世界の水蓮に似た植物が、円い葉を幾つも浮かべ、濃さに様々な変化がある紫系の色の大きな花を咲かせていた。銀河皇国発祥の星キヨウの古い文明において、死後の世界を彩る花と呼ばれている花だが、決して縁起の悪いものではなく、むしろ神聖視されているものだった。
池のほとりを、着崩した紫紺の軍装を着るノヴァルナと共に歩くカーネギーは、花の色に合わせたのか淡いラベンダー色のドレス姿であり、細い肩紐以外は肩から胸元までを、大胆に露出していた。
「ご覧ください、ノヴァルナ様。丁度見ごろで…綺麗ですわね」
ノヴァルナに体を寄せたカーネギーが湖面を指差し、しっとりとした口調で告げる。
「ほら、あそこ…今まさに、花が咲こうとしております」
それに対するノヴァルナだが、カーネギーの言葉に「本当ですね」と感心してはいるものの、頭の中の別の部分では全く違う事を考えていた。
ノヴァルナの思案の中心―――それはヴァルツの死によって開いた穴を埋めていく、新たな人事の中で唯一つ、未だに後任を決めかねているポストについてだ。
「今日はノヴァルナ様とご一緒出来て、嬉しいですわ」と笑顔のカーネギー。
ノヴァルナは口では「そのように言って頂いて、光栄です」と言いながら、胸の内では別の言葉を独り言ちる。
“うーん。どーしたもんかなー…ナグヤの城主”
ノヴァルナが後任人事に迷っていたのは、報償でヴァルツに与えていた、ナグヤ城の城主のポストだったのだ。
ナグヤの城主はカルツェの住むスェルモル城と共にヤディル大陸にあり、本来ならカルツェの支配下であっていいはずだった。
だがそうではなく、ヴァルツをナグヤの城主としていたのは、ノヴァルナの政敵となるカルツェ支持派に、睨みを利かせるためである。そのヴァルツの後釜となると、同様の役目を担える人物にしたいのだが、目ぼしい人間がいないため、ノヴァルナは悩んでいたのだ。
人材としてだけ見るなら、ノヴァルナの義兄扱いとなる父ヒディラスのクローン猶子、ルヴィーロ・オスミ=ウォーダがいるが、イマーガラ家のタンゲンに洗脳され、前当主ヒディラスを殺害した人物を、城主に据えるわけにはいかない。洗脳の結果の犯行であったとしても、かつてはヒディラスの居城でもあったナグヤ城の城主に就けては、ルヴィーロ当人も、それ以外の家臣や領民も受け入れ難いはずだからである。
ヴァルツの嫡子ツヴァールには、十二歳でモルザン星系領主の座を継がせた。ノヴァルナにも間もなく十三歳になるクローン猶子のヴァルターダがいるが、前述したようなナグヤ城主の複雑な政治的背景を考えれば、荷が勝ちすぎるだろう―――
中庭の池のほとりには、湖面の花より濃い紫色の花を咲かせる、菖蒲に似た植物が列を成して植えられており、その花の列が映り込む湖面の花の淡い紫色と揃った色相が、互いを引き立て合っている。空は灰色の雲が覆っているが、それがかえって花の紫色と葉の緑色を鮮明にして、美しさを増していた。
「こうしていると、戦乱の世であるのを、忘れてしまいそうですね」
カーネギーの言葉にノヴァルナは、「私もそのように思います」と半ば適当な返事をしておいて、さらに「こんな時間がずっと続けば、よろしいのにね」と寄り添いながら言うカーネギーの言葉は聞き流し、さらに考え込んだ。
―――そうなると他の誰かだが、旧キオ・スー系のウォーダ一門では、やはりナグヤの人間は納得しないであろうし、下手に重臣達の中から選んだりしたら、今度は重臣同士で対立の芽を作る事になり兼ねないし。
ノヴァルナがそう考えるうちに、曇り空からぽつり、ぽつりと雨が落ち始める。
「雨ですわ、ノヴァルナ様。中へ入りましょう」
と促し、身を翻そうとするカーネギー。しかしノヴァルナは僅かずつ勢いを増す雨の中で、湖面を見詰めていた。いや、花に見とれているのではない。自分の考えに閃くものがあったからだ。
“重臣同士で対立…対立…か…待てよ?―――”
ノヴァルナが突っ立ったままである事に気付かず、カーネギーは少し恥じらってみせながら、「あの、ノヴァルナ様…よろしければこのあと、私の部屋に…いらっしゃいませんですか?」と、誘いの言葉を口にした。
しかし当然ノヴァルナの反応はない。困惑して振り返ったカーネギーは、そこでようやくノヴァルナが自分に背中を向け、池を見詰めたままである事を知る。
“いや、そうか…こいつぁいけるぜ!―――”
「あ、あの…ノヴァルナ様?」
訝しげに声を掛けるカーネギー。突然振り返るノヴァルナ。
「カーネギー姫様!」
「!」
驚いて身をすくめるカーネギー姫に、ノヴァルナは告げた。
「急用が出来ました! 悪いがこれで!!」
言うが早いか駆け出して去って行くノヴァルナに、置き去りにされたカーネギーは呆気に取られた表情で、その後ろ姿を見送った………
▶#10につづく
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