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第5話:燃え尽きる夢
#17
しおりを挟むオ・ワーリ=シーモア星系第四惑星ラゴン。キオ・スー城シャトルポート―――
衛星軌道上で待機する総旗艦『ヒテン』へ向かう、高級将官用シャトルの前。取り巻きを追い払うように先にシャトルに乗り込ませたノヴァルナは、見送りのノアと向き合っていた。ノアの侍女のカレンガミノ姉妹も、空気を読んだようで今はいない。
「じゃ、行って来るぜ」
「うん…」
普段は強気なノアも、ノヴァルナが出撃する際には微笑んでいても、どこか自分の身が引き裂かれそうな表情を浮かべる。
「無理しないで…帰って来てね」
「えらく、しおらしいじゃねーか、今日は…」
そう言ったノヴァルナは、ノアの頭の上に優しく手を置いた。いつもなら生意気だと怒り出すノアだが、今日は逆にうなだれて小さな声で言う。
「だって…」
言葉を濁すノアに、ノヴァルナは「心配すんな―――」と、ノアの頭に置いた手で撫でてやり、「俺はこんなトコで死んだりしねーよ」と、安心させるように告げた。
同盟国のドゥ・ザンに対し信義を通す―――
それは例えばミノネリラ宙域へ侵入した途端、迎撃に向かって来るであろうギルターツの部隊と、茶を濁すような戦いを行ったとしても成立する話である。なぜなら四個の艦隊を隣国まで動かすだけでも、それにかかる人員と資材と費用は膨大なものであり、それらを投げ打って支援に駆け付けること自体、充分に評価される行為だからだ。
それにノヴァルナは以前、同盟者ミズンノッド家の救援に、ミ・ガーワ宙域の奥まで軍を派遣したが、その時はミズンノッド家の艦隊と合流してからの戦いで、敵と充分な戦力比を得てからの戦いだったのに対し、今回は国境付近で待ち伏せているであろうギルターツ軍部隊を撃破し、なおかつドゥ・ザン軍と合流を果たした上で、ギルターツ軍主力との決戦を行わなければならない困難な状況だった。云わば分の悪い賭けであって、敵迎撃部隊との交戦状況で今後の成功の見込みがなければ、引き上げても非難はされない。
だがそれでもノアが不安な表情を隠せずにいるのは、ノヴァルナがどんな若者であるか知っているからである。
「ごめんね。ありがとう…」とノア。
「なにが?」
「お父様のこと…私も、覚悟は出来てるから―――」
だから貴方だけは無事で帰って来て…と続く言葉を飲み込み、訴えるような瞳を向けるノア。その気持ちを読み取ったノヴァルナは、ノアの頭に置いていた手で肩を抱き寄せ、額に軽く口づけをすると、いつもの不敵な笑みで陽気に言い放つ。
「心配すんな。ぜってー帰って来るって!」
やがてノヴァルナを乗せたシャトルはキオ・スー城の空に舞い上がり、見上げ続けるノアの視界から、真夏の積乱雲の合間に姿を消して行った………
その日、『ナグァルラワン暗黒星団域』のブラックホールの間を流れる、星間ガスの勢いはいつになく激しかった。超高速で重力の洞穴に吸い込まれる寸前のガスが圧縮され、事象の地平で断末魔の叫びのように猛烈に輝く。
ドゥ・ザン=サイドゥ麾下の三個艦隊は、その星間ガスの急流を後ろに置いて布陣していた。いわゆる“背水の陣”であり、後方の急流に呑まれれば、桁違いに強力な電磁波と放射線で、大型艦でもただでは済まないはずだ。しかしその反面、敵に後方へ回り込まれる恐れは少なく、敵の攻勢面を限定する事が出来る。
ドゥ・ザン軍は自身が直率する第1艦隊が戦艦14、重巡8、軽巡16、駆逐艦21、打撃母艦(宇宙空母)10。
ドルグ=ホルタ率いる第2艦隊が戦艦12、重巡10、軽巡12、駆逐艦16、打撃母艦(宇宙空母)8。
コーティ=フーマの率いる第3艦隊が戦艦6、巡航戦艦6、重巡6、軽巡8、駆逐艦17、巡航母艦(軽空母)6。
前述の通り首都惑星バサラナルムを脱出して来た艦と、ドゥ・ザンの下を離脱した艦の入れ代わりなどもあり、正規編成の艦隊と比べると些かバランスを欠く。だがここまで来た以上、主君ドゥ・ザンと一蓮托生とばかりに将兵の士気は高かった。
ずらりと布陣した艦艇の姿を、総旗艦『ガイライレイ』の広い艦橋から見渡したドゥ・ザンは、「ふふん」と鼻を鳴らして独り言ちる。
「改めてこうして見ると、物好きな者がまだまだ多いの」
それはこのひねくれ者、“国を盗んだ大悪党”ならではの、感謝の呟きであった。これだけの艦の数もそうだが、それを運用する兵の数は七万人を超えるはずだ。中には当然、ギルターツの支配地に、家族を残したままの者も多いに違いない。
するとオペレーターが敵発見の報を伝えた。
「前哨駆逐艦『リノーズ』より連絡。“敵艦隊見ユ。我ヨリノ方位314マイナス42。距離約8万”であります」
報告と同時に、艦橋中央に展開されている戦術状況ホログラムが、発見した敵の位置を表示する。だが今は位置表示だけだ。駆逐艦『リノーズ』の第一報を聞き、他の前哨駆逐艦も情報収集に向かうはずで、すぐに詳細がもたらされるだろう。
「全艦戦闘態勢」
ドゥ・ザンは戦術状況ホログラムを眺めながら、気負う様子もなく淡々と命じる。対照的なのは将兵達だ。気合の入った声で動き出す。
「砲雷撃戦用意!」
「艦載機発進準備!」
「各艦、電子戦に備え!」
しばらくすると敵の詳細な情報が次々に届いた。
ギルターツ自身が率いる総旗艦『ガイレイガイ』以下第1艦隊。リーンテーツ=イナルヴァの第3艦隊、ナモド・ボクゼ=ウージェルの第5艦隊。ダーノル・サンズ=サトゥルサの第6艦隊、女性武将ドリュー=ガイナーの第7艦隊、シン・スー=キーシスの第8艦隊、ドーツェン=タルコスの第10艦隊の計七個艦隊がこちらに向かっているようだ。
それを知り、ドゥ・ザンは胸の内で呟いた。
“ふむ…予想より多いな。婿殿への戦力を減らして、一気にケリをつけるつもりか。ギルターツの奴もなかなか、抜け目がないものよ”
ギルターツ=イースキーもノヴァルナの派兵が、ドゥ・ザンの救援より、信義厚き者の名目を得る事に重きを置いているのを、見抜いているのだろう。おそらく本格戦闘にはならないと踏んで、迎撃戦の中心となる基幹艦隊は一つだけにし、従属する独立管領や国境を封鎖している艦隊を回すのだと思われる。
すると推し量ったように、そこへノヴァルナ軍の情報が入った。情報参謀がドゥ・ザンに駆け寄って報告する。
「通信科分析室より連絡。敵通信を傍受、解析したところ、ノヴァルナ様の艦隊が国境を越えたとの事です」
「む…位置は?」
頷いたドゥ・ザンは尋ねた。情報参謀は即座に戦術状況ホログラムを広域モードに切り替え、周辺の星図を兼ねたものにする。
「は…ノヴァルナ様の艦隊は、この『ナグァルラワン暗黒星団域』の端近く。オウラ星系付近にあります。我々との距離は直線距離で約86光年です」
その話に合わせて、広域モードになった戦術状況ホログラム上に、ノヴァルナ艦隊の位置が表示された。首都星系ミノネリラの近くから、オ・ワーリ宙域の国境地帯にまで長く伸びた『ナグァルラワン暗黒星団域』の端付近に、ウォーダ家の家紋『流星揚羽蝶』が浮かび上がる。それを確認したドゥ・ザンは、指で顎を撫でながら言う。
「そうか、もう少々離れてもよかったかのう。86光年なら一回のDFドライヴで、合流出来る距離、少し近すぎたか…いや、婿殿のもとへ兵を逃がすには、ちょうど良い距離かも知れぬな」
ドゥ・ザン自身は死を覚悟しているが、兵を最期まで付き合わせるつもりは毛頭なかった。同じミノネリラの領民である以上、ドゥ・ザンの兵も降伏すれば、ギルターツは無下にはしないであろうし、どこまでも意地を通したい兵は、ノヴァルナのもとへ逃がしてやればよい。それを考慮すればノヴァルナ艦隊との距離は、この方が適切かも知れない。
「よかろう。皆、存分に戦うとしようぞ!」
そう告げたドゥ・ザンは、“マムシのドゥ・ザン”と近隣宙域まで恐れられた、いくさ人の顔へと表情を変えていった………
▶#18につづく
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