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第7話:失うべからざるもの
#01
しおりを挟む皇国暦1556年9月10日―――
ミノネリラ宙域首都惑星バサラナルム。サイドゥ家からイースキー家の本拠地となったイナヴァーザン城。その謁見の間では玉座に座る当主ギルターツの前に、三人の武将が膝をついていた。イースキー家第3艦隊司令リーンテーツ=イナルヴァと第4艦隊司令モリナール=アンドア、そして第5艦隊司令ナモド・ボクゼ=ウージェル…“ミノネリラ三連星”と呼ばれる三人の武将だ。
「三人ともご苦労である」
二メートルの巨体を玉座に収め、ギルターツは重々しく口を開いた。一つ頭を深く下げる三連星。
「ドゥ・ザン派の残党は、カーニア星系に籠る裏切者のアルケティ家のみ。これを征伐し、我が宙域支配を完成させるのだ」
「御意!」
カーニア星系を領地とするアルケティ家は、ノヴァルナの婚約者ノア姫の母だったオルミラの生家である。だがギルターツが口にした“裏切者”の意味はそんな事ではなかった。
アルケティ家はドゥ・ザンに放逐された、旧領主トキ家の支流でありながら、前当主ミ・トゥーナはドゥ・ザンへ従属、忠誠の証として人質に差し出していた娘のオルミラは、結果的にドゥ・ザンの後妻となり、星大名サイドゥ家の一門にまでのし上がる事となったのだ。
そういった経緯もあって、出自をリノリラス=トキと、ドゥ・ザンの前妻ミオーラの間の嫡子としているギルターツからすれば、アルケティ家の存在は許されざるものであった。
そしてアルケティ家の領地であるカーニア星系は、いまだギルターツの軍門に下るを良しとしない、ドゥ・ザン派残党の最期の抵抗拠点となっているとなれば、これを討つのは必然とも言える。
「我等が艦隊は全て修理と再編を終え、万全の状態にて。必ずや御下命、果たすものでございます」
三人を代表してイナルヴァが決意を述べると、ギルターツは幾分芝居がかった大袈裟さで頷いて応じた。
「うむ。三連星の意気や良し。朗報を待っておるぞ!」
イナルヴァ、アンドア、ウージェルの三人は声を揃えて、「ははっ!」と返答して立ち上がり、ギルターツの前を辞していく。それを見送ったギルターツの脇から進み出て来たのは、ギルターツの嫡子であるオルグターツであった。ノヴァルナとは別の意味で放蕩息子の悪名高いオルグターツは、今日も男女一人ずつの愛人を両脇に連れている。
「なあァ、父上ェ…ノアはァ? ノアはまだ来ないのかァ?」
語尾を巻いて、まったりとした物言いが癖のオルグターツの言葉に、ギルターツの眉間の皺が深くなった。いずれは新たに興したイースキー家を継ぐ身でありながら、この息子は自分の欲望を剥き出しにし過ぎる。
「控えろオルグターツ。ノアを捕らえるのは、お前の玩具にくれてやるためではない。我が妹として、リュージュ=トキ殿との政略結婚で、ミノネリラでの我が地位を確立するためだ」
ギルターツに諌められて、オルグターツはいかにも不服げな表情で言葉を返す。
「ああァ?…なんでだよ、父上ェ。ノアみたいなイイ女、あんなリュージュなんかの世間知らずの、童貞ボンボンにくれてやるなんざ、勿体ないだろがァ!?」
容姿端麗、ドゥ・ザン=サイドゥの政略面の、切り札とも目されたノア姫はかつて、他国だけでなく家中でも憧れの的となっていた。それは自身が甥となるオルグターツも同様で、父ギルターツがドゥ・ザンとの血縁を否定するにあたり、ノアを色欲の対象として公言し始めていたのである。
ヒャッ、ヒャッヒャッヒャ…と、息を引き込むような笑い声を上げたオルグターツは、さらに言葉を続けた。
「それにどうせもうよォお、ノアはあのノヴァルナとか言う、頭のおかしい野蛮人にィ、ヤられまくってるだろうぜェ。んな使い古しを充てがわれたってさァ、ボンボンは迷惑するだけだって!」
星大名家嫡男としてはあまりにも下衆なオルグターツの物言いに、ギルターツはたまらず怒声を発した。
「たわけ!」
「なァんだよ、デカい声だすなよォ。父上ェ」
しかしオルグターツは僅かに首をすくめただけで、平然と言い返す。ギルターツは息子の温い反応に歯噛みする。
「ノヴァルナを侮るでない! あ奴は世間が言うような、うつけなどではないぞ。油断をすると、足元を掬われると知れ!」
ギルターツは先日の『ナグァルラワン暗黒星団域会戦』で、初めてノヴァルナと直接に戦い、その実力を知るところとなった。そしてその指揮能力と勇猛さに、なぜあのドゥ・ザンが、あそこまでノヴァルナに肩入れする気になったのか、その理由を理解したのである。そういった点では、ノヴァルナの本性を見抜いたギルターツも、充分に有能だと言えた。
だがオルグターツは、そんな父親の警告も意に介さない。
「ヒャッヒャッヒャ…なァにを言ってんだァ、父上はァ。オ・ワーリのネットを見てみろォ。あんだけ領民にまでバカにされてるようなヤツがァ、まともなアタマしてるはずがないってェの!」
オルグターツの愚かさに徒労感を覚えたギルターツは、煩わしそうな顔で「もうよい」と言い放つ。いずれは性根を叩き直してやらねば、イースキー家の跡目を継がせる事もままならないが、今はまだそんな方に手を掛けている余裕は、ギルターツにもありはしない。ミノネリラ宙域の政治の安定が優先だからだ。
「ともかくノア姫は、リュージュ=トキとの政略結婚のために捕らえるのだ。よいな、オルグターツ」
「わかった、わかった」
父親の言葉に、オルグターツは目を逸らして左手をヒラヒラさせ、面倒臭そうな態度で応じると、謁見の間から立ち去って行った。
その後姿を忌々しそうに見送ったギルターツは、家老の一人に声を掛ける。
「それで…ノア姫を捕らえる手筈は、どうなっておる?」
問われた家老は頭を下げて、状況を報告した。
「はっ。間もなくキオ・スー=ウォーダ家で、反ノヴァルナの一派が行動を開始致します。その鎮圧にノヴァルナが乗り出したところで、手薄になったキオ・スー城から、ノア姫に加えリカードとレヴァルを奪取する計画…すでに動き出してございます」
「うむ。大胆かつ慎重に事を運べ。吉報を待っておるぞ」
ギルターツ自身はノヴァルナの生死に興味はない。ウォーダ家内で争わせておいて、その間に周辺国との関係を深め、国力を上げておけば、ノヴァルナが生き残ろうと、簡単にミノネリラ宙域へ仕掛けて来る事は出来なくなるからだ。
“ふ…ウォーダの野犬ども、勝手に噛みつき合っておればよい”
どのような結果となっても、自分の手が汚れるわけでもないギルターツは、「ふん」と鼻を鳴らしてせせら笑った………
▶#02につづく
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