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第7話:失うべからざるもの
#04
しおりを挟むカルツェの言葉を聞き、トゥディラは鬼の首を取ったような勢いで、ノヴァルナを叱り始めた。いや、それはもはや叱責というより罵倒に近い。
「ほら見なさい!! やはりあなたが悪いのではないの!! どうしてそのような嘘ばかりつくの!!?? カルツェよりも二つも年上なのに、礼儀も節操も一つも覚えずに乱暴な事ばかり! 無理に木登りをさせたのも、どうせカルツェの行儀の良さが気に入らなくて、虐めてやろうと思ったんでしょう!! ほんとにもう…母親の私が家中の者達から、どのような目で見られているか…恥しいったらありはしない!!」
「………」
口を真一文字に結んだまま、母親の罵り声をただ受け続けるノヴァルナ。この状況に堪りかねたのは、セルシュであった。
「お、奥方様…そこまで申されなくとも。ノヴァルナ様も充分に、反省されておられますでしょうし、その辺で―――」
「おだまり、セルシュ!!!!」
口出しの結果、今度はセルシュが怒鳴りつけられる番になる。
「だいたいおまえは躾係でしょう!? それがノヴァルナをこのように、我儘放題な下品な子にして、こんな育て方でナグヤ家の世継ぎが―――」
怒鳴り続けるトゥディラと、恐縮して頭を何度も下げるセルシュを横目にし、ノヴァルナはカルツェを見据えていた。「おまえにはまだ危ないぞ」と言ったのに、「僕にも登れるよ」と聞かずに木登りを始めてケガをしたのはカルツェである。
それでありながら母の剣幕に、悪いのは兄だと認めてしまった後ろめたさからなのか、カルツェはノヴァルナに謝りもせず、侍女のスカートを掴んだまま、視線を合わせようとしない。
「………」
まだ七歳の子供ながら、ふと何か熱が冷めていく感覚に纏われたノヴァルナは、トゥディラに怒鳴られているセルシュに、強い口調で呼び掛けた。
「爺!!」
凛としたノヴァルナの声に、トゥディラも思わず怒鳴る言葉を途切れさせる。振り返るセルシュに、ノヴァルナは静かに命じた。
「もういい。行くぞ」
「は?…はぁ」
くるりと踵を返し、立ち去ろうとするノヴァルナ。あとに従うセルシュ。二人の背後から、トゥディラの厳しい声が投げ掛けられる。
「お待ちなさい、ノヴァルナ! まだ話は終わっていないのよ!! あなたには言いたい事が山ほど…聞こえないの!!?? 待ちなさいッ!!!!」
それでも歩き続けるノヴァルナに、セルシュが声を落として尋ねた。
「よろしいのですか?」
意に介さず「ああ」とだけ応じるノヴァルナ。その背にトゥディラの「母を無視するというの!? なんて子に育ったのかしら!!」という、冷たい言葉が浴びせられた………
その夜である。昼間の我儘ぶりと打って変わり、教育用記憶インプラントで得た君主論を自室のホログラムスクリーンに映して、人知れず検証していたノヴァルナは、少し気分転換をしたくなって、フルンタール城の中の散歩に出掛けた。
そしてカルツェの昼間の様子を思い出し、気まずくなった関係を修復しようと、カルツェの部屋を訪れたノヴァルナは、そこでカルツェの眠るベッドの脇に置かれた通信ユニットを使い、遠征の準備中の父ヒディラスと通話しているトゥディラの姿を、僅かに開けた扉の奥に発見したのである。
「―――のですよ。ですから私はあんな乱暴者のノヴァルナが、ナグヤの世継ぎとなるなど容認できません」
それは母トゥディラの声だ。昼間の一件を父に知らせていたらしい。
「だがトゥディラ。今は戦乱の世。星大名を継ぐのならば、少々荒っぽいところがあってもいいではないか」
総旗艦『ゴウライ』に乗る父ヒディラスの声。ミ・ガーワ宙域への遠征準備の只中で多忙なのか、口調に妻へ対する煩わしさが感じられる。
「いいえ。人の上に立ち、宙域を纏めるには品格は欠かせません。ノヴァルナにはそのようなものが微塵もなく、ただただ粗野なだけ…どうしてあのような子が、殿と私の間に生まれて来たのか…」
自分の母親の口から発せられる、聞きたくもない言葉…しかし聞き始めてしまったノヴァルナの足は、その場を去る事を許さない。
「我が子に対しその言い方は、少々過ぎるのではないか? あれが今より小さかった頃は、利発な子だと、おまえも喜んでいたではないか」
ヒディラスの弁護にも、トゥディラは聞き入れない。
「私が誤っておりました。利発な子でも育つに従い品性を学んでいくはず…それがノヴァルナは、周囲を掻き回すばかり、いまではフルンタール城の者全てに、白い目を向けられている有様」
「とは言うが、その程度の理由でこんな早くに、ノヴァルナを廃嫡するわけにはいかんぞ。まだ十歳にもなっておらんのだからな」
「それは分かっております。ですからその代わり、お願いがございます」
「代わり?…なんだ?」
いい加減、話を切り上げたそうなヒディラスの映像は、眉をしかめて尋ねた。夫がそういった反応を見せるのを待っていたかのように、トゥディラは告げる。
「ノヴァルナはこのフルンタール城に留め置き、カルツェを私と共に、ナグヤの城に住まわせて頂きとうございます」
「なに?…カルツェと共に? 我がナグヤ家では幼少の男児は、フルンタール城にて世話役の手で育てるのが、慣例となっておるであろう」
この期に及んで面倒な事を…と言いたげな表情のヒディラス。
「弟を虐めてケガをさせるような者とは、一緒に住まわせておけません。この先、もし万が一の事があっては何とします。それに慣例はあくまで慣例でしょう?」
トゥディラの言葉にヒディラスは「むう…」と一つ唸り声を漏らすと、苦々しく言った。
「別々に住まわすとなると、世話役として余計に人手が要る。今の我がナグヤ家の状況で、そんな余裕はありはせんぞ」
「それはご心配無く。カルツェは私の手で、直に面倒を見ますゆえ」
たぶんその先の事は、深く考えていなかったのであろうヒディラスは、その場しのぎ的な調子で、「わかった。好きにするがいい…」と応じて通信を切った。それを扉の向こうで聞いていたノヴァルナは、母に自分が“捨てられた”事を悟ったのだが、なぜかそんな実感も湧かず、涙腺も緩まぬまま、開けかけていた扉を音を立てないように閉めると、無表情で自室へ帰っていったのだった…………
“そしてほとんど顔を合わさなくなったカルツェは、いつしか自分自身の気持ちも表に出さなくなり、何を考えてるのか分からなくなっちまった―――”
回想を終えたノヴァルナは、『センクウNX』のコクピットのシートに座り、胸の内で独り言ちた。離れ離れになった兄弟の心…ただそんな中、旧キオ・スー家を討つため、共闘を申し出たノヴァルナに対し、カルツェはようやくその本心の一端を見せた。
私は兄上が嫌いです。星大名家当主として相応しくありません―――
変な話だが、ノヴァルナは嬉しかった。たとえ嫌われているとしても、カルツェの本当の気持ちが少しだけ聞けたからである。まぁぼちぼちやるさ…と自分に言い聞かせるノヴァルナ。すると目の前のモニター画面で繰り広げられていた、フォークゼムとミルズの模擬戦闘に、決着の時が訪れた。
「っしゃあ、もらったぜ!」
叫ぶミルズの『シデンSC』が、ポジトロンパイクを手に、宇宙空間を稲妻のように走る。フォークゼムの『シデンSC』の方は、両側のショルダーアーマーが、幾つものペイント弾の命中によって、真っ青に塗り潰されていた。機動性重視のミルズの機体の動きに翻弄され、防戦一方となった結果だ。
だがフォークゼムは致命的命中判定を受けておらず、初搭乗の親衛隊仕様機ながら高い順応性を見せて粘っていた。
▶#05につづく
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