146 / 508
第7話:失うべからざるもの
#19
しおりを挟むノア・ケイティ=サイドゥは美しい容姿をしていても、やはり武人たる星大名の姫である。何か怪しい気配に目を覚まし、真夜中のベッドの上で体を起こした。辺りは暗く、しん…と静まり返っている。だが―――静けさの質が違うように感じられるのだ。
“なにかしら…?”
息をひそめて空気の流れを読み取ろうとするノア。すると寝室の扉の前でノアを呼ぶ控え目な声がする。
「ノア姫様…」
「メイア?」
双子のカレンガミノ姉妹の声はほぼ同じだが、こういった場合、姉のメイアは少し声色を変える事になっているため、ノアには聞き分けられる。メイアは扉の向こうで静かに告げた。
「どうも様子が変です。急いでお着換え下さい」
「わかりました」
カレンガミノ姉妹は幼少の頃より、ノア姫の侍女兼護衛役として育てて来られている。特に身辺護衛に関しては、特殊部隊と互角以上に戦えるだけの能力を持っていた。そのカレンガミノ姉妹であるから、ノアより先に異常な気配に気付いていたのだろう。
サイドゥ軍の赤暗色の軍装に着替えたノアは、上着を肩から羽織ったまま、寝室の扉を半分ほど開けた。リビングに出る扉の向こうでは、メイアが両手でハンドブラスターを握り、緊張した面持ちで気配を窺っている。ノアが思っていたより、切迫した気配をメイアは感じているに違いない。メインターミナルの宿泊施設、その窓の外は月明かりが、宇宙港の離発着場を照らしていた。
「リカードとレヴァルは?」
ノアは同じフロアに宿泊している二人の弟の事を尋ねた。二人はノアのいる個人部屋から少し離れた、複数人用の宿泊部屋で寝ていたのだ。
「妹がお迎えに行っております」
とそこに、リビングの廊下側の扉を小さくノックする音がする。銃口を向けるメイア。「ノア姫様、おられますか?」と男の小声、隣の部屋に宿泊しているドルグ=ホルタの声だ。やはり気配を感じて起きて来たのだった。
ノアが小さく頷いて合図すると、メイアは銃を構えたまま扉に向かい、扉が開いた時に死角になる位置で立ち止まる。
「ドルグ。お入りなさい」
ノアが声を掛けると、扉が開いて軍装姿のドルグ=ホルタが入って来た。メイアが銃を構えていたのは、ホルタが人質とされていた場合に備えての事だ。それはホルタも承知の上らしく、扉の陰からメイアが姿を現しても驚いた様子は無い。
ところがその直後、ターミナル全体をズシン!と大きな揺れが襲った。火柱は上がらない。だが何かが崩れたような震動だ。それに続いて大勢の人間が動き出す気配が―――いや、気配だけでなく靴の足音も微かに聞こえ始める。
反射的に身を伏せていたノア達は、足音の規則正しさから、震動が崩落事故か何かで、足音はそれに対処しようとしているのではなく、震動をきっかけに行動を開始したのだと判断した。つまり何者かの襲撃の可能性が高い。
「警備は?」とノアは短く問う。
「陸戦隊が一個小隊ほどいるはずですが…」
武人の眼になったドルグ=ホルタが、軍装の懐からハンドブラスターとペンライトを取り出しながら答えるが、その口調からして、すでに警備を行える状態にない…と考えているようだ。
「敵…の狙いはやはり、私達でしょうか?」
“敵”という言い方に少し間を置いて尋ねるノア。「間違いなく」とホルタが告げると、メイアが意見具申する。
「ここにいるのは危険と考えます」
ノアはすぐに指示を出した。
「リカードとレヴァルと合流して、移動しましょう」
その時だった。少し離れた所から銃声が起こる。ホルタが入って来たあとの半開きの扉の向こう、廊下の先のリカードとレヴァルの宿泊部屋がある方向だ。そちらにはメイアの双子の妹、マイアがいるはずであった。
「二人が!」
思わず駆け出そうとするノア。そのノアをメイアは、「御免!」と強い口調と共に左手で突き飛ばした。「あっ!」と声を上げて倒れるノアをよそに、メイアは右手に握るハンドブラスターを半開きの扉に向け、引き金を二度三度と引く。
薄暗いリビングの空中でバチバチバチと火花が三つ散り、何かが消し飛んだ。
起き上がろうとするノアの前に、何かがポトリと落ちる。ホルタが近付いてペンライトの光を向け、ノアが目を凝らして見ると、羽虫に似た超小型飛行ロボットの破片だった。その中にはガラス針のようなものがある。
「これが警備兵達を…」
覗き込むホルタ。するとそこにマイアの方から、リカードとレヴァルを連れて速足でやって来た。ノアのいる部屋の前で立ち止まると、声を落として脱出を促す。
「ノア姫様。お急ぎ下さい。恐らく敵も銃声を聞いているはずです」
「マイア。リカードとレヴァルは?」とノア。
「姉上。私達は無事です」
兄のリカードが応えると、メイアに続いて部屋を出たノアは、二人の弟の肩に手を回して、安堵の気持ちを伝えた。
「先頭は私とマイアが。ノア姫様、リカード様、レヴァル様の順にて、後方はホルタ様にお願いできますか?」
メイアがそう告げると、ノアと二人の弟は無言で頷き、ドルグ=ホルタは低い声で「心得た」と了解する。一行は警戒しながら廊下へ出た。壁には一定間隔で、足元に淡い黄色の間接照明が灯されている。これが消されていないという事は、さっきのあの羽虫のような小型ロボットに襲わせて、動けなくなった自分達を運び出すのに、都合がいいためだからに違いないとノアは思った。
そしてあの地震のような揺れは、驚いて起きて来たノア達が、何事かと廊下に出たところを、羽虫型ロボットに狙わせるためだった可能性が高い。つまり襲撃者達はノアや彼女の弟達が、四階に泊まる事は知っていても、どの部屋に泊まるかという情報は得ていないとも判断できる。
ただしカレンガミノ姉妹や、ホルタといった高い能力を持つ武人とノア自身が、早々に異様な気配に気付いて目を覚まし、警戒していたのは、相手にとっての誤算であった。
▶#20につづく
0
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中
あ、まん。@田中子樹
ファンタジー
仕事一筋40年。
結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。
定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。
だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。
唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。
化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。
彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。
現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。
これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
ソラノカケラ ⦅Shattered Skies⦆
みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始
台湾側は地の利を生かし善戦するも
人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね
たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される
背に腹を変えられなくなった台湾政府は
傭兵を雇うことを決定
世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった
これは、その中の1人
台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと
舞時景都と
台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと
佐世野榛名のコンビによる
台湾開放戦を描いた物語である
※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる