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第8話:触れるべからざるもの/天駆けるじゃじゃ馬姫
#06
しおりを挟むこれより前、旧サイドゥ家家臣団居留地の宇宙港で起きた異変は、当然、軍の基地からキオ・スー城へも、偵察の一個小隊が出動する際に連絡されていた。
しかしキオ・スー城で通信参謀からその報告を受けたのが、筆頭家老のシウテ・サッド=リンだけであったのは、ノヴァルナやノア姫に与する者達にとって不運としか言いようがない。今回の策謀に背後で繋がっているシウテは、その報告を自分の所で止め、誰にも告げないまま自分の居城ナグヤ城へ、こっそりと帰ってしまったのである。
このためキオ・スー城の総司令部は、麻痺状態に陥ってしまった。
主君ノヴァルナとの連絡はつかず、留守を任されているショウス=ナイドルは、シウテの故意に誤った指示で通信妨害の原因調査に奔走しており、他の家老達もシウテからの指示が無ければ、自分の権限を越えて動けない状況だ。そして総司令官職にあるカーネギー=シヴァ姫も、肩書だけの存在であって、何の情報も与えられていないに等しい。
こうして三時間もの時だけが、虚しく過ぎていったのである―――
三時間後、ノア達を乗せたシャトルが到着したのは、オ・ワーリ=シーモア星系の第三惑星トランであった。第四惑星ラゴンとは現在、二連主恒星タユタとユユタを挟んで反対側に位置している。
トランはラゴンよりやや小さい岩石惑星で、ハビタブルゾーンの内側ギリギリの公転軌道を周回しているが、オレンジ色の濃淡による縞模様が美しい炭酸ガスの、厚い大気に覆われ、表面温度は赤道付近で百二十度を超えているため、居住には適さない。落花生のようなひしゃげた形の衛星が一つ、低軌道を回っている。
シャトルが向かったのは、この衛星だった。
ルーベスと名付けられているこの衛星には、上空にキオ・スー=ウォーダ家の基地がある。廃棄された宇宙艦の解体基地だ。会戦後に惑星ラゴンにまで帰還は出来たものの損害が酷く、修理するコストパフォーマンスが悪い艦。艦齢が古くなり、性能的に苦しくなった艦などの他、同様に廃棄処分となった、BSIユニットや一部の民間宇宙船がこの基地の周囲に集められ、解体されて、再使用可能なパーツなどは、惑星ラゴンの艦隊基地『ムーベース・アルバ』へ送られる。
ハドル=ガランジェット率いる『アクレイド傭兵団』が、今回の計画で根城にしていたのは、この『ルーベス解体基地』だったのだ。基地は規模は大きいものの、人間の作業員は僅か二十名しかいない。あとはアンドロイドをはじめとする作業用ロボット、それに基地自体が巨大なロボットプラントであり、基地の性格上、普段から人目に付きにくい存在だった。
そして重要なのはこの基地にこそ、キオ・スー城総司令部とノヴァルナ艦隊との超空間量子通信を遮断している、妨害システムのセンターコアが置かれていたという事である。
すでにスクラップとなったもの、本格戦闘は無理だがまだ使用可能なもの。それらの宇宙艦が分けられて宇宙空間を漂う中、シャトルは中央に浮かぶ解体基地へと接近した。『ルーベス解体基地』は直径にすると約130キロにも及ぶ、八方に伸びた蜘蛛の巣のような形をしている。
解体工場本体はその“蜘蛛の巣”の真ん中にあり、まさに八方に脚を伸ばした、直径約五百メートルの蜘蛛のような姿だった。そして巣を構成する蜘蛛の糸のように伸びたフレームには、無数の移動式解体モジュールが取り付けられていた。
解体モジュールからは、八本の作業用アームが長く突き出ており、さながら蜘蛛の巣に捕らわれた、小さな羽虫のようである。それら解体モジュールは今も、大きく破損した宇宙艦を手際よくバラしてゆく。
解体工場本体のドッキングベイに接舷したシャトルは、ノア達を降ろした。工場の中に入ってノアが驚いたのは、ガランジェットの部下達がここにも、いや、ここの方が多くいたという事だ。出迎えを含め、広い工場内をざっと見た範囲でも、五十名以上はいるだろう。
敵の規模を見て、工場内に架けられた細長い橋を行くノアは、これはやはり、相当大規模な仕掛けになっているに違いない…と感じた。
そしてそれは、工場の中央制御室で出会った人物により、確信に変わる。
中央制御室の両開きの自動ドアがスライドし、傭兵達に見張られたノアとその一行が中に入ると、こちらに背を向けて前方のホログラムスクリーンを眺める、椅子に座る人物。その右側には一足早くシャトルを下りていたガランジェット。反対側にはウォーダ家の軍装を来た二人の男がいる。
ノア達が彼女達を連行して来た傭兵に促され、一列に並ばされると、まずガランジェットが振り返って、ニタリと粘着質の笑顔を向けた。マイアと、意識を取り戻した姉のメイアが、もの凄い視線を返す。
そして一拍置いて、背中を向けていた人物が椅子を回転させて振り返った。今度はノアが視線を鋭くする番だ。椅子に座っていたのは今回の策謀の黒幕の一人、クラード=トゥズークである。
「クラード……トゥズーク!」
ノアの呼び掛けにクラードは、椅子から立ち上がると恭しくノアに一礼した。
「ようこそお出で下さいました、ノア姫様。お待ちしておりました」
「なぜ貴方が、ここにいるのです!?」
問い質すノアの言葉が熱を帯び始める。“なぜ”とは問うたが明敏なノアだ、カルツェ支持派の中心人物の一人がここにいる事で、ノアの怒りは向けるベクトルが定まったと言ってよかった………
▶#07につづく
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