銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第8話:触れるべからざるもの/天駆けるじゃじゃ馬姫

#08

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「こんな事をノヴァルナ様が許すはずありません、クラード=トゥズーク。貴方の主君カルツェ殿にもこの責任が及ぶ、覚悟はあるのでしょうね?」

 ノアが再びクラードを追及する。しかし今度はクラードも怯まなかった。

「そのカルツェ様の勝利を確実なものにするためにも、姫様をここにお連れしたのです」

「勝利を確実なものにするため?」

「その通り。今頃ノヴァルナ様はイノス星系で、カルツェ様とモルザン星系艦隊に挟撃されているはず。しかし万が一の場合に備えて、姫様を捕らえた事を―――」

 このクラード=トゥズークという男は、それなりに頭の回る小利口な人間であった。ただこういった軽輩者にありがちな、自分達の目論見が上手く運んだ場合に、それを自慢したがる欠点を有している。ノア姫はともかく、彼女が庇うようにしているリカードとレヴァルの不安げな表情を見て、自尊心がくすぐられたらしく、つい余計な事まで口を滑らせそうになった。

 それに気付いたガランジェットは顔をしかめ、大きく咳ばらいをしてクラードの言葉を遮る。これで自分の迂闊さを知ったクラードは、慌てて口をつぐんだ。

 しかしそこまでのクラード言葉を聞いたノアには、ノヴァルナの身に何が起きているか推察するには充分である。イノス星系に侵攻して来たモルザン星系艦隊は、カルツェの軍と結託しており、遂に叛旗を翻したカルツェ軍がモルザン星系艦隊と共に、ノヴァルナの艦隊と戦闘状態に入っているに違いない。クラードの言った万が一の場合とは、自分達がノヴァルナ艦隊に対して不利になった時の事だろう。

「カルツェ殿の軍が不利になった場合に備えて、私達を人質にしたのでしょうが、ノヴァルナ様はそんな取引には応じませんよ」

 クラード達の意図を鋭く推察して、強く否定するノア。するとそれを聞いたガランジェットは「ワッハハハ!」と大きな笑い声を発した。

「果たしてあの大うつけ殿が姫様の言うように、君主の立場から理論立てて物事を考えられると、いいのですがな!」

「!!」

 自分の心を見透かされたような気がして、ノアはサッと顔色を変えた。そこにガランジェットが追い討ちを掛けるように続ける。

「この仕事を引き受ける時に、姫様と大うつけ殿の間柄を、映像や文書の情報で精査させて頂きましたが、ありゃあ…姫様にかなりほうけておられますなぁ」

「!………」

 冷やかすようなガランジェットの口調に、ノアは唇を真一文字に結んだ。親しい者達から言われるなら、嬉しさ半分面映ゆさ半分となるところだが、敵の頭目から指摘されたくはない言葉である。

 常識で考えるなら、身内を人質にして降伏を迫ったところで、それに大人しく従う星大名などはいない。数百億もの領民を統治する立場を考えると、例え親兄弟の命を取引材料にされても、そう易々と相手の要求に屈する訳にはいかないのだ。

 これは現在のヤヴァルト銀河皇国が、各宙域を星大名が統治する『新封建主義』を謳っているから…という事ではなく、いわゆる民主主義国家であっても同様である。少数のテロリストが一般国民だけでなく、政府要人の家族を人質に取ったとしても、政府そのものはテロリストの要求に屈する事は無いだろう。

 だがノアには拭いきれない不安があった。

 ノヴァルナという、ノアにとっては愛おしくて仕方ない馬鹿が、そういった常識というものを、全く意に介さない男だという事である。

 それはノアとノヴァルナが初めて逢った時の事だった。二人は『ナグァルラワン暗黒星団域』でイチかバチかでブラックホールに飛び込み、超空間転移を行った結果、謎の施設によって作り出された熱力学的非エントロピー空間を通り、皇国暦1594年のムツルー宙域へ疑似タイムスリップした。

 そしてそこで、およそひと月を過ごした二人は、当初は事あるごとにいがみ合っていたものの、いつしか惹かれ合うようになったのである。

 昔から男勝りで気の強いノアだったが、それだけに一度惹かれたとなると、一途であった。そんな時、二人は元の世界に戻る手段を発見する。
 ところがその手段を実行に移す寸前になってノアは、行きがかり上、敵対した星大名アッシナ家に捕らえられてしまった。

 敵に連れ去られる寸前、ノアはノヴァルナに対し、自分を見捨てて一人で元の世界に戻るよう告げた。元の世界に戻る手段には時間的制約があり、その期限が迫っていたからである。当時、ナグヤ=ウォーダ家の継承権問題に身を置いていた、愛するノヴァルナの事を考えてのノアの決断だった。

 ところがノヴァルナは、敵に捕らわれたノアに対しこれまでと、さらにはこれから先の、自分の置かれるであろう立場の全てを投げ打って、ノアの救出に向かったのだった。しかもノアを捕らえた敵旗艦に、大した攻撃能力もない修理・工作艦を接舷させて、敵旗艦を解体しながら乗り込むという、傍若無人なノヴァルナの本領発揮といったやり口でだ。



その時からノアの心は決まった―――



“あのひとは私を心から愛してくれている。だからこそ私の生涯は、あのひとと共にあるんだ………”

 そうであるならば、このままここで敵に捕らわれていいノアではなかった。自分達を人質にしたクラードらが降伏を迫れば、常識外れのあのひとは、また自分の立場も考えずに、本当に降伏してしまうかも知れない…それがノアの、拭いきれない不安となっている。
 
 ただクラードやガランジェットの方は、ノアが考えているほど、本気でノヴァルナが降伏するとは思っていないようであった。彼等がノアを誘拐した第一目的は、ミノネリラ宙域のギルターツ=イースキーのもとへ無傷で送り届ける事であり、ノヴァルナを脅迫するのは、イノス星系で戦闘中であろうノヴァルナ艦隊に、心理的動揺を誘うためなのである。

 そもそもクラードやガランジェットは、自分達が発生させた通信障害で、イノス星系の戦況が分かっていない。したがって、同星系第八惑星ナッツカートの機動要塞に入っていたザクバー兄弟が寝返った事で、ノヴァルナがノアの誘拐計画を含む罠の存在を知り、現在は互角の戦闘を繰り広げているとは思っておらず、圧倒的戦力差の前に、ノヴァルナ艦隊はすでに不利な戦いに陥っていてもおかしくはない…と想像していた。
 ノアの誘拐で降伏を迫るのは、その戦いのとどめとなり得るという判断からで、今しがたガランジェットが口にした“ほうけている”という言葉も、ノヴァルナが有利な状況を放り出してまで、私情を優先するほど、愚かな統治者だといった意味合いではなかった。

 ガランジェットは、ノアの怒りを必死に抑えている表情に愉悦の薄笑いを浮かべると、クラードの傍らにいた『アクレイド傭兵団』の部下に向き直って尋ねる。頭が長くクリーム色の肌に薄褐色の斑点がある、ナク・ロズ星人の男だ。

「それで、ファベル…艦隊はいつ出発できる?」

「三時間以内、というところです」

 ファベルと呼ばれたそのナク・ロズ星人は、青黒い眼を瞬きさせて答える。

「三時間…まぁ、そんなものか―――」

 無精髭に覆われた顎を撫でながら、ガランジェットは言葉を続けた。

「だが急げ。いつまでもノヴァルナの家臣達を、欺けはせんぞ」

「分かっています。しかし廃艦予定だった艦を三十二隻も、稼働状態に持って行くには、ギリギリでどうしても三時間ほどは」

 頷いたガランジェットは、クラードに告げる。

「そういう事だ、クラード殿。通信妨害を中断して、あんたのご主君にノア姫様を人質にした事を知らせるのは、三時間後…俺達が出発してからだ」

「ああ。そういう約束だからな」とクラード。

「それから姫様のシャトルと積み荷のBSIユニット。それに…姫様と一緒に捕まえた双子の女は俺達が頂く。構わないな?」

「なに?」

「特別ボーナスってヤツだ。制圧隊が十七人もられたのは、想定外だったからな。BSIユニット三機が詰める大型シャトルは使い道があるし、二機の親衛隊仕様BSIも大きな戦力になる。姫様のBSHOは俺達には使えないが、バラせばパーツは高く売れる。それに…」

「それに…なんだ?」

 続きを尋ねるクラード。ガランジェットはメイアとマイアを蔑んだ目で眺め、口元を歪めて答えた。

「この双子女には昔、個人的に借りが出来てな………」




▶#09につづく
 
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