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第8話:触れるべからざるもの/天駆けるじゃじゃ馬姫
#18
しおりを挟むゼヴィドールのアサシンはフルフェイスマスクの奥から、シュフゥウウウ!と息を吐き出してメイアに向き直ると、片言の銀河皇国公用語で威嚇の言葉を発する。
「オマエ、コロス」
もはや殴打武器代わりにしかならない、壊れたライフルを身構えるメイア。
“こいつ、殺す相手は誰でもいいのか…”
眼前の敵は特にノアを目標にしていたわけではなく、ただ単に殺戮が目的で追って来たようであるらしい。一気に襲い掛かって来ずに、ビーム手裏剣を暗がりから繰り返し操っていたのも、遊び半分だった可能性が高い。
それならばノア達がシャトルで離脱するまでの、時間を稼げばいいとメイアは考えた。とは言えこの状況では、時間稼ぎも至難の業だが。
そしてそれ以上何かを考えている余裕など、メイアにはなかった。再び襲って来るアサシンが、左手のダガーを突き出す。それをメイアがブラスターライフルの銃床で弾くと、体を回転させたアサシンは右手のダガーを振り抜いた。恐ろしく切れ味の鋭いダガーの刃に、メイアの左上腕部が斜めに切り裂かれ、血飛沫が壁に赤い線を描き、ゼヴィドールのアサシンは再び片言の公用語を口にした。
「オマエ、クルシメテ、コロス」
負傷に歯を食いしばって、銃床でアサシンの側頭部を殴りつけようとするメイアだが、アサシンは身軽な動きでそれを回避し、逆に姿勢を低くして、地を這うような足払いを放って来た。
「!!」
バランスを崩して床に仰向けに倒れるメイアに、アサシンはダガーを突き立てようと振り下ろす。間一髪、横に転がったメイアは素早く上体を起こし、さらに斬りかかって来るアサシンの、もう一方の手に握るダガーの刃を、両手で持ったブラスターライフルで跳ね返した。しかし体勢はメイアが圧倒的に不利だ。
“まだ死ねない! 今死んだら、コイツに姫様のシャトルに乗り込まれる!”
アサシンのダガーが左の太腿を切り裂く。傷を負うのはこれで六か所目だった。流血と鈍痛がメイアの体力を、より早く消耗させる。一旦間合いを置いたアサシンの動きが、ゆらりと余裕を感じさせるものになった。もはやメイアに勝ち目はないと判断したのだろう。
ところが次の瞬間、アサシンは聞き耳を立てるような仕草をすると、後方へ素早く飛びずさった。一瞬後、開いたままであった連絡通路側のドアから、ブラスターライフルのビームが飛び込み、アサシンが退いた位置の壁に小爆発を起こした。
続いてメイアの前に駆け込んで来たのは、ブラスターライフルを手にした妹のマイアだ。待ち伏せと追撃の敵傭兵を全滅させる事に成功したのである。
「メイア!」
妹の呼びかけに、メイアは気力が蘇るのを感じながら応じた。
「マイア!」
一卵性双生児のカレンガミノ姉妹にとって、多くの言葉は不要である。メイアの無事を確認しながらマイアは、ブラスターライフルをアサシンに向けて連射した。そんなマイアも、傭兵との激しい撃ち合いを物語るかのように、右の耳の下と左の腰の横側が焼け焦げ、ひどく出血している。
ただゼヴィドール星人のアサシンは、ここでも驚異的な身体能力を見せた。それほど離れていない位置にいながら、両側の壁や天井にまで跳ね回って、マイアの連続した銃撃を悉く回避していく。
これには機械的な理由があった。このアサシンが身に着けている、艶消しの黒いボディアーマーには、ビーム偏向フィールド発生機能があり、小銃程度のビームは命中面に対し垂直プラスマイナス10度以内の入射角とならない限り、直撃にはならずに跳ね飛ばされるのである。
そしてフルフェイスマスクにも、簡易の被照準感知センサーが装備されており、銃火器に狙われた場合、警告音が鳴る仕組みになっていた。今しがたの聞き耳を立てたような仕草は、マイアのブラスターライフルからの照準を感知した、センサーが警告音を発したのだ。
ゼヴィドール星人兵士は宗教上の理由から、刀剣類を信奉しており、爆発するものを含んで戦いに銃火器は使用しない。ただ敵が銃火器を使用する事に対しては、高い防御力を備えているのである。
アサシンはマイアの銃撃を躱し、一瞬の隙を突いて右手の大型ダガーを、マイア目掛けて投げ放った。ライフルの銃身でそのダガーを弾くマイア。
だがそれは陽動だった、ダガーを投げ放った時にはすでに、空いた右手で腰のベルトから、ビーム手裏剣を掴み取っていたアサシンは、追い討ちをかけるようにマイアに向けて投擲する。しかも背後で急角度に曲がって来るコースだ。不意を突かれたマイアに回避行動は遅すぎる。
そこに突っ込んで来たのはメイアだ。メイアは腰を低め、妹にタックルを喰らわせて引き倒した。その頭上を通過するビーム手裏剣。腹這いになったマイアは、アサシンに向けてライフルを放つが、またもや偏向シールドに弾かれる。
その間にアサシンの投げたダガーを拾ったメイアは、右手にダガー、左手に撃てなくなったブラスターライフルを持ち、猛然とアサシンに立ち向かって行った。姉の動きに合わせて、マイアも銃撃を止めると立ち上がり、アサシンに突撃する。姉妹二人がかりで白兵戦を挑もうというのだ。
しかしアサシンの武器はそれだけではなかった。間合いを詰めて来るメイアに、アサシンはブーツの爪先の底から、やや内側にカーブしたナイフを飛び出させて、蹴り上げて来たのである。盾代わりにしたブラスターライフルで、その一撃をかろうじて防いだメイアだが、その衝撃で後ずさった。アサシンはそのまま身を翻し、今度はブラスターライフルで殴り掛かって来るマイアに、ダガーによる素早い斬撃を放つ。
バチン!と火花が散り、ブラスターライフルとダガーがぶつかる。眼球の目前でダガーの尖端を防ぎ止めたマイアは、力任せにアサシンを押し退けて後ずさると、距離を置いてメイアと二人並び、身構えた。アサシンは再びフルフェイスのマスクからフシュウウウウ!…と息を吐き、片言の公用語と共に腰を低く構える。
「フタリ、オナジカオ…コロス」
一方のメイアとマイアは、僅かに視線を合わせて小さく頷いた。肩で息をする傷だらけの姉妹。出血が続くメイアは体力の消耗が激しい。そして駆け付けて来たばかりのマイアは、敵の能力が未だ見極められていない。しかし―――
“二人一緒なら、負けない!”
カレンガミノ姉妹とアサシンは同時に前へ出た。右爪先から伸ばしたナイフで回し蹴りを放つアサシン。それをメイアが拾い上げたダガーで切り結ぶ。その間にマイアがブラスターライフルの先を、アサシンの腹部に押し当てるようにして、トリガーを引いた。偏向シールドによる跳弾効果を発生させないための、ゼロ距離射撃である。
しかし反射的に体を回転させながら横滑りさせたアサシンは、ボディアーマーの表面を削られただけでビームを回避する。その勢いのまま、マイアに斬り掛かるアサシン。それに対して身を屈めるマイア。角度を変えてゼヴィドールのアサシンが振り下ろしたダガーを、メイアの突き出したブラスターライフルが、マイアの頭上で打ち防ぐ。
同時にマイアはアサシンの左足に組み付いて、床に引き倒そうとする。バランスを崩しはするものの、まだ倒れないアサシンは右脚爪先のナイフで、マイアの腹を刺そうとした。だが次の瞬間、メイアの放った前蹴りがアサシンの右膝に命中し、アサシンを仰向けに転倒させる。それを見て素早くライフルを撃つメイア。
ところがアサシンは、転倒した勢いを利用してそのまま後転。マイアの放った銃撃は虚しく床を焼き焦がした。さらに瞬時に立ち上がって、姉妹に反撃して来るアサシン。無論メイアとマイアも諦めてはいない。メイアが盾代わりのライフルを大きく振って殴り掛かる。牽制だ。それをダガーで受け防ぐアサシン。するとメイアの隣にいたマイアも、やや遅れてライフルを大きく振り下ろした。
銃撃ではなく殴打、これはアサシンも意外だったのか、もう一方の手の、ボディアーマーが防護する手首でそれを受け止める。その両手が塞がった僅かな隙を突いて、双子姉妹は同時に踏み込むと、二人揃って前蹴りを放った。
この一撃はまともにヒットし、初めてたじろぐアサシン。マイアはすかさずブラスターライフルを撃つ。フルフェイスマスクのゴーグル部に命中したその銃撃は、意外にも完全な跳弾効果を発揮させなかった。破片が飛び散り、マスクの右目周辺が晒される。中に隠されていたゼヴィドール星人の、金色をした爬虫類を思わせる瞳が、ギロリと姉妹を睨み付けた。
▶#19につづく
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