銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第9話:退くべからざるもの

#18

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 ノヴァルナの問いにヴァルキスは、「ふっ…」と息を抜いて短く答えた。

「愚か者には…なりたくないものです」

 それはどのようにも取れる言葉である。ノヴァルナの同盟者として、叔父のヴァルツ=ウォーダのように強固な関係となるか。それとも仮初めの同盟者として、いずれは隙を見て牙を剥き、襲い掛かって来るか。ただ現在の疲弊したキオ・スー=ウォーダ家には、味方が必要である。

 ノヴァルナの思考を巡らす様子に、ヴァルキスはさらにイル・ワークラン家に関する言葉を続けた。

「独裁制を強めたカダール殿は、早速、税率を引き上げました。特に植民星開拓事業関連を中心に。さらに超空間ゲートを使用した領民や交易品の恒星間移動にも、銀河皇国に収める分とは別の、関税を掛ける予定であるという情報も、入手しております。そしてこの税収はすなわち、イル・ワークラン家のオ・ワーリ宙域統一への戦力増強へ回されまする。いずれノヴァルナ殿が、戦わねばならぬ日が来るのは必然…」

 それを聞いてノヴァルナは、不敵な笑みを大きくした。

「まぁ…そうだろうなぁ。まず第一にあのアホウは、俺を憎んでいるからな」

 論理的な理由が無くとも、カダール=ウォーダが自分に挑んで来る事は、ヴァルキスの言葉ではないが“必然”だった。

 しかしそれはともかく、植民星開拓事業や恒星間交易にむやみに高い税を掛けるのは、愚策としか言いようがない。
 この群雄割拠の戦国時代で、星大名が莫大な軍事予算を捻出できるのは、ひとえに領有する植民星系がすべて好景気だからである。そしてその好景気を支えているのが、インフラ整備や都市建設などの植民星開拓事業と、低価格の資材の大量輸送やその逆の稀少物質の輸出入といった恒星間交易だ。

 開拓事業には税が掛かるのは普通だが、その率は高くない。そうしなくても植民星は領有宙域に多くあり、現在も増加しているからである。
 これらに高い税を掛けてしまうと、支配階級である星大名家の収入が増加するのは当然だが、長期的にみると宙域全体の経済基盤を弱体化させてしまう。そのため税率の調整は、どの星大名も慎重になっているのだ。星大名が他国と争ってまで領域を拡大しようとしているのも、税率を上げるより、支配する植民星の数を増やしたいというのが理由の一つとなっている。

「…それで? 俺はどうすればいいってんだ? 奴に対抗して税率を上げろって話ならお断りだぜ。そうでなくとも俺は領民に人気ねーからな」

 ついいつもの物言いで、あっけらかんと放言してしまったノヴァルナに、ヴァルキスは僅かに目を見開くと、少なくとも自分は受け入れられたのだろう…と思い、ようやく笑顔を見せた。
 
「特に慌てて、何かする必要はないと思います―――」

 落ち着いた口調でヴァルキスはさらに続ける。

「今はキオ・スー家の家勢を立て直す時。経済的、軍事的に疲弊しており、高い税率という劇薬を飲むのは、むしろ危険です」

「しかし、向こうから攻めて来るのは、どうしようもないが?」

 ノヴァルナが尋ねると、我が意を得たりとヴァルキスは応じた。

「そこで我等の存在です。我がアイノンザン星系がキオ・スー家との連携を明確にすれば、イル・ワークラン家もカーミラ星系から簡単には出て来れなくなります。そしていずれは、領民達の不満が大きく膨らみましょう。そうなった時にこちらから打って出れば良いかと」

 確かに、イル・ワークラン=ウォーダ家の本拠地オ・ワーリ=カーミラ星系は、ノヴァルナの本拠地オ・ワーリ=シーモア星系と約2.5光年しか離れておらず、ヴァルキスの本拠地アイノンザン星系は、その後背を取る位置になる。キオ・スー家とアイノンザン星系が連携したとなれば、イル・ワークラン家は両方面に備えるだけの戦力を保有する必要がある。

「悪くない話だな…打って出るまでには、どれぐらい待つ?」

「そう…三年を経ずして、カダール殿から領民の心は離れましょう」

 ひとまずカルツェの謀叛は阻止し、イマーガラ家とはカーネギー姫とキラルーク家を通じて、一応の停戦状態にある。そしてミノネリラ宙域でもイースキー家を名乗るようになったギルターツは、今は内政に専念したいはずだ。多少のゴタゴタは起きるだろうが、今度こそ立て直しの機会になりそうだとノヴァルナは感じた。

 となれば多少のリスクはあっても、こちらからあえてアイノンザン星系という、新たな敵を作る必要などない。

「わかった。ヴァルキス殿、同盟の件…宜しく頼む」

 ノヴァルナはそう言って、一つ頭を下げた。

「こちらこそノヴァルナ殿の覇権のため、尽力させて頂きます。引き続き我が弟、ヴァルマスを御家に預けさせて頂きますので、ご自分の直臣とお思いになって存分にお使い下さい」

 答礼したヴァルキスが応じると、隣に座る弟のヴァルマスが深くお辞儀をして、「宜しくお願い致します」と真面目そうな口調で挨拶する。

“弟を人質に置いて行くってか…喰えねぇヤツだが、当面の間、相手を利用しようとすんのは、お互い様ってワケだ”

 慇懃な態度を通すヴァルキスの瞳に、野心の光が見え隠れするのを知りながら、ノヴァルナは陽気な声で語り掛けた。

「さて、難しい話はこれぐらいだ。折角だし、晩メシを一緒にどうだ?」




▶#19につづく
 
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