銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第10話:花の都へ風雲児

#11

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 このようなノヴァルナ一行の様子を、塔のメインセキュリティコントロールルームで、塔内部の構造を立体的に描き出したホログラムを見詰め、監視している五人の男達がいた。観光客の身なりをしているがその眼光は鋭い。コントロールルームの床には失神状態の警備員と、機能を停止した警備ロボットが複数転がっている。

 彼等のリーダーと思しき四十代ぐらいの細身の男が、ホログラムの中のノヴァルナ一行の位置を指差しながら傍にいる、触角を持ったバクのような頭の異星人に問い質した。

「準備は完了しているな?」

 バクのような頭の異星人はアロロア星人。目の前に展開したホログラムパネルを操作しながら、彼等の特徴である鼻づまりをしたような、くぐもった声で応じる。

「警報システムは全て遮断…いつでもいけます。クーケン少佐」

 クーケンと呼ばれた指揮官は名をキネイ=クーケンといい。ギルターツの配下でイースキー家陸戦特殊部隊の隊長を務めている、ヒト種の男だった。年齢は四十代半ば。二年前のギルターツ謀叛の際にギルターツの嫡男オルグターツに率いられ、イナヴァーザン城を制圧した陸戦隊指揮官の一人である。
 これまで幾度か、『イガスター』や『アクレイド』の傭兵に、ノヴァルナやノアを襲撃させて来たギルターツだが、その悉くに失敗していたため、今回は自軍の陸戦隊を使用したのだった。

 コントロールルームにいるクーケンと四名の他、三十一名の特殊部隊がこの作戦に参加しており、ノヴァルナ達のいる海中塔の中に展開している。
 貸し切りでノヴァルナの一行以外は誰もいない、閉ざされた海中の搭は襲撃には絶好の機会だ。しかもセキュリティもクーケンらの手中にある。

「よし。状況開始だ」

 クーケンが短く命令を下すと、隊員全員との回線を繋いでいる通信機に向けて、部下のアロロア星人が作戦の発動を伝えた。

「こちらレインボウ。状況開始、状況開始、状況開始」

 その途端、ノヴァルナ一行のいる二階層上に、三十一の光点が出現する。三つある螺旋エスカレーターを制圧する形だ。光点はクーケンの特殊部隊。彼等は光学迷彩で海を背景に疑似透明化して待機、ノヴァルナ一行が通り過ぎるのをやり過ごしていたのである。
 行動を開始した特殊部隊は、エスカレーターの三つの乗り口それぞれから、階下に向けて音響閃光弾を放り投げた。下にいるノヴァルナ達の不意を突き、動きを封じるためだ。一瞬後、猛烈な閃光と耳をつんざくような金属音が、乗り口から飛び出して来る。

 これでノヴァルナ達は身動き出来ないはずだ…と判断した現場指揮官の男は、エスカレーターを駆け下りて制圧に向かうよう、ハンドサインで三十名の部下に指示を出した。アサルトライフルを手に小走りに駆け下りていく兵士達。

 ところが彼等を待っていたのは、ノヴァルナの部下達からの銃撃であった。
 
 何者かの待ち伏せに一番最初に気付いたのは、意外にもトゥ・キーツ=キノッサだ。それはノヴァルナ達が今いる階より二階層上で見掛けた、奇妙な光景を近くにいた『ホロウシュ』の、ナルマルザ=ササーラに告げた事が発端である。

 キノッサはノア姫だけでなく、二人の美しい妹にまで取り合いをされている、ノヴァルナを羨望の眼差しで見ていたのだが、そこでふとノヴァルナ達の向こう、視界の端で背景の海が一部だけ、おかしな見え方をしているのを発見した。距離にして十メートルほど先であろうか。
 その場所はちょうど、透明金属性の壁の先にある海中を、体の側面に小さな青い発光体を一列に並べている、五、六メートルはあろうかというウナギのような魚がゆっくりと横切っていたのだが、その細長い体と並んだ発光体が、一部だけ歪んで見えているのだ。まるで水を入れたグラスの、向こう側を泳いでいるかのように。

 背の低いキノッサは、大柄のササーラの袖口を引っ張り、小声で告げた。

「ササーラ様…なんか、変なのがいるんスけど」

「変なのだと?…どこに?」

「あっち…ホラ、あの光ってるウナギみたいな魚の、尻尾のところ…っと、ガン見しちゃ駄目ッスよ」

「ん…んん?」

 キノッサが示した魚の尻尾の辺りを、横目で何度か見たササーラは、確かに奇妙な“歪み”が存在していることに気付く。後ろを魚が通らず、海だけであったなら誰も気づかないはずだ…いや、それも何かにつけて目ざといキノッサだからこそ、発見できたのだろう。
 僅かに身じろぎしたササーラに、キノッサは再び小声で「あれ…光学迷彩ってヤツじゃないッスか?」と尋ねた。その間にノヴァルナとノア達は、階下に降りるエスカレーターに乗ってゆく。神経を集中したササーラが、何気ない素振りで辺りを見渡すと、他にそのような“歪み”が三つ…四つと見えて来る。

「おまえは、それとなく見張っていろ」

 ササーラはキノッサにそう命じておいて、ノヴァルナ達についていこうとしていた同僚の、ラン・マリュウ=フォレスタの右の二の腕を、後ろから軽くつまんだ。遊んでいるのではなく、“警戒しろ”という合図だ。さりげなく足を止め、振り返るランにササーラが言った。

「なにか怪しいぞ、ラン…光学迷彩兵みたいなものがいる」

 するとランの方からも報告がある。

「ああ。カレンガミノ姉妹も、私達以外の視線と気配を感じるから、ノア様の警備レベルを上げると今しがた囁いて来た。他の『ホロウシュ』にも伝えよう」

 そうして“二の腕つまみ”の伝言ゲームで『ホロウシュ』達は、呑気に海中見物を続ける裏で眼光鋭く、懐に忍ばせたハンドブラスターの安全装置を外していた。彼等もこの二年でさらに精進し、名実ともにノヴァルナの親衛隊へと成長していたのである。
 
 無論、ランから二の腕をつままれたノヴァルナも、即座に敵の出現に備える。そしてそのノヴァルナに恋人繋ぎをしていた手を離され、代わりに二の腕をつままれたノアも、双眸に帯びる光を警戒色に変えた。
 ただそれでもやはりノヴァルナの悪戯心は健在である。合図というには少々強く二の腕をつままれたノアは、「いたっ!」と声を漏らして身をすくめ、パチン!とノヴァルナの太腿を叩いて反撃した。

 唐突にじゃれ合い始めたノヴァルナとノアに、目を丸くしたマリーナとフェアンだったが、それでもノヴァルナがマリーナの、ノアがフェアンの肩を抱き寄せると二人の妹は、その指に込められた力の強さで状況が警戒を要するものになった事を理解した。ノアを含め三人とも戦国の姫であり、幾ら無邪気であったり可憐であったりしても、危険を察知する能力は一般人より秀でている。

 そこに階上から放り込まれて来た音響閃光弾。床に転がるが早いか、それを見た女性『ホロウシュ』のジュゼ=ナ・カーガが声を上げて警告した。

「FB(フラッシュバン:音響閃光弾)!!」

 全員が咄嗟に瞼を閉じ、両手で耳を塞いでしゃがみ込む。その直後、閉じていてもなお瞼の裏に白い光を感じ、耳を塞いでいても鼓膜をかきむしるような、不快な金属音が響いた。だが使用されるのが分かっていれば、訓練を重ねて来た身に感じるダメージはさほどのものでない。
 すぐにノヴァルナとノア、そしてマリーナとフェアンの周囲をランとササーラ、それにメイアとマイアの双子姉妹が固めて銃を構える。
 さらにほかの『ホロウシュ』達も即応し、上から降りる三つのエスカレーターに向けて銃を構えた。果たして姿は無いものの、エスカレーターの上を駆け下りて来る足音が聞こえると、『ホロウシュ』達は一斉にハンドブラスターを撃ち始める。

 たちまち「ギャッ!!」という悲鳴が上がり、光学迷彩が解けた四名の兵士が、転げ落ちて来て絶命した。暗いグレーの戦闘服には、部隊章らしきものが何も無い。生き延びた敵兵は姿が見えないまま、複数の足音だけがエスカレーターを駆け上がっていった。

 階上へ後退した特殊部隊は、すぐにクーケンに報告する。

「レインボウ、こちらレイニーマン。制圧に失敗。反撃を受け四名死亡」

 それを聞き、指揮官のクーケンは眉間に深い皺を寄せた。我々の出鼻を挫いたとなると、『ホロウシュ』とかいうノヴァルナの親衛隊は、侮れない連中のようだ。バクのような頭のアロロア星人が、下に垂れた大きな鼻から、彼等の不満の感情表現である「ボゥ!」という、壊れたラッパのような音を鳴らして言い放つ。

「やはり女達は諦めるべきです、少佐。ギルターツ様のご命令ならともかく、オルグターツ様の望みなど、放っておけばよろしいでしょう?」




▶#12につづく
 
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