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第11話:銀河道中風雲児
#06
しおりを挟むノヴァルナ達が宿にしたアルーマ天光閣は、峡谷の崖の中腹に突き出た、大きな岩棚の上に建てられていた。四階建てのそれはすべて木造であるが、特殊な木材加工技術を施された惑星シルスエルタ産の木材により、充分な強度と耐火能力を持っている。今の旅館は築およそ二百年らしい。
一行はかつての“東洋”の古式に則り、靴を脱いで旅館に上がる。部屋に案内されつつ、『オ・カーミ』のエテルナからこの事を聞いたノヴァルナとノアは、互いに顔を合わせて懐かしそうな表情をした。惑星シルスエルタは三年前、ノヴァルナとノアがまだ別々に暮らしていた頃、互いの家を抜け出し、“駆け落ちデート”をした惑星だからである。
部屋の割り当てはノヴァルナとノア、ノヴァルナの二人の妹、そして男性『ホロウシュ』と、女性『ホロウシュ』にノアの護衛のカレンガミノ姉妹、さらにテシウス=ラームの個室となっていた。
部屋はそれぞれ峡谷側にせり出した形で、見晴らしは凄くいい。窓は開け放たれて清々しさを感じさせる。それに地理的なためか、峡谷を流れる風は、この惑星に到着した直後にマリーナが顔をしかめたような、硫黄臭がしない。
「へぇー…」
感嘆の声を漏らし、外の光景を眺めたノヴァルナは板敷の床に置かれた、円形のマットレスの上にドカリ!…と、腰を下ろした。すると、二人を案内して来たエテルナが「あの…」と声をかけて戸口で両膝をつき、深々とお辞儀をして、公共駐車場でレバントンらに絡まれた件を再び謝罪する。
「先程はご無礼致しました。まことに申し訳ございません」
エテルナはあれで、ノヴァルナ達の心証を害したと思ったのだろう。しかしそれに対するノヴァルナの反応は、あっけらかんとしたものだった。
「うん。あんたも大変そうだな。まぁ、よろしく頼むわ」
さらにノアも、ノヴァルナの言葉をフォローする。
「このひと、いつもああなんで、お気になさらないでください」
そう言ったノアに、「いや、“いつもああ”とか言うなよ」とツッコミを入れるノヴァルナ。エテルナは苦笑を浮かべて、もう一度頭を下げ、どうぞごゆっくりと告げて去った。
ただその場は収めたノヴァルナだったが、エテルナが去って少し間を置くと、廊下に歩み出て、割れんばかりの大声でキノッサを呼びつける。
「おう、キノッサ! ちょっと俺の部屋に来いや!!」
その声に応じたキノッサは、ものの五秒も経たないうちに、廊下の奥の男性『ホロウシュ』達の部屋から飛び出して来た。レバントンらの件で怒鳴り付けられるのを覚悟しているらしく、素早い動きに比して神妙な顔つきだ。
キノッサが腰も低くノヴァルナの部屋に上がるのと入れ替わりに、空気を読んだノアが、「じゃ。私、妹さんの部屋に行ってるから」と出ていく。
ノヴァルナは自分の円形マットレスに胡坐をかいて座ると、前の床を指差し、キノッサに「そこへ座れ!」と強い口調で命じる。観念した様子のキノッサは、言われた通りにちょこんと正座した。
「キノッサ、てめ、ふざけんな! あんな胡散臭い連中の話に乗っかろうたぁ、どういう了見でぇ!?」
早速に雷を落とされたキノッサは、頭を掻きながら言い訳する。
「はぁ、申し訳ございません。得になる話だと思ったもんで…」
「連中の思惑通りになる事がかよ!?」
「長逗留するわけでもありませんので、別に宜しいのでは…と」
「俺を見くびんな!!!!」
ノヴァルナの大音量に、キノッサはビクリ!と肩を震わせる。
「一日だろうが一ヵ月だろうが、気に喰わねぇ奴等に妥協はしねぇ! 俺のやり方が、てめぇの思惑と合わねぇってんなら、いいからウチを出て行きやがれ!」
「そ、そのような事は、決して!…申し訳ございません!!」
床に頭を擦りつけるようにして土下座をし、謝罪するキノッサ。ただノヴァルナの“気に喰わない”は、単に“相手が嫌い”なだけでなく、自分達に害を及ぼす可能性がある気配を感じ取った場合が多い。ノヴァルナはただ怒っているだけではなくキノッサに、目先の利益にばかり走らずに、おまえもそういうのが分かるようになれ…と言っているのだった。
何かにつけノヴァルナに怒鳴られる事が多いキノッサだが、それでもノヴァルナのもとを逃げ出さないのは、ノヴァルナが自分に何を求めて、何に期待してくれているかが分かるからである。それが証拠に、言いたい事を言ったあとのノヴァルナは、あっさりしたものだった。
「よし、話は終わりだ。これからは勝手な先走り、すんじゃねーぞ」
「御意にございます」
キノッサが去ると、また入れ替わりでノアが戻って来る。聞こえて来るノヴァルナの怒鳴り声が止んだからだろう。
「キノッサへのお説教は終わった?」
「んー? まーな…」
ノアの問いに窓の外へ視線を移し、景色を眺めながら適当な返事のノヴァルナ。するとノアは思いも寄らぬ事を、軽い調子で言い出す。
「じゃあ、次は私があなたにお説教する番ね」
「はぁ?」
頓狂な声で振り向くノヴァルナ。
「なんで俺が、説教されなきゃなんねーんだよ!?」
「すぐに喧嘩腰になって、話をややこしくするからよ」
「しょーがねーだろ。気に喰わねぇヤツは、気に喰わねぇんだし!」
「だからって思った事そのまま、あんな言い方して。私達だけならまだしも、この旅館にまで迷惑が掛かったら、あなたどうするつもりよ?」
「そん時は筋は通すって!」
「またそんな簡単に言うんだから…それで結果はいつも、もっと大ごとになってるじゃない」
「成り行きだから、しょーがねーだろ」
「あのねぇ。しょーがねーばっかり言って、済む問題じゃないでしょ―――」
結局、ノヴァルナはキノッサにした時間の倍以上の説教を、ノアから喰らったのであった………
▶#07につづく
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