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第11話:銀河道中風雲児
#12
しおりを挟むエテルナの話によると天光閣をはじめとする、アルーマ峡谷の温泉旅館への“立ち退き要請”は、およそ三年前から始まったという。
最初にあったのはザブルナル市北地区の再開発の一環として、市の行政府からアルーマ峡谷の全温泉旅館の移転の正式な依頼だった。移転先は東地区にある新興温泉地で、移転に関わる諸経費の全額補償と、新旅館建築費の相当額の補助金支給が約束されたのである。
ただ当時の旅館組合はこの惑星ガヌーバで最も古く、伝統のあるアルーマ峡谷温泉郷の移転を拒否。交渉は進まず、このアルーマ峡谷が天領―――星帥皇室から直接安堵された特区だった事もあり、移転話はここまでになるはずであった。
「そして天領である以上、このアルーマ峡谷の全ての温泉旅館が移転に同意しなければ、行政府も立ち退きを強要する事は出来ません。ところが…」
エテルナは沈んだ表情で言葉を続ける。
あのレバントンが新たな旅館組合の長に就任すると、状況は一転。旅館組合は行政府側について、アルーマ峡谷の各旅館に移転を迫り始めた。
行政府側に着いた旅館組合は、アルーマ峡谷温泉郷に対する広告宣伝費を大幅に削減、代わりに移転先に指定した東地区の新興温泉地を、大々的に売り出したのである。ノヴァルナ達がザブルナル市へ到着した際、市の入り口で見掛けた数々の温泉旅館の看板も、実は大部分がこの東地区新興温泉地のものだったのだ。
「私どもの温泉郷へ来て下さるお客様は、この政策で大幅に減ってしまいました。天領であっても現実的に広告宣伝は、旅館組合の協力がなければ不可能ですので。それでも昔から来て下さる常連のお客様や、お客様の数が少ない事が逆に、NNLで穴場として紹介されたりで、赤字経営になっても頑張って来ました…」
しかし、元々多数の温泉旅館があるザブルナル市で、競争力の低下は如何ともし難く、昨年の後半からアルーマでの温泉旅館経営を諦め、東地区へ移転する旅館が次々と出始めたらしい。
そんな中、今年に入って現れ始めたのがノヴァルナとノア達に絡んで来た、柄の悪い連中だ。時々この温泉郷に姿を見せては訪問客に絡み、不快な思いを与えていたのである。特に団体客に因縁をつけて来る事が多く、客によっては身の危険すら感じて、宿泊途中で帰ってしまう事例もあるという。
今回、連中にとっては不運な事に、気が立っている時のノヴァルナ達に絡んでしまったため、返り討ちに遭って、レバントンが指図していた裏事情が発覚したのだが、まさかそこまで悪辣だとは思わなかったエテルナら温泉旅館の主人達は、旅館組合に対策を講じるよう要請していたのであった。
「なんか…ムチャクチャだな」
エテルナの話に、指で顎を摩りながら応じたノヴァルナは、さらに問う。
「そこまでしてあんたらを追い出して…奴等は何がしたいんだ?」
「詳しい事はわかりません―――」
伏し目がちに二度三度と頭を振って、エテルナはさらに言葉を続ける。
「ただ…二年ほど前、ここからは東になるネドバ台地に、大規模なサルフ・アルミナの採掘場が建設されたのと、関係があるのかも知れません」
エテルナが口にしたのは、ノヴァルナ達がこのアルーマ峡谷へ来る途中で目にした、新設の採掘場の事だと思われた。高速鉄道などによる接続が為されておらず、独自に宇宙船の離着陸床を設けて、大量輸送という観点から見ると非効率に思えた印象がある。
「ここに来る途中にあった採掘場か?…地図データにも載ってなかったが、あれが関わっているってのか?」
「はい。天領であるのはこのアルーマ峡谷だけでなく、採掘場の造られたネドバ台地も希少植物の群生地として、天領に指定されていました。そこに突然、あのような採掘場が建設されて、私達は首を捻ったものです」
天領とは星帥皇室の直轄特区を指し、主に風光明媚な観光地や、学術的に希少で重要な案件などが選ばれる。そこは現状の維持が基本であって、産業・商業目的で開発や改修を、星帥皇室の許可無しに行う事は禁じられていた。
「つまりは星帥皇室が、そのネドバ台地の開発を許可したって事だろ」
ノヴァルナがそう言うと、隣で聞いていたノアが疑問を呈する。
「でも変な話ね。天領の開発許可なんて普通、ほぼ出ないわよ」
「なんで?」とノヴァルナ。
「植民惑星は土地が余っているからよ。サルフ・アルミナの採掘場なら、この惑星だと有望な鉱脈は他に幾らでもあるはずだもの。どう考えても、そんな話で学術価値の高い植物の群生地を破壊するような、開発許可なんか出ないはずだわ」
エテルナはノアの言葉に苦々しく、ノヴァルナ達が来る前にその星帥皇室が発行した認可証書を、レバントンに見せられた事を訴えた。認可証書にはサルフ・アルミナ採掘場建設に関する、土地買収交渉代理人にザブルナル市長を指名するとされている事を付け加えて。
「納得出来ませんね…」
ノアは訝しげに呟き、エテルナに尋ねる。
「その認可証書、見せてもらえますか?」
レバントンがエテルナに見せつけた認可証書のホログラムは、提示した時にエテルナのNNLデータストックにも転写されていた。エテルナはそのホログラムを展開してノアに見せる。ノアはそのホログラムに指で触れ、自分の方へ回転させた。
「認めたくないけど…本物」
皇都の大学に留学し、中央貴族に関する知識も学んでいたノアは、一目見て、エテルナが見せた認可証書が本物である事を理解する。
「なんかワケが…裏がありそうだな」
そう言って不敵な笑みを浮かべたノヴァルナは、エテルナを正面から見据えて、身を乗り出しながら提案した。
「なぁ『オ・カーミ』…ここは一つ、俺らも話に混ぜてみねーか?」
▶#13につづく
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