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第17話:風雲児 都の星で ひと暴れ
#15
しおりを挟むその頃、このステーションの上部中央にある管制室では、今しがた出港したコンテナ貨物船の出港後事務手続き中である。
ここから先は皇都惑星キヨウの地上にある、ヤヴァルト星系内航路管理局の管轄になるため、その引継ぎのための最終データ確認と送信が必要となる。またこれと同じデータは第四惑星公転軌道上の、第一税関ステーションにも送信され、三者の間でデータリンクのリアルタイム更新が始まるのだ。
「しかし妙だな…」
コンテナ貨物船『ラッドランド58』の登録情報を再確認しながら、管制室のオペレーターの一人の男が呟くように言った。
「何が?」
と別のオペレーター。キヨウが事実上、ミョルジ家の支配下になって以来、出入港する宇宙船舶の数もめっきり減り、それに反比例して、オペレーター達の無駄口は自然と多くなっている。
「あの船、一週間ほど前に確認した時は、登録が抹消された空船のはずだったんだがな…イースキー家の船だとは思わなかった」
「またミョルジ家の奴等が、データに何かしたんじゃないか?」
さらに三人目のオペレーターが話に加わって来る。このステーションもミョルジ家の支配下にあるが、オペレーター達は元からの職員であり、高圧的な態度で何かと業務に干渉して来るミョルジ家に対し、いい印象は持っていないのだ。
「ああ。イースキー家への嫌がらせかもしれんな。あそこは今、ミョルジ家と敵対しているロッガ家に接近してるって話だし…」
最初に口を開いたオペレーターが同意する。ラクシャス=ハルマが船籍データを改竄したのは、一年前まで遡ってであるから、オペレーターも昨日今日ならともかく、そんな以前のデータまでは確認はしない。
するとその直後、管制室の扉が開いてノヴァルナが姿を現した。その向こうではランとササーラが、ノヴァルナを阻止しようとしていたと思われる警備兵を、逆に取り押さえている。
驚いて身をすくめるオペレーター達に、ずかずかと管制室の中へ入り込んで来たノヴァルナは、いきなり強い口調で問い質した。
「訊きてぇ事がある!!」
それからしばらくして、『サレドーラ』は貨物中継ステーションを離れ、イースキー家の大型コンテナ貨物船、『ラッドランド58』の追跡を始めていた。
管制室で自分の身分を明かしたノヴァルナに対し、オペレーター達は協力的であり、ノアが連れ去られたシャトルの所在と、警備カメラのデータからビーダ達がノアを伴って、コンテナ貨物船の『ラッドランド58』に乗り込んだ事を、知ったからである。
ナギは急に協力的になったオペレーター達に目を丸くしたが、これはノヴァルナがこの星系に来た時、いきなり略奪集団の討伐を行った事が大きかった。あれが航路管理局で評判になり、その話がこの貨物中継ステーションにも届いていたのだ。
管理局の人間達からすれば、日頃から煮え湯を飲まされていた略奪集団を痛い目に合わせたノヴァルナに対し、航路管理局ともつながりの深い貨物中継ステーションの職員が、好意的になってもおかしくはない。まさに“情けは人の為ならず”であった。
しかし状況は予断を許さない。航路管理局から提供された運航計画書では、ノアを乗せた『ラッドランド58』は間もなく、第四惑星の公転軌道上にある、第一税関ステーションへ到着するはずだった。だが税関ステーションはヤヴァルト星系を支配するための、戦略的・経済的な要衝という事から、現在ではミョルジ家が直接管理・運営しているのだ。これは星系最外縁部にある超空間ゲートに併設された、第二税関ステーションも同様である。
ノヴァルナとすれば、ここでミョルジ家と関わり合いになるのは、避けたいところであった。ミョルジ家は『アクレイド傭兵団』とは、裏に表に様々な取引をしている。そして警備カメラの映像を見ると、ノアを連れた敵の一団には、『アクレイド傭兵団』らしきグループが加わっていた。ノヴァルナ達が二つの税関ステーションのいずれかでノアの奪還を図るにしても、ミョルジ家の了承が必要であり、そうなるとむしろ、下手をすれば妨害される恐れがある。
「どうしたものですかな…」
アーザイル家の『サレドーラ』のブリッジで、ナギの側近トゥケーズ=エイン・ドゥが、腕を組んで小首をかしげる。トゥケーズはノヴァルナを銃で撃とうとするなど、主君ナギとの関係に否定的だったが、ナギに窘められてからは、割り切って協力していた。
「今から最大速で追跡して、敵の船に追いつけたとしても、税関ステーションでの奪回は、難しいかも知れませんね…」
そう応じたのはランだった。ノヴァルナも頷いて言う。
「奴等にはこっちの動きが掴めてないのが、唯一の利点だが。ステーションの連中が敵に回ったら、それも消えちまうか…」
前述の通り、『クォルガルード』のジャミングによりビーダ達は、ノヴァルナがアーザイル家の船で追跡している事を知ってはいない。それに対してノヴァルナ側は航路管理局の協力で、ビーダ達の船の動きは把握できるようなった。これを最大限活用できるか否かが、キーポイントとなる。
貨物中継ステーションで得た情報は大きかったが、救出の困難さも大きいと思い知って、ノヴァルナ達は全員が表情を難しくさせた。すると思案顔だったナギが、意を決したような表情でノヴァルナに告げる。
「考え悩んでいる場合ではないですね。この船の秘密の機能を使いましょう」
それを聞いてギョッ!と眼を見開いたのはトゥケーズだった。「ナギ様! あれを他家に知られるのは―――」と翻意を促す言葉を言いかけるが、ナギがそれをぴしゃりと遮った。
「命令だ」
キヨウの衛星軌道上で二隻の仮装巡航艦に対して粘闘を続けていた、『クォルガルード』に連絡が入ったのはその時であった。
「ノヴァルナ様より暗号通信です」
通信オペレーターの報告に、マグナーは「こちらに回してくれ」と告げる。それに応じて、艦長席とその背後の司令官席のホログラムスクリーンへ、ノヴァルナからの暗号電文が表示された。普段ノヴァルナが座る司令官席には、今は妹のマリーナが座っている。
“敵を排除し、我に合流を図れ”
暗号文の内容と、アーザイル家の『サレドーラ』の予定航路が記された添付データを見て、小さくため息をついたのはマリーナだった。
「簡単に言ってくれること」
マグナー艦長とこの艦クルーの、苦労も知らないで…と思ってだ。そのマリーナに艦長が「マリーナ様」と声を掛けると、頷いたゴスロリ衣装の司令官代理は、トレードマークでもある人相の悪い犬の縫いぐるみを膝の上に置き、居住まいを正して命令を下した。
「敵艦を排除し、兄上の船を追います。艦長、指揮を」
「御意」
司令官席に座るマリーナの顔を立てたマグナーは、それまでの戦術を変更して、積極攻勢に出る命令を発する。
「少なくとも一隻は撃破する。コース083プラス15。速力225。離脱すると見せかけて、敵を引き付ける」
不意に動きを変えて、離脱を図ろうとする『クォルガルード』を追撃したのは、『エラントン』だった。一方の『ワーガロン』は、反対方向へ針路を取り加速を始める。この機に『クォルガルード』が展開している通信妨害圏を脱し、ビーダ達へ現状を報告するためだ。
しかし『クォルガルード』は『ワーガロン』を放置し、ビーダ達のあとを追うわけでもなく、あらぬ方向へ飛んで行く。その意図を計り兼ねながらも追跡して来る『エラントン』が主砲を放つ。二度、三度と『エラントン』のビームが至近距離を通過すると、マグナーは艦に急速回頭を命じた。
「コース270-00。左回頭し、出力全開で集中砲火!」
使える武器が主砲とCIWSしかない『クォルガルード』も、一対一ならば仮装巡航艦程度に引けは取らない。主砲塔を一斉に敵艦に向けて旋回させながら、左へ舵を切ると即座に発砲する。一点を狙って放たれたビームは『エラントン』の、表層エネルギーシールドを貫いて、前部装甲板を抉り取った。これまで陽動のために発砲していた速射性重視の低出力射撃ではなく、敵艦を仕留めるため破壊力を重視した高出力射撃だ。
無論『エラントン』も反撃する。だがそのビームは、『クォルガルード』が遠隔操作して左舷側に並べた、アクティブシールドに弾かれた。エネルギーを再充填して主砲を発砲する『クォルガルード』。今度は『エラントン』の右舷上部が削られて、大量の破片が飛び散った。
しかし『エラントン』は怯まず、針路を右方向へ変えながら撃ち返す。こちらは僚艦の『ワーガロン』が通信妨害圏を出て、ビーダ達への通信を終えるまでの時間を稼ぐつもりだったのだ。皇都惑星の上空で、戦闘輸送艦と仮装巡航艦は激しく殴り合った………
▶#16につづく
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