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第17話:風雲児 都の星で ひと暴れ
#18
しおりを挟む「麻薬!?」
凶悪な単語に眼を見開くノア。ビーダはまるで、自分の手柄のように言う。
「ええ。このブレット隊長から、サンプルを頂きましたの。なんでも『アクレイド傭兵団』が開発している新薬だとかで、すごい効き目らしいですのよ。名前は……そう、確か“ボヌーク”とか」
「!!!!」
麻薬の名を聞いたノアの意識に衝撃が走る。“ボヌーク”とはノアとノヴァルナが飛ばされた皇国暦1589年のムツルー宙域で、重大問題となっていた麻薬だ。
だが向こうの世界では、豚に似た頭を持つ異星人のピーグル星人が、銀河皇国領域に持ち込んだとされており、現在の銀河皇国中央部のここで、そのようなものが出て来るなど、想像もつかない話であった。
新麻薬の名前を出したビーダに、ソファーの脇に立っているバードルドが、困り顔で告げる。
「ザイード様。ここでその名前を出すのは、ご勘弁を」
しかしビーダは気にするふうもない。バードルドに向けて扇をひと仰ぎして、軽い口調で言い返した。
「いいじゃない。どうせ開発中で、誰も知らないんだし」
誰も知らない…どころではない。ノアは“ボヌーク”が、未来のムツルー宙域で広がっているのを知っており、マフィアのボスであったオーク=オーガーに捕らえられた自分も、危うくこれを打たれるところだったのだ。
その“ボヌーク”を『アクレイド傭兵団』が開発していたのは、ノアにとって驚くべき事実だが、今はどうする事も出来ない。
「フ…効いたみたいだな」
冷めた声で言い捨てるラクシャスの視線の先で、床に寝転がされたメイアは、意識を朦朧とさせているようだった。紅潮したままの顔は天井を向いているが、それを見る眼は虚ろで、半開きの唇からは絶え間なく吐息が続いている。
「どぉ? 天にも昇る夢心地…ってとこかしら? 薬漬けにされてた昔を、思い出すんじゃない?」
するとラクシャスはソファーから離れ、床の上のメイアを両腕で押さえつけた。メイアは体に力が入らないのか、泥酔したように身をよじらせるだけで、ろくに抵抗もできない。
さらにラクシャスは、黒いスーツ姿のメイアの上着をはだけさせ、その下の白いシャツの襟を片手で鷲掴みにして、力任せに引っ張る。
糸のちぎれ飛んだボタンの一つが、この光景を眺めるビーダの爪先に当たって跳ね返ると、大きく引き裂かれたシャツの胸元に、メイアの素肌があらわになった。
「………」
無言のまま、メイアの引き裂かれたシャツの胸元から、中へ右手を滑り込ませるラクシャス。
「!!…や!…やめ…ううッ…あッ…」
それまでよりは強く身をよじるメイアだが、“ボヌーク”の影響下にあるその体の動きは、もはや抵抗しているものか、それ以外の理由のものか…メイア自身も分からなくなってゆく。
「やめなさい、ハルマ!!」
怒声…というより悲痛な声で抗議するノア。しかしメイアのシャツの中をまさぐる、ラクシャスの手は止まらない。息が荒くなったメイアの波打つ姿態は、すでに抵抗のそれではなくなっていた。
「ふむ。この“ボヌーク”とかいう麻薬…皇国内で現在出回っている“ジール”や“マッドヘヴン”より、催淫性は高そうだな」
事務的にメイアの反応を探るような、無感情な声で言うラクシャスだが、繰り返し体をくねらせるメイアの姿を映したその眼は、妖しく輝いている。隠微な光景を見せつけられ、円形ソファーの背後の暗がりに並んで立たせた、ナルナベラ星人の傭兵達が体温を上げていく中、ビーダは扇をパチリ!…と強く鳴らせて閉じると、少々苛立った声でラクシャスに告げた。
「ちょおっとぉ。いい加減にして頂戴、ラクシャス。貴女の相手は、その子じゃないでしょお」
「そうだったな…」
冷たく言い捨て、メイアを床に転がしたラクシャスは、おもむろに立ち上がる。放置されたメイアは、まだ身をよじらせていた。
「あらあら、すっかり火を付けちゃって…もぅ、クールなのは素振りだけで、本当は見境なしなんだから」
そう言ってラクシャスをひと睨みしたビーダだが、その眼はノアに視線を移すや否や、陰湿な光を帯びる。
「でも姫様ぁ。日頃禁欲的な双子の片割れが見せる、こんないやらしい姿…ゾクゾクしちゃうと、お思いになりませんこと?…ああでもこの子、昔は客をとってたんでしたねぇ。だったらむしろ、本性を現したという事でしょうか?」
「………」
無言で眼を逸らすノア。だがビーダの口は止まらない。得意の話術“メンタルドミネーション”で、ノアを追いこみ始めた。
「おや。そう言えば、この子がラクシャスにもて遊ばれてる間、どうしてアタシが顔を引っ叩いた時のように、“私をもて遊びなさい”とか言って、庇っておやりにならなかったのかしら?」
「!!…」
表情を強張らせるノアの、振り向いた瞳を見据えるビーダ。ふん…と鼻を鳴らして見下ろすラクシャス。
「もしかして、叩かれるのは我慢できても…昔のこの子や、そこのソニアちゃんのようになるのは、嫌にございましょうや?」
「わ…私はそんな―――」
「そんな事は、勿論ございませんでしょうねぇ…」
間髪入れずノアの言葉を遮ったビーダは、不意に素早く腰を落としてノアと同じ高さに顔を持って来ると、彼女の紫の瞳を覗き込んで薄笑いと共に告げた。
「では、それをご証明くださりませ」
ノアに覚悟の証明を求めたビーダは、薄ら笑いを続けたまま再び立ち上がった。そして傍らのバードルドに命じる。
「隊長。ノア姫様の手錠を、外して差し上げて」
無言で頷き、ノアの背後に回ったバードルドが、ノアの手首を拘束していた手錠を外す。到底ノア一人で暴れて脱出を図れる状況ではないが、ナルナベラ星人のルギャレがライフルを構え、銃口をソニアの頭に向けて牽制した。ノアは痛みの残る手首を指で撫でながら、メイアとソニアに眼を遣る。
「さぁ姫様。証明して頂きましょうか…二人を守るためなら、ご自分は穢されてもいい覚悟がある事を」
ビーダはそう言って、別世界で言う和装風の衣装の大きく開いた袖口に、もう一方の手を入れ、何かを掴み取った。そしてそれを無造作に、ノアの目の前の床に投げ捨てる。金属部分がカチャリ…と小さな音を立てたそれは、犬用の赤い革製首輪だった。
「!!!!」
体を凍てつかせて固まるノアに、ビーダは蔑みの口調で命じる。
「着ているものを下着も全部ここで脱いで、その首輪をご自分の手で、首に嵌めてくださいませ」
突きつけられた冷酷な命令に、ノアは頭の中が真っ白になった。さらに勝手に喋るビーダの声も、ひどく遠くで言っているように聞こえる。
「姫様にはバサラナルムへ着くまでの間、その姿のまま四つん這いになって、生活して頂きますので」
醜悪な言葉を投げかけられても、ノアは何も言い返せない。口の中がカラカラに乾き、形のいい唇がわなわなと震えるだけだ。ノア自身も初めて感じる、いつもとは全く違う体の反応だった。
「ねぇ、姫様。早くしてくださいましな。これでも姫様のあとのご予定は、詰まっておりますのよ―――」
身をすくめたまま、動けないノアの様子を愉しむように、ビーダはさらにおぞましい言葉でいたぶる。
「ラクシャスの指示で、この船の船倉にある大型コンテナの一つを、姫様の調教部屋にしつらえましたの。ウフフ…キヨウの“いかがわしい店”で購入した、いろんな道具も揃えております。そこで姫様におかれましては、ここにいるナルナベラ人の前で、ラクシャスに公開調教を受けて頂きますわ。そうするとそのうち、このナルナベラ人の男達も興奮して来ますでしょ? そしたら―――」
ソファーの背後に居並ぶ巨躯のナルナベラ星人が、薄暗がりの中で肩を揺らせ、早くも期待の息遣いを始めた。ますます悪魔的な表情になったビーダは、「くすくす…」という含み笑いとともに、ノアに絶望を与える。
「姫様のおカラダで、処理してやってくださいましな…全部」
恐怖が…絶望が…氷混じりの風となって、ノアの心を吹き貫いた―――
▶#19につづく
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