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第18話:未来への帰還
#01
しおりを挟む「ノア!!!!」
コンテナ貨物船『ラッグランド58』のキャビンの扉を蹴破り、中へ飛び込んで来たノヴァルナは叫んだ。ランとササーラがそれに続く。
「………」
ノヴァルナの視線の先には、身をすくめたままのノアが、呆然とこちらを見ていた。そしてノアの目の前の床に置かれてあった首輪を見た瞬間、ノヴァルナの怒りは沸点を遥かに超える。ノアと同様、突然出現したノヴァルナに、何が起きたか理解できず、動きが固まったままのビーダ達に向け、鬼の形相となったノヴァルナが声を張り上げながら、猛然とダッシュする。
「てッめぇらァアアアアア!!!!」
周囲の傭兵達が銃を向けるより早く間合いを詰めたノヴァルナは、一番目立つ姿のビーダにそれはそれは見事な、IGPF(銀河プロレス連盟)の関係者が見れば、それだけでスカウトしたくなるような、古今東西類を見ないほどに完璧なドロップキックを放った。
「俺の女に、なにしてやがるゥウウウッ!!!!」
その一発はビーダの胸元を直撃。「ギャン!!!!」と悲鳴を上げたこの男(?)は、ものすごい勢いでぶっ飛ばされ、ソファーの後ろにいたナルナベラ星人の傭兵達数人を、巻き添えにしながら床を転がっていく。
敵で一番素早く反応したのは意外にもラクシャスだ。ただ彼女(?)には戦闘能力は無いらしく、開いたままであった別の扉から、一目散に逃げ出しただけである。そしてその時にはもうノヴァルナは、ソニアにライフルを突き付けていたルギャレの顔面を、全力で殴りつけていた。前歯と鼻骨をへし折られたルギャレは転倒し、叫び声をあげて顔面を手で覆いながら床を転げ回る。だが最も優先しなければならない事を、ノヴァルナは忘れるはずがない。
「ササーラ、暴れてよし!」
叩き付けるような声で、あとの格闘をササーラに任せたノヴァルナは、すぐさまノアのもとへ駆け寄った。ササーラが円形ソファーを怪力で持ち上げ、「ぬおおおおお!」と咆えながら両手で振り回し始める光景を背後に、ノヴァルナはノアの両肩を支えて呼び掛ける。
「ノア、大丈夫か!?」
「ノヴァ…ルナ?……」
まだ信じられないという視線を向けるノアの瞳に、涙が滲んでいるのを見て、ノヴァルナはハッ!…と息を呑んだ。声は弱々しく、体は震えが止まらない。かつてムツルー宙域でアッシナ家に捕らえられていたのを救出した時、それでも気丈な態度で応じていたノアとは、まるで別人のような怯え方だった。
「済まねぇノア! 俺が悪かった!!」
キヨウに来てから、おかしな距離感を作ってしまった事が、こんなにノアを怯えさせる結果を招いてしまった!…そんな自責の念にとらわれ、ノヴァルナはノアに詫びて両腕の中に強く抱き寄せる。
「来て…くれたの?」
「当たり前だ!」
ノヴァルナの強い言葉に、ようやく自分を取り戻し始めたノアは、自分もゆっくりとノヴァルナの背中に腕を回した。愛するひとが本当にここにいるのを、確かめるように………
時間は巻き戻され、アーザイル家の『サレドーラ』号の中で、ナギ・マーサス=アーザイルが、自分達の乗るこの船が有する特殊機能の使用を命じた場面。
「ナギ様! あれを他家に知られるのは―――」
側近のトゥケーズ=エィン・ドゥが、目を見開いてナギに翻意を促すが、ナギは「命令だ」と、きっぱり言い切って却下する。
「アーザイル殿?」
訝しげな眼を向けるノヴァルナに、ナギは愛想良く「僕の事はナギとお呼びください」と言い、続けて『サレドーラ』の秘められた能力を明かした。
「この船が自慢なのは速度だけではありません。潜宙艦…高々度ステルス艦の機能を持っているのです」
「!?」驚くノヴァルナ。
高々度ステルス艦とは、“潜宙艦”の別名の如く、各種センサーによる探知が利かない高度なステルス性を利用して、宇宙に潜む艦艇の総称である。この機能を使用する場合は、低速かつ攻撃を行う事が出来ないものの、相手は専用のスキャナーにより、空間を細かく刻むように走査する以外に発見は不可能であった。
なぜそんな機能をクルーザーに?…と問われるのを見越し、ナギはそれも踏まえて自分の考えたノア姫救出作戦を開陳する。
「我々アーザイル家がキヨウや中立宙域方面へ出るには、超空間ゲートを使うにしても、敵対するロッガ家の領域を通り抜ける必要が生じます。そのためこの船に、潜宙艦と同等の機能を持たせたんですよ。ロッガの艦に発見されそうになったら、こっそり隠れるというわけです。それでこの船の速さと潜宙能力を使って、ノア姫様を捕らえている貨物船をまず追い越し、コース上に潜んで、ステルス状態のまま接近し接舷。内部に侵入してノア姫様を奪還ののち即時離脱。という手はいかがですか? 向こうのコースは、航路管理局から情報をもらっていますし」
「ナギ殿…」
ノヴァルナはナギに感謝の眼を向けると同時に、その武将としての資質に舌を巻いた。物腰も柔らかく、育ちのいい温厚そうな印象だが、勇気と決断力に溢れた強い意志を秘めている。
「わかった。それに賭けよう」
他に手があるとも考えられず、ノヴァルナはナギの作戦を承諾した。自分の考えをノヴァルナに認めてもらえたのが嬉しいのか、ナギは屈託のない笑顔で「はい」と頷く。すると今しがたナギに翻意を促そうとしていた、側近のエィン・ドゥが航法ホログラムを戦術用に切り替え、ノアを捕らえた船のコースを表示。注意点を指摘し始める。
「今から最大速で追うとしたら、向こうは第一税関ステーションで時間を喰うはずですから、その間に追い抜く事が可能でしょう。ただステーションを離れると、管理局に申告した通りのコースで航行するかは、微妙ではないでしょうか?…向こうは我等が追跡しているのに気付いてはいないと思いますが、万が一の場合に備える事も考えるべきかと」
この男も面白い…とノヴァルナはエィン・ドゥに視線を遣る。主君がこの船のステルス機能を露見させる事を批判はしたが、そうと決まった以上は割り切って裏表なく協力的になっている。よほどこのナギを主君として惚れ込んでいるのだろう。
敵の貨物船のコースを確認するノヴァルナ。確かに第一税関ステーションから、ヤヴァルト星系最外縁部に並ぶ超空間ゲートまでは、低速の貨物船では距離的に二日ほどかかると思われるが、それだけに航路を勝手に変更される恐れもあった。
それらを見越して、ノヴァルナは待ち伏せ地点を選定する。「ここだ」と告げ、ホログラムに表示された貨物船の、予定航路の一か所を指さした。そしてその理由を続ける。
「この第四惑星…サハンダか? コイツの公転軌道の外側にある小惑星帯。少なくともこれを抜けるまでは、予定通りのコースを通るはずだからな」
「どういう事ですか?」と尋ねるラン。
「下手に勝手なコースを取って、小惑星帯の中を抜けようとすれば、想定外の軌道を飛んで来る小惑星が多くなって、危険だからさ。そこで連中が任意のコースを取れるようになる前の、小惑星帯の出口ギリギリで待ち伏せる」
それを聞いたササーラが「なるほど」と応じると、ナギも頷いて「それでいきましょう」と同意し、エィン・ドゥを振り向いて命じる。
「すぐに針路を算出し、加速を開始して」
エィン・ドゥは「かしこまりました」と言葉を返し、傍らにいた『サレドーラ』の船長と共に、コース設定のため航宙士の席へ向かう。すぐにノアを捕らえたイースキー家の貨物船を、追い抜くための最短コースを導き出した『サレドーラ』は、一気に加速を開始した。
そして約二時間後、待ち伏せポイントに到着した『サレドーラ』は、シルバーとライトグリーンで塗装されていた外殻を、黒一色に変化させている。“高々度ステルスモード”に切り替えると、船の外殻がセンサー波を吸収する特殊素材で、覆われるからである。
船は小惑星帯の出口で、完全停止状態で浮かんでいた。正確には登録ナンバーが『RB6890433W』のやや大きめの小惑星の引力と、バランスをとって浮遊している。
センサーはこちらからは作動させておらず、相手からのセンサー波を感知して位置を探る、逆探知の“パッシブモード”にしていた。敵が使用しているのは、一般の民間貨物船であり、戦闘用の高精度センサーは装備しているとは思えないが、念のためである。
『サレドーラ』の静まり返ったブリッジ内に、電探室からの報告が届く。それを聞いた電探士官が船長とナギたちに告げた。
「目標船のものと思しき、センサー波を感知」
「えらく早いな」
訝しげな眼で言ったのはエィン・ドゥだ。確かに『サレドーラ』がこのポイントに到着し、“高々度ステルスモード”に切り替えてから、まだ十五分も経ってはいない。
「目標に間違いはない?」
ナギが温和な声で問い質すと、船長がそれに応じた。
「管理局の航宙予定表では、目標の船以外にここを通る予定はありません。おそらく間違いはないと思われます」
それを聞いたナギは、ノヴァルナに振り向いて無言で様子を窺う。そしてノヴァルナも無言で小さく頷くと、ナギは船長に命じた。
「よし。じゃあ船長。微速前進であの船との、ランデブーコースを取って」
予想より早く出現した。イースキー家のコンテナ貨物船『ラッグランド58』。その理由は前述したように、第一税関ステーションF号の職員の悪評通りの、腐敗ぶりによるものである。ビーダ達の多額の“袖の下”を渡された職員達は、本当に形だけの検査で通関を許可したのだ。そのため危うく『サレドーラ』は、『ラッグランド58』を、取り逃すところだった。
しかし発見に成功してしまえば、『サレドーラ』に抜かりはない。引力バランスを取っていた小惑星『RB6890433W』を利用し、イレギュラー軌道の小惑星として『ラッグランド58』の航路上へ進出。至近を通過する際に“高々度ステルスモード”のまま接近して右舷下に接舷。ビーダ達が“小惑星に船体が擦れた”と思った船の僅かな揺れは、この接舷の振動を勘違いしたのだ。
『ラッグランド58』の外殻に穴を開ける事無く、宇宙服を着用して整備用ハッチから侵入したノヴァルナ、ランとササーラ。そしてアーザイル家の保安科員六名は、イースキー家の操船スタッフを捕らえてノア姫の居場所を聞き出し、キャビンに突入したのである。
▶#02につづく
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