銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第19話:勝利への選択

#10

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 ノヴァルナの命令を受け、単縦陣を組んだ宙雷戦隊が何隊も、キオ・スー軍の陣から飛び出してゆく。それはまるで、満を持して弦を引き絞っていた矢が、一斉に放たれたようであった。そしてそれは事実であり、イル・ワークラン艦隊の統制を欠いた陣形の中へ、深々と突き刺さった宙雷戦隊はまさに矢―――しかも毒矢だ。周りを取り囲む敵艦に対して宇宙魚雷を発射しながら、各艦隊の旗艦へ向けて突進する。

 イル・ワークラン艦隊の各艦は、自分に向かって来る自律思考式魚雷への対応に手を取られて、旗艦の護衛がおろそかになった。その間に宙雷戦隊は旗艦へと肉迫する。無論、敵艦からも無数のビームが浴びせられ、防御力の低い駆逐艦などはイル・ワークラン側戦艦主砲の一撃を喰らって、良くて大破、悪くて粉微塵の運命を辿る。
 しかし宙雷戦隊とはそういう命知らずの兵達の集まりであり、大型艦との差し違える事を本懐としていた。もうこれ以上は持たないと判断した駆逐艦が、対消滅反応炉を暴走状態にして、敵戦艦や敵重巡に体当たりを喰らわせ、相果てる光景がそこかしこで発生する。

 さらにそこへ加わって来たのは、ノヴァルナの前衛部隊から発進したBSI部隊であった。第2、第4、第5艦隊は、この時に合わせてBSI部隊を温存していたのだ。
 BSI部隊の援護を受けた宙雷戦隊は、敵の各艦隊旗艦に残っていた宇宙魚雷を全弾発射し、敵陣を突き抜けた。複数の艦隊旗艦が大爆発を起こし、さらに複数の艦隊旗艦が航行不能に陥って宇宙に漂い始める。

「第2艦隊旗艦『ジェリキアス』大破!」

「第3艦隊旗艦『コ・バルウス』航行不能!」

「第4艦隊旗艦『ガロン・ガダン』通信途絶!」

「第6艦隊旗艦『ツォルド・メサ』反応消失!」

 たちまちカダールの総旗艦『キョクコウ』に、各艦隊旗艦の損害報告が飛び込んで来た。当然ながら損害が出ているのは艦隊旗艦だけでなく、その下位の戦隊旗艦も同様である。これはカダールを逆上させるに充分な情報だ。

「なにをやっている!!!! 無能揃いか、貴様らはァァァ!!!!!!」

 司令官席から跳び上がるように立ったカダールは、泡を吹いて倒れそうなほどの勢いで怒声を発した。

 だが喚いたところで状況が改善されるはずもなく、イル・ワークラン艦隊は完全に指揮系統が麻痺し、烏合の衆に成り下がろうとしている。そして喚くカダール自身にも、打開策は無いときた。

「参謀長!!!!」

 カダールの声に顔を引き攣らせて振り向く参謀長。ピシャリと続けるカダール。

「なんとかしろッ!!!!」
 
 思考停止に陥ったカダールからの、罵声にも似た“なんとかしろ”。しかしそう言われても、この状況で参謀長に出来る事はそう多くない。こうなる前であれば、幾らでもやりようはあったというのに…

「各艦隊の次席指揮権を持つ艦に、健在な艦をまとめさせ。縦深陣を敷きつつ一旦距離をとりましょう。戦力の立て直しを図るのです」

 参謀長がそう意見を述べると、カダールは一も二も無く「よし。やれ!」と承認する。はやり自分では何の打開策も見出せなかったのだろう。

 ただイル・ワークラン艦隊自体は、カダールのような素人の集まりではない。正しい命令が下されれば正しく動く。キオ・スー艦隊の砲雷撃に圧倒されかけていた彼等だったが、参謀長からの一時退避命令を受領すると、艦を数隻ごとに密集させて防御力を高め、みるみるうちに巨大な擂鉢状の陣形を形成した。

 暗黒物質が塊となって所々に浮かんでいるため、形こそ不完全ではあるが、縦深陣を完成させたイル・ワークラン艦隊は、速度を合わせながら後退を開始する。それと同時に、ノヴァルナ艦隊の後方で激しく空中戦を行っていたBSI部隊も、交戦を中止して戦場の外側ギリギリを突っ切り、後退中の味方艦隊に合流を始めた。

「ふぅん…まぁまぁやるじゃねぇか」

 総旗艦『ヒテン』の艦橋から、敵艦隊の動きを見ていたノヴァルナは、立て直しを図ろうとしている様子に、不敵な笑みを浮かべて言う。総司令官は無能でも、その下にいる者は、現状での最適解を導き出しており、無能揃いというわけではないらしい。

「全艦で突撃を仕掛けますか?」

 ノヴァルナ側の艦隊参謀が尋ねる。しかしノヴァルナはそれを否定した。

「いや。このまま敵と速度を合わせて、砲撃を行いながら押し出せ」

 艦隊旗艦をはじめ相当数の敵艦は撃破したが、艦の総数はまだ敵の方が多い。数の差を利用して形成された縦深陣に、数的不利なまま迂闊に突撃を仕掛けるのは、先頭部分に集中攻撃を受ける恐れがある。ノヴァルナの命令で、キオ・スー艦隊は砲撃を繰り返しながら、整然と進みだした。

「敵は出て来ませんなぁ」

 キオ・スー艦隊の速度を合わせた前進状況を戦術状況ホログラムで見て、側近のパクタ=アクタが安堵したように言う。焦りを見せていたカダールも愁眉を開いて言い放った。

「こちらの縦深陣を恐れているのだ。いいぞ、このまま後退…いいや、転進を続けながら、態勢を立て直せ!」

 “後退”という言葉を使いたくないカダールは、“転進”という言葉を使って、状況の更なる立て直しを図るよう命じる。




▶#11につづく
 
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