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第20話:奸計、陰謀、策略…
#17
しおりを挟むキオ・スー市の港湾部。宇宙港と一体化したその南側に倉庫街があった。
他の星系から輸入した品々を保管している倉庫は、アンドロイドをはじめとした様々なロボット類による自動化が進み、広大な面積の倉庫街も、実際に働いている人間の数は驚くほど少ない。
その内の何の変哲もなく、飾り気もない無骨な倉庫の一つ―――警報装置や監視装置に細工が施されている倉庫の中に、人体を殴打する鈍い音と若い男の呻き声、そして若い女性の悲鳴が上がった。
「うぐぅッ!!」
厳つい軍靴に腹を蹴りつけられたキノッサが、苦しさに耐え切れず床に転がる。後ろ手に拘束されていては、自分の腹を押さえて苦痛を紛らせる事も不可能だ。痛みに歪むキノッサの顔には、顎と左の瞼に紫色の腫れが出来ていた。口の中を切ったのか、唇の端からは鮮血の筋が流れた跡がある。
「キーツ!!」
蒼白となった顔でキノッサの名を呼ぶネイミア。周囲を取り囲むのはカルツェの居城、スェルモル城に配備されている陸戦隊一個小隊だった。彼等の作る輪の中にはクラード=トゥズークがおり、キノッサがこの陸戦隊の小隊長に痛めつけられる様を、無表情で眺めている。
大きな図体のわりに神経質そうな顔の小隊長は、抵抗できないキノッサの腹を、さらに二度、三度と蹴りつけた。「ガハッ!…ゲヘッ!」と、ネイミアの作った弁当の中身を、吐き戻しそうな声を上げるキノッサ。
「やめて! お願いだから、もうやめて!!」
悲痛な口調で哀願するネイミア。その言葉を聞き入れたわけではないだろうが、クラードはゆっくりと歩き出しながら、小隊長に「中尉。その辺でいい」と告げ、理不尽な暴力をやめさせた。床の上で咳き込んだキノッサは、クラードを見上げて弱々しく問いかける。
「な…なんで…こんな事…?」
だがクラードはキノッサを無視して通り過ぎ、その向こうで怯えた表情を見せているネイミアに歩み寄った。クラードが近づくにつれ、ネイミアの表情はさらに強張って来る。
「さて…ネイミア=マルストス嬢」
纏わりつくような調子でネイミアの名を呼ぶクラード。「なっ!…なに!?」と、ネイミアは身をすくませた。彼女にまで危害が及ぶと思い、今度はキノッサが必死に訴える。
「やっ!…やめるッス!! その子は―――」
「慌てるな!」
キノッサを振り向きもせず、クラードは鋭い声で遮った。そしてネイミアを見据えて話を続ける。
「少し、話をしようか…取引の話を」
「と…取引?」
恐る恐る問うネイミア。対するクラードは事も無げに言う。
「なに、よくあるパターンの取引さ。仲間の命が惜しければ、私の命令に従えという、パターンのね」
クラードのネイミアに向けた物言いは、武家言葉ではなく一般人のそれだった。彼女が武家階級の出身ではないからだ。ノヴァルナの近くに仕える人間では、ネイミアは唯一の民間人女性だった。そしてこの“唯一の民間人女性”という事が、クラード達に狙われた理由なのである。
あとずさりするネイミアの衣服の襟を、背後にいた陸戦隊員が掴み取った。動きを封じられたネイミアに、間近まで距離を詰めたクラードは、懐から小振りな試験管のような透明の容器を取り出す。封をされたそれには、淡い緑色の液体が詰められていた。事務的な口調でクラードが告げる。
「この中には惑星グニシアの毒蛇、グラスバインダーの毒を集めたものが、入っている。これ一本で、惑星バドウルラムの巨獣ガンザム・ガンザが、十体は倒せる量がある―――」
そしてクラードは、僅かに口元を歪めて続けた。
「これを、ノヴァルナ様が口にするものに入れるのだ」
「!!!!」
それを聞き、顔を青ざめさせるネイミアと、床に転がったままのキノッサ。何か言おうとする二人に、クラードが先回りする。
「おおっと。できません云々で、余計な手間を取らせてくれるなよ。こちらの返答もお決まりの台詞だからな」
皇国貴族院情報調査部を名乗るベリン・サールス=バハーザから、カルツェに与えられた指示は、ノヴァルナの暗殺であった。バハーザはノヴァルナやノアが、身近に置いたネイミアの出す飲食物だけは、無条件に口にする事を知っており、それに毒を混入させるよう、この“グラスバインダーの毒”を与えたのである。
「ネッ!…ネイ! 言う事聞いちゃ駄目ッス!」
叫ぶキノッサ。チッ!…と舌打ちしたクラードは、「余計な手間を取らせるな…と言ったはずだが」と面倒臭げに呟き、小隊長に目配せした。再びキノッサの腹を蹴りつける小隊長。
「うげぇッ!!」
呻いて身をよじるキノッサの姿に、ネイミアは「やめてぇ!!」と悲鳴を上げる。
「もぅ…やめて………」
涙を零すネイミアを無視し、クラードはキノッサに冷たく言い放つ。
「言う事を聞かないという事は、二人とも死ぬという事…おまえはこのマルストス嬢を道連れに死ぬつもりか? この女を殺していいのか?」
「ひ…卑怯ッス…」
キノッサの詰る言葉にふん…と鼻を鳴らし、ネイミアに向き直ったクラードは、淡々と告げた。
「きみも同じだマルストス嬢。成功すればカルツェ様が新当主の名誉にかけて、二人の身の安全を保証して下さる。報酬もくれてやるから、あとは二人でどこへでも行くがいい………」
【第21話につづく】
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