439 / 508
第21話:野心、矜持、覚悟…
#11
しおりを挟む普段から怒られ慣れているキノッサだったが、さすがにこのレベルのノヴァルナの怒号には、今も身を震え上がらせる。
「奴等の脅しに屈した時点でなぁ、ネイミアはアウトなんだよ!!」
「そ…そそ、それは私の命と引き換えに、脅されたからで―――」
「だったら、二人揃って死んどけや!!」
「!!!!」
まるで敵兵に対するようなノヴァルナのきつい言い方に、キノッサは半ば怯え、半ば怒りを感じて顔を青ざめさせた。しかしノヴァルナは、かつての傍若無人に振舞っていた頃のようにお構いなしだ。
「カルツェ達は、民間人のネイミアなら脅しに屈して、言う事をきくに違いねぇと踏んで、てめぇと一緒に捕まえたんだろが。その通りになりやがって!」
「それは!…」
「違うだろが!! たとえ身内を人質にされようが、血反吐を吐くような拷問を受けようが、脅迫を拒む!…星大名の傍に仕えるなら、それが正解なんだよ!!」
キノッサにもノヴァルナの言っている事は理解できる。『ホロウシュ』やカレンガミノ姉妹なら敵に捕らえられて、どのような惨い目に遭わされても、ノヴァルナやノアの命を狙えという脅迫になど、決して屈しないだろう。しかしだからといって、今のノヴァルナの冷酷な物言いは、キノッサには受け入れ難かった。
「だけど…だけど、わたくしもネイも、これまで誠心誠意お仕えして来たつもりです。わたくしはともかく、ネイにそのような言い方は―――」
ところがこういった説得の仕方は、今のノヴァルナに対して、怒りの炎に油を注ぐだけである。キノッサが言い終わる前にズカズカと歩み寄ったノヴァルナは、胸ぐらを掴んで、「いい加減にしやがれ!!!!」と手荒く突き飛ばした。
「覚悟のねぇヤツがどんなに仕えようが、雑魚でしかねーんだよ!!!!」
「そんなあんまりな…」
さらに抗議しかけるキノッサに、「うるせぇ!!!!」と怒鳴ったノヴァルナは、ぐい!…と指を差して言い放つ。
「いつまでトチ狂ってやがる!! 目ぇ覚ませ、サル!!!!」
「!!??」
そう言われてキノッサはノヴァルナの怒りの方向が、自分の考えているものと違うらしい…と気付き始めた。これはもしやネイミアの解雇は、単なる今回の不手際に対しての、自分との連帯責任ではないのではないか…キノッサの眼が、何かを考え始めたものに変わったのを見たノヴァルナは、少し口調を和らげて問う。
「ふん。ちったぁ物事を考える気になったか…じゃあ、てめぇに訊く。今回の事件で誰か、てめぇやネイミアを進んで助けようとしたヤツがいたか?」
ノヴァルナの剥き出しの言いざまに、キノッサは「ウッ…」と返す言葉に詰まった。確かにあの時、自分が助け出されたのは事件の一番最後、降伏したスェルモル城陸戦隊の兵士が、居所を告げた事によるもので、キオ・スー側の制圧行動中は誰も、キノッサの安否など気にはしなかったのだ。そしてネイミアに至っては、メイアに何の迷いも無く撃たれていた。
「………」
現実を突き付けられて、キノッサもようやく頭を冷やした。どんなにノヴァルナの側仕えで勤勉に働いても、民間人あがりの下っ端でいる限り、ノヴァルナが言った通りに自分やネイミアは“雑魚”に過ぎないのである。
理不尽なようだが、銀河皇国も宙域星大名政権も民主主義ではなく、主君を頂点とした専制・封建政体であり、ヒエラルキー構造の社会である以上、個人の価値に差があるのは当然の事なのだ。そしてこのような社会構造であるからこそ、這い上がろうとしていたのが、キノッサの野心のはずだった。
“ネイミアのクビも全部…俺っちのせいなのか”
いくらネイミアを擁護しても、自分自身にそれを訴えるだけの価値が無ければ、聞き入れられるはずも無いのだ。そう思ったキノッサは、ノヴァルナの怒りの意味が分かりかけて来た。そこへ飛んで来る、ノヴァルナの“猿呼ばわり”の声。
「サル!!!!」
だが今度は怒号ではない。キノッサは「はっ…」と応じ、その場で頭を垂れて片膝をつき直した。ノヴァルナはキノッサの前で腕組みをし、説教口調で告げる。
「俺の言いてぇ事を、少しは理解したか?」
「はっ…」
「…ったくよ。頭の回転の速さが、てめぇの売りじゃなかったのかよ。オンナ絡みでのぼせ上がんのなんざ、十年早ぇってんだ」
「はっ…」
自分と三歳しか違わないノヴァルナに、“十年早い”とか言われるのはどうか、と思うが、ここはキノッサも逆らわずに聞く。
「…ったく。五年前に俺んトコに来た頃の、ギラギラとした抜け目の無さはどうした!? ネイミアと一緒に働くようになってからのてめぇは、小さく纏まろうとしてばっかじゃねーか! ひと山幾らのような奴なら、別に仕えてもらわなくてもいいんだよ!!」
これを聞いたキノッサは、うつむいたまま歯を喰いしばった。腹立たしいが正論である。ノヴァルナのような才気あふれる主君の傍で、平民から成り上がろうとするなら、凡庸である事は許されるはずもない。やはり今の自分では、ネイミアの解雇に赦しを乞う資格は無い…という事なのだ。
「サルッッッ!!!!」
一拍置いてノヴァルナは、天雷のような声で厳しくキノッサを呼びつけた。
「相分かったかッ!!!!」
「はっ…」
うなだれたままのキノッサを睨み付け、ふん…と鼻を鳴らしたノヴァルナは、口調を鎮めて淡々と告げる。
「ネイミアは明日15時キオ・スー発の、中立宙域巡回旅客船に乗せる。間に合うように見送りに行ってやれ…てなわけで用は済んだ。下がって休め」
「御意…」
失意ありありといった感じで両肩を下げ、ノヴァルナの前を辞するキノッサ。その後ろ姿にノヴァルナは再び、ふん…と鼻を鳴らした。するとノヴァルナの席の背後に提げられた、『流星揚羽蝶』紋のタペストリーの横からノアが姿を現す。そこには私室区画からこの執務室へ通じる、専用通路があるのだ。
「随分、冷たい言い方するのね」
ノヴァルナのキノッサに対する態度を、咎めるふうも無く指摘するノアは、椅子に座る夫の肩を、後ろから手で揉んでやる。別にノヴァルナの肩が凝っているというのではなく、今の“演技”の労をねぎらう意味合いだ。
「ん?…まあな」
素っ気なく返事するノヴァルナに、ノアは少しからかう口調で問い掛ける。
「昔…ムツルー宙域で、自分が星大名の次期当主だという立場も考えずに、人質のお姫様を命懸けで助けようとした、誰かさんの言える言葉だったのかしらね?」
「んなもん、人は人、俺は俺だ」
偉そうに胸を張って言うノヴァルナに、ノアは思わず吹き出した。
「それ、なんか使い方違うし」
「ばーか。そこは“私ってウォーダのイケメン殿下に、星大名の座を投げ捨てさせるぐらいのイイ女”って、喜ぶトコだろが」
「やだぁ。ホントですかぁ」
ノヴァルナの返し言葉に、いま惑星ラゴンで流行のアイドルグループ、“キオス坂44”ばりの可愛い系の反応をしてみせるノア。だがそれをジト目で見たノヴァルナは、そっぽを向いて言い放った。
「すまん。忘れてくれ」
「こら!」
という感じでイチャついておいて、ネイミアを去らせるノヴァルナの心情を慮ったノアは、静かな口調で話し掛ける。
「淋しくなるわね…」
「そうだな…」
「早く帰って来てくれたら、いいんだけど」
「そいつはキノッサ次第さ…だがまぁ、あのヤローは転んでも、タダで起きるようなヤツじゃねーからな。それが出来なきゃ、俺の目が節穴だったって事さ」
そう言ってノヴァルナは気分をがらりと変え、続けた。
「て事で、今からツーリング行こうぜ。キオ・スー湾周回道路沿いの早咲き桜が、いい感じらしいからな」
やれやれといった表情で、冗談まじりに応じるノア。
「いいけど。誰かに狙われても知らないわよ」
▶#12につづく
0
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中
あ、まん。@田中子樹
ファンタジー
仕事一筋40年。
結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。
定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。
だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。
唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。
化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。
彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。
現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。
これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
ソラノカケラ ⦅Shattered Skies⦆
みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始
台湾側は地の利を生かし善戦するも
人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね
たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される
背に腹を変えられなくなった台湾政府は
傭兵を雇うことを決定
世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった
これは、その中の1人
台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと
舞時景都と
台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと
佐世野榛名のコンビによる
台湾開放戦を描いた物語である
※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる