銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

文字の大きさ
441 / 508
第21話:野心、矜持、覚悟…

#13

しおりを挟む
 
 キノッサが胸の内に喪失感を秘めながらも、これまで以上に職務に励みだしたその頃、ノヴァルナのいとこヴァルキス=ウォーダに居城、アイノンザン城を訪れていた者がいる。カルツェとクラードに最後の謀叛を教唆した、ベリン・サールス=バハーザだ。
 カルツェ達の最後の謀叛の途中で姿を消したバハーザは、キオ・スー家の緊急配備の網を掻い潜り、惑星ラゴンを脱出していたのである。

 だが疑問であるのはバハーザがここ、アイノンザン星系にいる事だった。銀河皇国情報調査部を名乗るバハーザは、イマーガラ家のオ・ワーリ宙域侵攻でノヴァルナ達キオ・スー家が滅ぼされたあと、ヴァルキスより正統血統に近いカルツェを、イマーガラ家の傀儡のオ・ワーリ宙域統治者として認めさせるため、暗躍していたはずである。



となると、導き出される解答は…罠―――



 ウォーダ一族宗家のキオ・スー城のそれより、ふた回りは小さく思えるアイノンザン城の謁見の間で、ベリン・サールス=バハーザは玉座を前に片膝をつき、忠節を示して頭を深く下げていた。
 謁見の間には玉座に座るヴァルキスの他は、その傍らに立つ雌雄同体のロアクルル星人の副官にして愛人の、アリュスタ以外誰もいない。

 ヴァルキスは頭を下げたままのバハーザに対し、鷹揚な態度で告げた。

「頭を上げられよ、サールス卿」

「はっ…」

「この度の卿のご協力…感謝に堪えません」

「首尾よく事が運んで、良うございました」

 薄笑いを浮かべて告げるバハーザに、ヴァルキスは眼を細めて頷く。

「これもサールス卿の、優れた演技力の賜物でしょう」

 ヴァルキスの言葉に、バハーザは指先でこめかみを掻きながら応じた。

「正直、これほど容易いとは思いませんでした。策謀家のクラード殿がいながら、大して疑いもせずこちらの話に乗られて…」

「フ…他人を罠にかける事ばかり考えていると、逆に自分が罠の中にいる事に気付かない、という事なのでしょう。もっとも、これまでの事で立場的に、追い詰められていた…のもあるでしょうが」

「なるほど…さすがのご見識ですな」

 半ば追従であることが明白なバハーザの言いように、ヴァルキスはこの男との会話に興味を無くしたらしく、事務的な口調で告げる。

「では約束の残金は、ご指定された別の口座に」

「宜しくお願い致します」

 バハーザの方も長居をするつもりはないらしく、おもむろに立ち上がると、「また何か、お役に立てる事がございましたら、いつでも…」と言い残し、謁見の間を辞して行った。その姿が閉ざされる扉の向こうに消えると、副官のアリュスタは些か眉間に皺を作り、不快げな表情で思っている事を口にする。

「貴族院の諜報部員も…今や、金の亡者とは」

「そう言うな―――」とヴァルキス。

「あれが今の銀河皇国中央の実情だ。ノヴァルナ様がご自分の眼で、見て来られた通りのな」

「はい」

「彼もかつては忠義の士であったに違いない。情報調査局ともなれば、なおさらにな…彼はノヴァルナ様のご報告にあった、中立宙域の私設兵団『ヴァンドルデン・フォース』と同じだ。その失望の発露の方向が違うだけさ」

「なるほど…」

 理解を示すアリュスタの腰に、ヴァルキスは腕を回して引き寄せた。雌雄同体のロアクルル星人だが、その細い腰回りは女性的だ。

「それに、彼のような人間がいたおかげで、上手くカルツェ様を退場できた」

 そう言い聞かせるヴァルキスに引き寄せられるまま、体を預けたアリュスタは、少し口調を軽くして言う。

「とは言え、あやうくノヴァルナ様を、殺してしまうところでしたが?」

 アリュスタの言葉にヴァルキスは、「ハハハ…」と乾いた笑い声を発した。副官が指摘したのは、今年の2月3日に植民惑星リベルテルで起きた、ノヴァルナ爆殺未遂事件である。
 農園管理用だと思っていた反重力プローブが、『ホロウシュ』達とバイクで突っ走っていたノヴァルナの直前で爆発し、重傷を負わさせたのだが、あれは実は、これまでの行動で、ウォーダ家内での立場を悪くしていたカルツェとその支持派を、さらに追い詰めるためにヴァルキスが画策したものであった。ギリギリの安全距離を置いて爆発させる事が目的で、ノヴァルナの殺害を目的としたものではなかったのだ。

「まさかノヴァルナ様がいつも、あれほどのスピードを出しておられるとは、思わなかったからな。自爆したプローブも驚いてたんじゃないか?…しかしまぁ、そのおかげで、真実味は増した」

「面倒な話ですね…どうせなら、カルツェ様を生かしておいた方が、後々楽にだったでしょうに」

「前も言ったろ?…ギィゲルト・ジヴ=イマーガラ様は、ご自分の手でノヴァルナ様を討って、亡きタンゲン殿の無念を晴らしたいのだ、と」

「私怨…ですか?」

「ああ、私怨さ。現在のイマーガラ家の隆盛はすべて、セッサーラ=タンゲン殿の功労によるもの。そのタンゲン殿を無念の死に追いやったのはノヴァルナ様。そのノヴァルナ様を我等が暗殺して首を差し出しても、不興を買うだけだ」

「トーミ、スルガルム、そして事実上ミ・ガーワと、三宙域を支配するシグシーマ銀河系有数の大々名であるギィゲルト様が、私怨でノヴァルナ様を討つとは…正直なところ、失望を禁じ得ませんね」

 アリュスタがそう言うと、ヴァルキスは冷めた口調で告げる。

「星大名も所詮は人の子…という事さ。その点ではノヴァルナ様も、カルツェ様も然り。ノヴァルナ様は早々に、カルツェ様を切り捨てるべきであったのを、肉親という事でズルズル引きずる結果となった…」

 アリュスタはヴァルキスにしな垂れかかりながら、言葉の続きを紡ぐ。

「それをヴァルキス様が、整理整頓されたというわけですね?」

 “整理整頓”というアリュスタの言い回しは少々的外れだが、含み笑いと共に頷いたヴァルキスは、甘えたそうにしているアリュスタの頬を指先でひと撫でして、自分の思いを口にした。

「カルツェ様は以前の謀叛に失敗した際、クラード=トゥズークなどという得体のしれない側近など粛清して、ノヴァルナ様に忠誠を誓えば良かったんだ。トゥズークを罰せずに弟君に任せたのは、ノヴァルナ様からの宿題だったのさ。どころがカルツェ様はトゥズークをそのまま傍に置き続けた」

「その理由は?」とアリュスタ。

「カルツェ様も内心では、ウォーダ家当主の座を、諦めてはいなかったって事だ。表立ってはノヴァルナ様に従いながら、トゥズークが何か策謀を巡らすのは黙認して、それが上手く行けば担ぎ上げられてやって、当主の座に座るつもりだったんだろう…もっとも、その後に待っているのはカルツェ様対トゥズークの、決勝戦だろうけどね」

「業が深い話ですね」

 そう言いながら顔を寄せて来るアリュスタに軽く口づけし、ヴァルキスは持論の開陳を続ける。

「そうだね。私がノヴァルナ様は身内に甘いと言ったのは、この状況を知っていながらカルツェ様とトゥズークに対し、いつまで経っても、なんの処分も下さなかった事についてさ。こんな事を続けていたらイマーガラ家の侵攻の際、ノヴァルナ様が背後から撃たれるだけだ」

 以前にも述べた通り、ヴァルキスには性格的に歪んだ部分があり、ノヴァルナを破滅に導こうとしている一方で、本心から敬愛し、憧れていて、その気持ちを示したいと思っていたのだ。カルツェとクラードを罠に嵌め、排除したのも、ヴァルキスなりのノヴァルナへの忠節だったのである。

「前にきみにも言ったように…私は壊れているんだ。私が望んでいるのは、全ての因縁から解き放たれた敬愛すべきノヴァルナ様が、全力でイマーガラ家と対峙して滅んでゆく姿を観ること…破滅の美学というものを、私に見せて頂く事なんだよ」
 
「ほんとうに…しょうがないお方ですね」

 そう言いながらアリュスタは眼を細め、ヴァルキスの髪を手指で愛おしそうに掻き撫でてゆく。「ああ。自分でもそう思うよ」と応じたヴァルキスに、アリュスタは囁いた。

「…ですから、これほどまでにお慕い申し上げているのでございます…」

 そこに執務室のドアがノックされ、少々不躾に入室して来る若者。ヴァルキスの弟、ヴァルマスである。ヴァルマスは兄のヴァルキスとは似ておらず、細身でどこか鋭利な刃物を思わせる兄と対照的に、丸顔で温厚そうな顔をしていた。

「邪魔をするぞ、兄者」

「ふ…ヴァルマスか」

「ヘルタスから聞いた。カルツェ様を謀殺したそうじゃないか?」

 あけっぴろげに言うヴァルマスに一瞬、切れ長の眼を見開いた。見た目と同じくヴァルマスはオープンな性格で、兄とは対照的だ。ただヴァルキスは自分の持たないものを持つ、このようなヴァルマスが嫌いではない。

「うむ…」

 短く応じるヴァルキスに、ヴァルマスは口元を大きく歪めて告げた。

「そうか…なら、俺も死なねばなるまい」

 ヴァルマスは約一年半前から、ノヴァルナに対するヴァルキスの忠誠の証…つまり人質を兼ねて、ノヴァルナのキオ・スー=ウォーダ家で、宙雷戦隊司令官の座を与えられていた。今回の兄の暗躍が表面化すれば、人質となっている自分がノヴァルナから死を賜る事になるだろう…と、ヴァルマスは考えたのだ。

 しかしヴァルキスは、弟の発言に首を振って反論する。

「いいや。おそらくノヴァルナ様は逆に、おまえを重用して下さるに違いない…おまえはそれに報いて、命を懸けて最後まで忠節を尽くせ。ノヴァルナ様とはそういうお方だ」

「兄者…」

 ヴァルキスの言葉に、ヴァルマスは複雑な表情を浮かべる。兄の様子が、ノヴァルナに重用されるだろうと示唆した自分を、羨ましがっていると、理解したからである。つくづく業の深い兄だと思う。そしてそこから導き出される結論は、アリュスタと同じであった。

「ハッハッハッ…兄者はまったく、どうしようもないな」

 すると二人の会話のタイミングを見計らっていたかのように、ヴァルキスの執務机でインターコムの呼び出し音が鳴る。ヴァルキスが操作パネルに指を走らせ、通信ホログラムスクリーンが展開すると、アイノンザン=ウォーダ家の筆頭家老ヘルタス=マスマが姿を現した。薄灰緑色の肌をし、眉間に赤外線を探知できる第三の眼を持つポーラル星人のヘルタスは、驚くべき情報をさらりと告げる。

「ヴァルキス様。イースキー家のギルターツ様がご逝去されました」

 それを聞き、「ほう…」と目を光らせながらヴァルキスは、報告を求めた。

「聞かせてもらおうか…その経緯を」





▶#14につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中

あ、まん。@田中子樹
ファンタジー
仕事一筋40年。 結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。 定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。 だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。 唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。 化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。 彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。 現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。 これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

ソラノカケラ    ⦅Shattered Skies⦆

みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始 台湾側は地の利を生かし善戦するも 人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される 背に腹を変えられなくなった台湾政府は 傭兵を雇うことを決定 世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった これは、その中の1人 台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと 舞時景都と 台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと 佐世野榛名のコンビによる 台湾開放戦を描いた物語である ※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()

処理中です...