銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第22話:フォルクェ=ザマの戦い 前編

#01

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 皇国暦1560年4月15日。この日イマーガラ家では、正式に皇都惑星キヨウを目指す上洛軍進発の発令があった。

 上洛開始は5月1日。その戦力イマーガラ軍宇宙艦隊25個、艦艇2314隻。これにミ・ガーワ宙域星大名トクルガル家の宇宙艦隊5個、艦艇355隻が加わって、補給部隊も合わせるとおそらく、戦国最大規模の遠征軍となるはずである。

 進路はミ・ガーワ宙域を抜けオ・ワーリ宙域へ入り、そこから中立宙域を通って皇都惑星キヨウのあるヤヴァルト宙域へ到達するというもので、ウォーダ家以外の勢力…ミノネリラ宙域のイースキー家、オウ・ルミル宙域のロッガ家などからは、その上洛を妨害しない旨の約束を取り付けてある。
 そもそも上洛の目的が、ミョルジ家に事実上の支配を許している皇国中央の、秩序の回復という大義に基づいているため、妨害のしようもない。またイマーガラ家の周囲のタ・クェルダ家や、ホゥ・ジェン家とは同盟関係にあり、戦力の空白状態を突いて、これらが侵攻して来る可能性は低かった。

 惑星シズハルダの本拠地スーン・プーラス城の、大会議場に集めた各艦隊司令官に対し、まず開始されるウォーダ家討伐戦の概要が、オ・ワーリ宙域の星図を映し出した大型ホログラムスクリーンをバックに、女性筆頭家老シェイヤ=サヒナンから説明されている。

「このように、オ・ワーリ宙域へ進出した我々は、真っ直ぐウォーダ家の本拠地惑星、ラゴンを目指します。かつてはヴァルツ=ウォーダの指揮のもと、勇猛で名を馳せたモルザン星系艦隊も今や見る影は無く、他の独立管領にも我々の後背を脅かすだけの戦力はありません」

「まさに、“力押し”だな」

 合いの手のように口を挟んだのは、第5艦隊司令官モルトス=オガヴェイ。今年六十歳を迎える白髪頭のベテラン武将だ。モルトスの言葉に頷いたシェイヤは、ホログラムスクリーンの中で、惑星ラゴンのあるオ・ワーリ=シーモア星系を拡大した。

「シーモア星系の十個の公転惑星それぞれに、宇宙要塞が存在していますが、我々の進攻時期的に一番至近距離に来るのが、この第7惑星サパルにある宇宙要塞『マルネー』だと思われます。これだけはまず、先に潰す必要があります」

 何人かの艦隊司令が頷く。すると会議室の中央にいた当主のギィゲルト・ジヴ=イマーガラが、おもむろに口を開いた。

「トクルガル殿」

「はい」

 端の席にいたイェルサス=トクルガルが立ち上がる。

「そち。マルネーを落とせるか?」

 ギィゲルトの問いに、二十歳のイェルサスは口元を引き締めて応じた。

「先鋒は武人の誉れ。必ずや要塞をとして見せましょう」


 
 その夜、スーン・プーラス城内のバーラウンジでは、モルトス=オガヴェイの誘いで、筆頭家老シェイヤ=サヒナンや、艦隊司令官職を兼任する幾人かの家老が集まり、グラスを傾けていた。

 高級官僚や高級士官向けのラウンジであるため、大声で騒ぐ輩もおらず、控え目な照明のホール内には、古典音楽のピアノ曲がこちらも控え目に流れている。

 カラリ…と氷が鳴る空のグラスをテーブルに置き、代わりのブランデーを注ぎながら、モルトスは皮肉めいた表情で告げた。

「いやはや…トクルガル殿を先鋒とは。ギィゲルト様も悪趣味な事よ」

 モルトスが口にしたのは昼間の会議で、ウォーダ家のオ・ワーリ=シーモア星系への進攻に、イェルサス=トクルガルを先鋒として、ギィゲルトが指名した話だ。
 イェルサスは四年前までウォーダ家で人質となっており、現当主のノヴァルナ・ダン=ウォーダから、弟分として大事に扱われていた。表にこそ出しはしないが、その時の恩義をイェルサスは今も深く感じ、懐かしんでいるのはイマーガラ家の誰もが知っている事実である。

「ギィゲルト様は、トクルガル殿の忠義を試そうと、されておられるのではないですか?」

 そう尋ねるのはシェイヤ=サヒナン。三十代後半の女性家臣で、地位からすればこの場に居合わせる誰よりも高いのだが、この場に居合わせる誰よりも若いため、敬語を使っている。

「試すも試さぬも、逆らいようがないがな…」

 そう言って手にしたグラスに口を付けるのは、第8艦隊司令のブルート=セナ。こちらも古参の重臣だ。それに第12艦隊司令のグェンゼイ=インヴァーが、頷いて応じる。

「トクルガル家の五個艦隊が、ウォーダ家に寝返ったところで、勝敗は変わらぬであろうからな」

 だがモルトスは首を振って、それらを否定した。

「いいや。トクルガル殿は全力でノヴァルナ殿と戦うであろうよ。トクルガル家の当主たらんとして…そして、なにより成長した自分を、ノヴァルナ殿に認めてもらうためにな」

「それが悪趣味と?」とシェイヤ。

「ああ。トクルガル殿のそのような心意気を知ったうえで、先鋒としてノヴァルナ殿と戦わせる…戦わせる相手ならばこの先、ヤヴァルト宙域に幾らでもおるというのにな」

「しかし私達は…」

 言い掛けるシェイヤに、ブランデーをぐい!…と煽ったモルトスは、ぶっきらぼうに告げた。

「わかっているさ。すべてはギィゲルト様の御意のままに。我等はそれに従い戦場を駆ける…それが武人の本懐だからな」
 
 だがそうは言ったモルトスの眼には憂いの陰もある。大々名イマーガラ家の筆頭家老を若くして務めるだけあって、シェイヤ=サヒナンの洞察力は幾分のアルコールを得ても、鋭くそのモルトスの憂いを捉えた。

「ご納得できないものがお有りでしたら、この際、吐き出されてはいかがです?」

 これを聞き、モルトスは白髪頭を指でひと撫でし、苦笑を浮かべる。

「いやはや。そのような言いよう…口調こそ違えど、まるで生前のタンゲン様が、おられるかのようだわい」

 モルトスの言葉に、同席する艦隊司令官達の顔が全て、同意の穏やかな笑みに包まれた。偉大であった前宰相のセッサーラ=タンゲンの後を継ぎ、肩の荷も重いはずのシェイヤだが、その手腕は誰もが評価するところであるからだ。

「納得できぬもの…か」

 そこで言葉を止めるモルトスの手の中で、グラスの中の氷が再び、カラリ…と音を立てた。前屈みの姿勢から虚空を真っすぐ見据え、モルトスは続ける。

「…この皇都遠征。果たして我等にとって、真に大義に基づくものなのか…という気が、日に日に増して来ておってな」

「大義ならば、有るではありませんか。皇都と星帥皇室を事実上の人質にして、専横を振るうミョルジ家の排除。その後の銀河皇国の秩序回復!…全てはこれに尽きましょう」

 そう言うのは第7艦隊司令官のレンリュー=イ・オー。イ・オー家を継いだばかりの将官で、今回の遠征を、自分が戦功を立てる好機と捉えている男だ。それに対してベテランのモルトスは、理論立ててそれを否定する。

「いいや。大義とするには弱い。なぜならば今回の遠征はあくまでも、皇国の主要貴族からの依頼であって、星帥皇のテルーザ陛下からの上洛の勅命は、頂いておらぬからだ。つまりは今回の遠征は、ミョルジ家の存在を良く思わない、皇国中央の上級貴族達の思惑に乗ったものに過ぎぬ」

「む…では、ギィゲルト様はその事に、気付かれておられないと?」

 前出のブルート=セナがそう問い質すと、思うところがあったのか、モルトスではなくシェイヤがそれに答える。

「いえ。その程度の事を理解されぬギィゲルト様では、ありますまい」

「それでは?」

 不審げに尋ねるセナに、今度はモルトスが応じた。

「知った上で便乗されたのよ。あの日以来、ずっと抱き続けられて来た、タンゲン様の仇…ノヴァルナ憎しの思いのもとにな」

 それこそがモルトスが抱く、主君ギィゲルトへの疑念だった。そしてそれはヴァルキス=ウォーダが指摘した、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラのノヴァルナに対する、“私怨”そのものだ。
 
 銀河皇国貴族院筆頭議員を務める、バルガット・ツガーザ=セッツァーをはじめとした上級貴族達は、貴族を中心とした旧来の皇国秩序の回帰を目指し、イマーガラ家に上洛を求めたのだが、肝心の星帥皇テルーザからは、勅命を得られないままである。

 そのためこの上洛はあくまでも、イマーガラ家の独断行動となっており、皇国秩序の回復を、表立って上洛の大儀とするのは弱かった。それを知った上で、当主のギィゲルト・ジヴ=イマーガラが上洛に踏みきったのは、ウォーダ家との戦力差が充分に開いた今、上洛の途中でノヴァルナを斃し、亡きセッサーラ=タンゲンの無念を晴らすのを、目的にしたからに他ならない。



 東洋の龍を思わせる頭を持ったドラルギル星人のセッサーラ=タンゲンは、当時まだ若輩だったギィゲルトを補佐し、イマーガラ家の家督争いの決戦場、ハンナ・グラン星系会戦で勝利させて当主の座に就かせた。
 しかも、その後も宰相として辣腕を振るい、国力を向上させ、タ・クェルダ家、ホゥ・ジェン家との間で“三国同盟”を締結。さらにはミ・ガーワ宙域にも勢力を伸ばし、弱体化していた宙域領主のキラルーク家を吸収すると、すでに複数の星系を支配下に置いて星大名化し始めていた、トクルガル家も従属させて、ミ・ガーワ宙域をも支配圏に置くという、まさにイマーガラ家の屋台骨そのものという存在だったのだ。

 その性格は厳格で時として冷徹無比、初陣のノヴァルナに戦いへのトラウマを植え付けて捕えるため、新興植民惑星キイラの住民五十万人を全て焼き殺すなど、非情な面もあるが、政権運営についてはこの上なく公明正大であった。
 またその一方で、ギィゲルトの嫡子ザネル・ギョヴ=イマーガラに対しては、まるで自分の孫のように好々爺ぶりを見せる面もあり、このようなタンゲンをギィゲルトだけでなく、シェイヤ=サヒナンや現在の家老達は皆、師父として敬愛していたのである―――



 それゆえに四年前、死の病に冒されたタンゲンが、将来的にイマーガラ家にとって大きな禍根となるであろうノヴァルナを道連れに死のうとした、恒星ムーラルの戦いで、ノヴァルナの後見人セルシュ=ヒ・ラティオの、捨て身の阻止行動で無念の死を遂げた事は、イマーガラ家の将官の誰にとっても痛恨事だった。

「一番の問題はな―――」

 モルトスは苦笑いと共に、全員の顔をひとわたり見て続けた。



「上洛目的が、本当はタンゲン様の仇討ちである事を、皆、心のどこかで理解し、期待しておるところよ。ワシも含めて…な」






▶#02につづく
 
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