銀河戦国記ノヴァルナ 第２章：運命の星、掴む者

第23話：フォルクェ＝ザマの戦い 後編

＃10

　
皇国暦１５６０年５月１９日 皇国標準時間１０：３８―――



　ギィゲルト・ジヴ＝イマーガラは上機嫌であった。シェイヤ＝サヒナンのイマーガラ軍第３艦隊とトクルガル軍第２艦隊が、ウォシューズ星系でナガン・ムーラン＝ウォーダ家の艦隊を撃破したという報告から、一時間も経たぬうちに、イェルサス＝トクルガルより、オ・ワーリ＝シーモア星系第七惑星の宇宙要塞攻略を完了したという連絡が入ったのだから無理もない。

　そのギィゲルトを乗せた総旗艦『ギョウビャク』は、直卒の第１艦隊を従えて当初の作戦計画通り、第八惑星ルグラと第七惑星サパルの公転軌道の間に広がる、小惑星帯のフォルクェ＝ザマへ向かう。本陣を設営するためだ。
　第七惑星サパルの宇宙要塞『マルネー』攻略に必要性があったのは、両家の攻防戦の生起予想地点への支援砲撃を封じるとともに、この本陣の位置を知られ、要塞主砲で狙撃されるのを防ぐためでもあったのだ。

「ホッホホホ…イェルサスめ、ようやった。ようやった」

　主君の肥満体に合わせ、通常のものより大きなサイズの司令官席に、体を預けているギィゲルトは、いつもの手癖である扇を弄びながら、満足げに何度も頷いた。

「通信参謀」

　ギィゲルトに呼ばれ、司令官席の背後に並ぶ参謀達の中から、テントウムシのようなカレンディ星人の男が、「はっ」と速足で歩み寄る。

「我の名で労いの言葉を送り、補給部隊を護衛して、オーダッカ星系へ向かうよう命じてやれ。向こうで補給と整備と休養を取らせるように」

「御意！」

　通信参謀が去ると、ギィゲルトは艦橋中央の戦術状況ホログラムを見渡して、両軍の動きを確認したあと、情報参謀を振り向いて無言で扇を上下し、自分のもとに呼び寄せた。

「お館様」

　上体を屈めて用件を待つ情報参謀に、ギィゲルトは扇で口元を隠しながら、静かな声で命じる。

「ノヴァルナめのもう一つの専用艦…なんと申したかの？」

「戦闘輸送艦の『クォルガルード』の事でございますか？」

「そう、それじゃ。所在は掴んでおるか？」

　これこそが宙域三国を統べる大々名ギィゲルトの恐ろしさであった。ウォーダ軍主力部隊が見せた初動の鈍さを、ノヴァルナの作戦の一つだと仮定した場合。当人は別動隊として行動している可能性も考えていたのだ。

「はっ。第１５艦隊司令部からはすでに、『クォルガルード』が同型艦二隻と共に、第五惑星トランの宇宙要塞『ナガンジーマ』へ向かったという、情報が入っておりますが…」
　
　イマーガラ軍第１５宇宙艦隊は、高々度ステルス艦―――いわゆる“潜宙艦”部隊である。ギィゲルトはオ・ワーリ＝シーモア星系に侵入した際、この第１５艦隊には艦船攻撃ではなく、ウォーダ軍の各艦船の動きを監視するように命じていた。そして先行していた一部の潜宙艦が、気付かれる事無く惑星ラゴン周辺まで進出、早朝にラゴンから発進した『クォルガルード』を追尾していたのである。

「ふむ。第五惑星の要塞とな…」

　そう言ってギィゲルトは戦術状況ホログラムの中の、第五惑星に視線を遣った。第五惑星トランは公転軌道上では、第七惑星サパルの次に戦場の近くにいるが、両軍主力の戦場となるであろう位置に対してはマイナス角…つまり、味方艦隊の背後斜め横となるため、迂闊に要塞主砲を放つ事が出来ない位置にある。

「敵の主力部隊の位置は…あれか」

　戦術状況ホログラムへの視点を移動させたギィゲルトは、接近して来るウォーダ軍の主力部隊の位置を確認した。第五惑星の宇宙要塞からの主砲射撃は困難だが、別動隊を潜ませておいて、主力部隊がこちらの本陣である、第１艦隊へ総攻撃を仕掛けている間に、別動隊がこの総旗艦『ギョウビャク』を襲撃する…なるほど。

「ノヴァルナめはその別動隊を指揮し、『クォルガルード』とやらで、この本陣を襲撃するつもりであろう」

　圧倒的戦力差を覆して、ウォーダ家が勝利できる唯一の作戦が、自分―――つまり敵将ギィゲルト・ジヴ＝イマーガラを討つ事であるのは、当初から予想されていた話だった。そのため、ノヴァルナの次の手を読んでも、ギィゲルトには感慨など無い。ただ若手の参謀達の中には、首を傾げる者も何人かいた。

「しかし、『クォルガルード』型戦闘輸送艦の戦力評価はＣです。護衛艦がどれぐらい付くか分かりませんが、分艦隊程度の戦力では、どうにもならないと思われますが」

　これに対しギィゲルトは、僅かに口元を歪めて応じる。

「それをやるのが、ノヴァルナ・ダン＝ウォーダという者じゃ。現げんにアイノンザンのヴァルキス＝ウォーダから入手した情報では、ノヴァルナはここ最近、戦闘輸送艦を使用した訓練を、重ねておったらしいからの…であるからこそ、我はこのフォルクェ＝ザマに本陣を置いたのじゃ」

「な、なるほど…」

　そしてギィゲルトの眼が、ＢＳＩパイロットの光を帯びてギラリと輝いた。

「ノヴァルナのイチかバチかの賭け…我が専用機『サモンジＳＶ』の、『ディメンション・ストライカー』で打ち砕いてくれる！」
　
　一方ノヴァルナのもとにも当然、ウォシューズ星系でナガン・ムーラン＝ウォーダの艦隊が撃破され、第七惑星サパルの宇宙要塞『マルネー』が陥落した事と、それぞれの司令官シェルビム＝ウォーダと、ジュモル・ディグ＝ザクバーが戦死した旨の報告が入っている。
　それを聞くノヴァルナはヘルメットこそ未着用だが、すでにパイロットスーツを着て、『センクウＮＸ』のコクピットで待機していた。操縦桿に軽く両手を置き、死んだ将と兵士達のためにしばしの瞑目をする。

“済まねーな…”

　ただ、戦いはこれからが本番であり、さらに多くの命が散っていく事になるだろう。それを一々心の負荷にしていては、弱肉強食の戦国の星大名として、宙域国を統べたりできはしないが、その散っていった命の一つ一つにも、それぞれの人生があった事を忘れてはならない…とノヴァルナは思っていた。

　そんなノヴァルナの戦術はギィゲルトが読んだ通り、別動隊によるイマーガラ軍本陣、総旗艦『ギョウビャク』への攻撃である。しかしその方法は、ギィゲルトの予想とは違ったものだった。
　『センクウＮＸ』のコクピットを包む、全周囲モニターの画面を見ると、ノヴァルナがいるのは格納庫のようだ。しかしその光景は、見慣れた『ヒテン』や『クォルガルード』のそれとは違っていて、なんの整備機器も見当たらない、“がらんどう”だった。しかもやたらと照明も少ない。

　そこへインターコムの呼び出し音が鳴った。ヘルメット着用していないため、自動的に切り替わり、コクピットの通信モジュールの方が鳴る。回線を開くと女性の声で報告があった。口調から察して軍の士官のようだ。

「ノヴァルナ様」

「おう」

「間もなく迎撃艦隊が、イマーガラ軍と接触します」

「わかった」

　短く応答したノヴァルナは、インターコムの回線を切り、もう一度瞑目する。

“みんな。上手くやれよ…”





　第五惑星トランの公転軌道上に展開していた、ウォーダ軍の十二個艦隊は、半球状に陣形を組んで前進を開始していた。対するイマーガラ軍は二十四個艦隊が、それを半包囲する形に広がりつつ、応戦態勢に入る。

　総旗艦『ヒテン』に乗るのはノヴァルナではなく、その懐刀とされる女性武将のナルガヒルデ＝ニーワス。眼鏡型のＮＮＬ端末をかけた赤髪のナルガヒルデは、前方に迫るイマーガラ軍の大艦隊を前にしても、教師のような雰囲気を崩す事無く、味方全軍に対し、以下の電文を発するよう命じた。



ウォーダ家の興廃この一戦にあり、各員一層奮励努力せよ―――





▶＃１１につづく