銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第24話:運命の星、掴む者

#15

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 ギィゲルトを乗せた『サモンジ:シャドウ』が、力無く宇宙を漂い始めるのを、シンハッド=モリンは肩で息をしながら茫然と眺めている。そこへ活を入れるが如く、主君ノヴァルナの強い声が届く。

「モリン!!」

 我に返ったモリンは、ノヴァルナの『センクウNX』に振り向いて、「はっ!」と応じた。ノヴァルナはさらに叩きつけるように告げる。

「よくやった! おまえが名乗りを上げろ!!」

「は…ははっ!!」

 ノヴァルナの指示にモリンはゴクリ…と生唾を飲み下し、全周波数帯通信で腹の底から声を発した。

「イマーガラ家主将ギィゲルト・ジヴ=イマーガラ! ウォーダ家のシンハッド=モリンが討ち取ったりィーーーーー!!!!!!」

「ぅおおおおおおおおお!!!!!!」

 シンハッド=モリンの名乗りと、『サモンジSV‐S:シャドウ』の機体反応の消失。そして期せずして全周波数帯通信で起きたウォーダ軍の勝ちどきが、衝撃波となってイマーガラ家の将兵の間を駆け抜ける。続いて広がるのが動揺と、指揮系統の麻痺である事は言うまでもない。
 ここで冷静な…いや冷徹な判断を下したのが、ノヴァルナから艦隊指揮権を与えられているナルガヒルデだった。戦場の熱量が跳ね上がる中で、赤髪の女性武将の落ち着いた発令は、氷の刃のような印象だ。

「この機に乗じ、戦果の拡大を図ります。各艦、各戦隊、各艦隊は即時態勢を立て直し、攻勢を掛けて下さい。組織的行動が可能な全ての宙雷戦隊は、敵の退路に向けて突撃開始」

 さらにこの命令に合わせ、BSI部隊総監カーナル・サンザー=フォレスタが、全周波数帯通信でBSI部隊と攻撃艇部隊に命令を下す。

「全機動兵器部隊は対艦攻撃を優先。奴等を生かしてオ・ワーリから逃がすな!!」

 残酷なようだが戦場ではこれが現実である。“水に落ちた犬を叩く”…そうでなければ、明日は自分が咬みつかれる事になるからだ。またサンザーがあえて全周波数帯通信で、イマーガラ側にも届くように命令を発したのは、敵兵に恐怖心を煽るためであった。
 サンザーの言葉に気が付けば、自分がいる場所は故郷から数千光年離れた敵地。敗残の身を思い知り、まず下級兵士が乗る宇宙攻撃艇やASGULが怯懦に駆られて、勝手に戦場を脱し始めた。

「に、逃げるんだ!」

「こんな所で死にたくないぃ!!」

 戦線が瓦解する。下級兵士が乗る攻撃艇やASGUL、艦艇では駆逐艦などこそが戦線を下支えしているのであるから、その逃避はつまり戦線の瓦解に繋がる。
 
 主君ギィゲルトの討ち死にで大きく瓦解したイマーガラ軍の戦線は、モルトス=オガヴェイをはじめとするベテラン武将でも、立て直しは不可能だった。

突撃と追撃を受けて次々に火球と化すイマーガラ軍。


宇宙魚雷を複数本喰らってへし折られる戦艦…


大口径ビームの直撃でシールドごと砕け散る軽巡航艦…


攻撃艇に纏わりつかれ、穴だらけになる宇宙空母…


『シデン・カイ』の斬撃に両断される『トリュウ』…


ウォーダ家の狩場となったフォルクェ=ザマで、如何程の血が宇宙の闇に吸い込まれたか、推し量る事も出来ない………



 虚空に浮かぶ『センクウNX』自身は、すでに戦闘行動を終了していた。その周囲を、マーディンを加えた二十一機の『ホロウシュ』が警護している。

「…ああ、そうだ。降伏の意思表示をしている奴への攻撃は厳禁だ。俺の名において、兵達には必ず守らせろ」

 総旗艦『ヒテン』のナルガヒルデとの通信でそう命じたノヴァルナは、通信を切るとシートに深く背を沈めた。



…勝った…勝ったんだ――――――



 ノヴァルナは自分が全く喜んでいない事に、戸惑いすら覚える。

 乾坤一擲のこの戦いのために、自分の出来得る全てを為した。自分自身、そしてウォーダ家とオ・ワーリ宙域のあらゆるものを賭けて、ついに手に入れた勝利のはずなのである。
 それなのに…なぜか嬉しく感じない。いや嬉しいはずだった。その喜びが大きすぎて、現実感を喪失しているのだろうか………

ぇるか………」

 ノヴァルナがぽつりと呟いた直後、奇襲攻撃で機能不全に陥り、宇宙空間を漂っていたイマーガラ軍の総旗艦『ギョウビャク』が、主人のあとを追うように大爆発を起こして砕け散っていった………



 全ウォーダ軍に対して、オ・ワーリ=シーモア星系における戦闘終了が下令されたのは、そのおよそ三十分後。そして勝利の報が、ノヴァルナの妻であるノアに届いたのは、さらに約十分後の事である。

 その時のノアは、惑星ラゴンの月の軌道上に展開する最終防衛線に配置された、星系防衛艦隊の前面に『サイウンCN』で出ていた。彼女の左右にはカレンガミノ姉妹の『ライカSS』。さらに後方には星系防衛艦隊から付与された、量産型『シデン』二個中隊が並んでいる。

 直接に敵と戦闘しているわけでは無いが、戦場となっているフォルクェ=ザマの方を見据えて、『サイウンCN』の操縦桿を握るノアの心は、すでにノヴァルナと共に戦っていた。
 そして実際にここへ敵艦隊が出現した時…それは夫ノヴァルナが、討ち死にした時であり、自らも命を燃やし尽くす時となるのだ。冥府で夫に再会した時、ノコノコあとを追って来た事に呆れられるだろうけども……… 

 そんなノアのところへ、キオ・スー城で留守居をしている次席家老のショウス=ナイドルから、連絡が入った。呼び出し音に回線を繋ぐノア。

「何事ですか、ナイドル」

 ノアの問いかけに、ナイドルは咳き込むように告げる。

「お、奥方様!…たった今、前線部隊から連絡が!」

「突破されたのですか!?」

 ノアは操縦桿を握る指に、思わず力を込めて尋ねた。対するナイドルは言葉に詰まりながらも、高揚した口調で応じる。

「いっ!…いえ。勝ちました。我が軍大勝利!…敵主将ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち取り、大勝利にございます!!」



勝った!!―――――



 ノアは不意に意識が遠のき、前のめりに倒れ込みそうになる上体を、操縦桿を握る腕で支えた。ナイドルが続ける「お芽出度めでとうございます」という言葉が、ひどく彼方から聞こえるようだ。

 そしてやはりノアはノヴァルナの妻であった。

「ノア様」

「おめでとうございます」

 控え目に声を掛けて来るカレンガミノ姉妹に、軽く頭を振って気持ちを整え直したノアは、凛とした口調で応じる。

「戦いはまだ終わっていません。ノヴァルナ様の迎撃艦隊が、『ムーンベース・アルバ』に帰港するまでが戦いです。それまでは私達は戦闘態勢を解きません。いいですね?」

 ノアにそう応答されて、メイアとマイアは“それでこそ我等が姫様”と、僅かな笑みと共に「御意」と返した。

 そのノヴァルナの主力艦隊が、『ムーンベース・アルバ』に帰還したのは、皇国暦1560年5月19日19時47分の事である。
 総旗艦『ヒテン』が入港を完了してから、ノアは自分の指揮下に入っている二個中隊に、武装解除を命じた。そして自らも、『サイウンCN』で『ムーンベース・アルバ』へ向かうと、艦を降りるノヴァルナに先回りし、パイロットスーツ姿で出迎えたのである。

 ゲートの前でカレンガミノ姉妹を従えて待つノア。そこへ『ヒテン』を降りて来たノヴァルナと側近達がやって来た。ノアの前で立ち止まるノヴァルナ。ランやササーラといった側近達は、気を利かせて二人の両脇を一礼と共に通り過ぎてゆく。

「おかえりなさい」

 まるで散歩から帰って来た夫に掛けるような、軽い口調で言うノア。ノヴァルナはむしろ、その気負わない妻の声で、ようやく自分が勝利したのだ、という思いを噛みしめた。「ただいま」と応じたノヴァルナは、どこか照れたような声でノアに頼みごとをする。

「腹が減った。ライスボールおにぎり…作ってくれるか?」

「もちろん」

 その言葉のやり取りが二人にとって、『フォルクェ=ザマの戦い』の終結を表していた………




▶#16につづく
 
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