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勘違い

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「聞いて悔いなさい! 今、私は、メジャーのスカウトを連れてきていたのよ! けど、さっき、あなたが投げたクソみたいな二球を見て、呆れて帰っていったわ! チャンスを棒にするのはカスの証拠よ! メジャーのエースを目指す? 聞いて呆れるわ! この程度のチャンスもモノにできないで、なにを偉そうに!」

「ちょ、ちょ、待てや。なんやねん。わけわからへん」

「だからぁあ! メジャーのスカウトを――」

「待て待て」

「なによ!」

「その、メジャーのスカウトいうんが見たんは、最後の二球だけやな?」

「そうよ! 私がせっかく、最大のカードを切って、あなたにルートを――」

「ちょっ! 黙れぇええ!!! うっさぁああい!!!!!」

 本気の声量で怒鳴りつけると、さすがにビックリしたのか、古宮は息をのんで黙った。

「まず、第一に、ワシ、なんにも頼んでへんよな? 勝手にやったことでキレられるて、これ、お前やってんの、完全に当たり屋やで。第二に、ワシは、お前の手を借りる気はない。昨日はああ言ったけど、それは、応援よろしくって事で、それ以上の意味はない。代理人云々は冗談やと判断した。以上」

「確かに、私の勝手な行動だった事は認めるわ。けど、あなたがチャンスをふいにしたのは事実。それは真摯に受け止めなさい。数少ないチャンスを的確につかみ取れる者が本物なの。あなたは私の夢。無様なマネしないで。……今なら、まだ車に乗る前だと思うから、必死に頼めば、どうにか呼び戻すことはできる。今度はちゃんと投げなさい。あの、私を震わせた100マイルの弾丸を」

 そう言って、携帯に手を伸ばす古宮の腕を、トウシは、ガっと掴み、

「やらんでええ」

「はぁ?」

「第二の理由で言うたやろ。お前の手ぇ借りる気はない。てか、なんやねん、ワシがお前の夢て」

「私の夢は、代理人として、野球選手に、スポーツ選手の年俸史上最高額である三億ドル以上の値をつけること。あなたの腕にはそれを成せる可能性がある。私の言うことを聞いていれば、あなたは、名実ともに史上最高の男になれる。だから、私の――」

「ちょちょ、待て」

「なによ」

(夢……か。なるほど。これは使える。夢は、そいつの器量の底を示す。こいつ、イカれた女やとは思っとったけど、実際のところ、ぶっちぎりではイカれてへん。野球選手に年俸三億ドル……メジャーの超一流でも一千万ドルにも届かんことを考えれば、無謀と言われてもしゃーないイカれた夢やけど、事実、スポーツ選手で三億ドル稼いだ男がおる以上、百パーセントありえん夢ではない。つまり、こいつの器量は、現実の範囲内、常識の範疇、形而下の夢が底ってことや。……なら)
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