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先発、田中
しおりを挟む三回戦の空は曇りだった。
雨は降っていないが、いつ降ってもおかしくない天気。
灰色の雲を見上げながら、トウシは、ゆっくりと肩をまわす。
「……すぅ……はぁ」
静かに深呼吸。グーパー、グーパー。指先の感覚を確かめる。
「トウシくん」
ツカムに声をかけられ、トウシは、ゆっくりと振り返った。
「なんで、先発するんですか?」
「……」
「悪魔たちの真の狙いは三分の未来だった。なんてこったい、こりゃまいったな、お後がよろしいようで、ちゃんちゃん。――確かに、気分はよくないですけど、別にいいじゃないですか。悪魔や神に逆らってどうしようっていうんですか。素直に従っておけばいいじゃないですか。下手にタテついたら、存在を消されるんですよ?」
「……ツカム」
「はい?」
「今日は初回にポテンヒット一本打つだけでええ。あとは全打席三振せぇ」
「……はい?」
「今日は、ワシの球を捕る以外、なんもせんでええっちゅうこっちゃ」
「聞く耳なし、って感じですね、やれやれ」
ツカムはため息をひとつはさんで、
「……一つだけ質問させてください」
「なんや」
「勝てるんですか?」
「ああ」
「そうですか。じゃあ、まあ、お好きにどうぞ。頑張ってください」
★
「え? 向こうの先発、三分じゃないのか?」
オーダーを見て、西教の主砲である清崎は、
「田中ぁ? んーっと、たしか、田中って、キャッチャーじゃなかったか? ……田中東志? ……あれ、この名前、どっかで……あ、そういえば、田中東志って、春の練習試合を見に来ていた女共が言っていた名前だ」
「ん? ああ、そういえば……清崎くん、よく覚えているね」
「嫉妬が混じった記憶は消えないタチでな」
「いいのか悪いのかわからない性質だね」
「……そんなにイケメンじゃねぇな。なんで、あの女は、あの程度の男に入れ込んでいたんだ?」
「頭がいいんじゃないかな? 一・二回戦のビデオを見る限り、サインを出しているのは、間違いなく彼だからね。アカコーは、三分と彼のチームと言っても過言じゃない」
「アカコーで野球しようって考えるヤツは、頭よくねぇだろ」
「はは、確かに」
★
ほどなくして、試合が始まった。
先攻は西教高校。
マウンドに立つトウシは、ロージンを、一度ギュっと強めにつまんで、ズボンの後ろポケットに戻した。
そして、サインを出す。堂々としたサイン。右手の人差指で右肩、中指で左肩、親指で帽子のツバに触れる。
もちろん、サインを出しているというのは打者にも分かる。
(なんで、投手がサイン出してんだよ……解析されたら終わりじゃねぇか。バカか?)
ギュっとグリップに力をこめて、フっと抜く。力まず、ゆるやかに、しなやかに、体をグネらせて、重心のベストを探す。
その様子を一通り確認してから、トウシは、ゆっくりとふりかぶる。
足を上げて、ビュっと腕をふる。
クセのない素直な直球がミットに収まった。
西教の先頭打者・加藤は、じっくりと球筋を見てしまったことを後悔した。
(見る必要なんて全くなかったな。120そこそこの純正ストレート。これ以上なく合わせやすい速度と回転。一年としては合格ラインだが、甲子園大会のレベルじゃねぇ。こんなんでよく先発する気になるな。というか、なんで三分を出さないんだ? ケガでもしたのか?)
二球目はカーブ。ブレーキが一切かからない、空気抵抗を受けておじぎするだけのションベンカーブ。
加藤は、じっくりと引きつけてから、腕をたたんで、素直に合わせにいった。
しかし、トウシのションベンがあまりに遅すぎたため、タイミングがコンマ一秒遅れてしまい、打球は高く上がってしまった。
(ちっ、だせぇ……力んで上げちまった)
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