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へたくそ
しおりを挟むツーストライクに追い込まれた清崎は、必死に、それまでの打席で見てきたトウシの球をイメージする。
(なんで打てない? なんでだ? ……タイミングか? 遅すぎるからか? いや、違う。もう十球以上みているんだ。目は十分に慣れている。遅いってのは、打てない理由じゃねぇ。わからねぇ。なんでだ? どうして打てない?)
深呼吸。落ち着けと、自分に言い聞かせる。
落ち着けば打てる。焦るな。大丈夫だ。必死に言い聞かせる。
その様子を見て、トウシは、
(打者としての才能の量りは大きく分けて二つ。スイングスピードと、リリースポイントからの軌道予測精度)
飛距離を出すだけなら、物理的に、入射角に気をつけて芯に乗せればいいだけなので軌道予測精度だけでもいいが、どんな球にも対応するためにはスイング速度が不可欠。
(こいつはどっちもすぐれとるうえ、アジャスト機能も高スペック。まるでオーダーメイド。打者になるために生まれてきたような超天才。それは事実。それは認めたる、けど)
振りかぶり、
(あのなぁ……超天才……ごときが……)
足をあげる。スゥっと息を吸い、
「史上究極の天才であるこのワシに勝てるか、ボケェ!」
投じられたのは、120キロ中盤のハイスピンフォーシーム。速度だけでいえば、清崎の大好物。
だが、前の二球、100キロのツーシームと80キロの0シームジャイロによって、清崎の脳は完全に混乱している。
彼の常識にはない回転や軌道に、脳がまったくついていけず、結果、視覚情報の組み立てが上手くできない。
狂った補完情報によって組み立てられた結果、
パシッ!
「はぁあ! 嘘だろ!」
大幅に振り遅れる。清崎は、ボールがミットに収まってからバットを振った。
「なんでだぁああ! はぁあああ?!」
怒り心頭でわめき散らしている清崎とは対照的に、トウシの反応は冷ややかなモノだった。
(下手クソやから打てへんねん。それだけのこっちゃ)
虫を見る目。ただ呆れている瞳。
(てか、三振したんやから、はよ、どけや。邪魔。こっちは、さっさと終わらせたいねん、クソが)
打席上でワナワナと肩を震わせている清崎に、審判の注意が入る。
ようやく打席から降りた清崎は、奥歯をかみしめたままベンチに戻り、壁にヘルメットを叩きつけた。
そんな騒動など全く意に介していない表情の桑宮が打席に入る。
桑宮は、目をギュっと閉じて、
(速度の錯覚……軌道のズレ……たぶん、脳が、勝手に間違った修正をしているんだ。リセットする。脳みそから情報を消す。反射で打つんだ。下手に球種を読もうとするとおかしくなる。速度は遅いんだ。見てからでも十分に対応できる。来た球に逆らわず、なにも考えずに打つ。それでいいはず……いや、それでいいんだ)
パっと開き、頭をからっぽにして、マウンド上全体をボォっと見る。
その様子を見て、
(周辺視でどうにかなる問題やないんやけどな、まったく。下手に野球知っとるヤツを相手にする方が、なに考えとるか手に取るようにわかって楽やな。読みを捨てて、脊髄反射で打とうって? しょーもな。反射に頼るアホは一番のカモやって、なんでわからへんねん)
溜息をつく。
また想像の下を行かれて、心底呆れかえる。
(反射いうても、実際にバットを振る際には脳の奥での調整が必要になる。人間は、火に触れた際なんかの回避反射は完璧にできても、打撃という複雑な技能を必要とする行動で完全な反射はできん。必ず、頭のどっかで調整が入る。打撃で反射に頼るぃうんは、その調整をズラされたら御終いってこと。お前の打撃における反射のクセは既に理解できとんねん。ズラすんは造作もない)
ゆっくりと振りかぶる。
速度と回転に気をつけて投げる。
当然のように空を切るバット。
その光景を見て、
(おまえがやっとんのは、玉の守りをわざわざ自分で剥いだようなもん。雑魚が。お前は、初球で詰んだ)
あくびをかみ殺す。
トウシの言う通り、桑宮は初球で終わった。あとは、アホでも読める単純な配球でも確実に打ち取れる。
(あー、つまらん)
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