7 / 18
第三章 調査
6
しおりを挟む
それからしばらくして、再び彼女からチャットがきた。
『今日の放課後、空いてる? どうせ暇だよね? アルカンシエルに集合!』
〝どうせ暇だよね〟の文言が若干癇に障ったが、事実暇だったし、例の鍵についての招集だと思ったので、
『了解』
と返信した。
しかし、これは彼女の罠だった。
放課後、アルカンシエルに行くと彼女は既にいた。今日は店員としてではなく、客としてだった。彼女は何やら勉強している様子だった。
彼女は僕を見ると、
「おっ、来たね?」
とニヤニヤしながら言った。なんか、嫌な予感がする。
彼女は、『はい』と言ってドサッという鈍い音と共に、電話帳のような厚さに積み上げられた大量のプリントを僕の前に置いた。
「……何? これ」
「これ、やって」
「はっ?」
「数学得意なんでしょ?」
「……」
それは、数学のプリントだった。彼女は数学が苦手で、宿題を溜め込んだ結果、こうなってしまったらしい。そこで、数学が得意な僕に手伝わせようとしたというわけだ。
僕が、
「宿題なんだから自分でやらなきゃ意味ないでしょ?」
と親みたいなことを言うと、こんな答えが返ってきた。
「目の前に困っている人がいて、自分がそれを解決してあげられるとしたら、普通その人を助けてあげるでしょ? 暇だったら尚更」
先ほどの〝どうせ暇だよね〟の文言に反論しなかったことを今更ながら後悔した。
「……そういうのなんて言うか知ってる?」
「えっ? 何?」
「詭弁」
「えー、道理に適ってると思うけどなー」
「宿題を人にやってもらうののどこが道理に適ってるのか、こっちが教えてもらいたいよ」
なんだろう……、なんて言うか、まるで小学生の子供でも相手にしているかのようだ。
「まさかとは思うけど、こんなことで呼び出した訳じゃないよね?」
「えっ? そのまさかだけど?」
僕は呆れ返って帰ろうとした。すると、
「待って待って、嘘、冗談だよ!」
と彼女が笑いながら言った。
「もー、ちょっとからかっただけ。今日呼んだのは、例の鍵について分かったことがあったからだよ」
「えっ?」
僕は思わず足を止め、振り返った。
「本当?」
「本当だよ! まさかとは思うけど、本当に私がこんなことで君を呼んだと思ってるの?」
彼女は先ほどと同じようにニヤニヤと笑っている。
「それを教えてあげるから……、その代わりに数学を教えて?」
「結局そうなるのかよ! ……まぁ、教えるだけならいいだろう」
こうして僕は、彼女に数学を教えてあげることになった。
「この二次関数のyの値が常に0以上ってことは、グラフで考えるとx軸よりも下にグラフが来ないってことでしょ?」
「そうだね」
「そうしたら、この二次関数は下に凸のグラフだから、二次関数のグラフがx軸と接するか、もしくは交点を持たなければいいよね?」
「なるほど」
「で、二次関数のグラフがx軸と接するか、交点を持たない時、判別式をDとおくとDが0以下ならば条件を満たすでしょ?」
「確かに」
「だからこの不等号が成り立つんだよ」
「スゴーい!」
「ふー、やっとこれで全部終わったね」
「うん! 水城くんのお陰。ありがとう! また教えてね」
「気が向いたらね」
「えー」
またがあるのかどうか分からないので曖昧に答えておく。
「てか水城くん、教え方上手だね! 将来教師になったら? 数学教師とか似合いそう」
「無理だよ」
「どうして?」
「だって生徒一人一人のことを考えたりとか、そういうの面倒だし」
「えー、素質あると思うのになー」
「それより、約束通り例の鍵の話、訊かせて」
「あっ、そうだ! 忘れてた」
彼女はニタニタ笑いながらわざとらしく言うので、僕は睨みつけてやった。
「この間、鍵の写真送ってくれたでしょ?」
「うん」
少し前に彼女から、鍵の写真を撮って送ってと言われたので、送ったことを思い出した。
「あの写真を鍵師の人に見てもらったの」
「鍵師かぁ、それは思いつかなかった。で、何だって?」
「ピンタンブラー錠っていう種類の鍵で間違いないだろうって」
「ピンタンブラー錠?」
「うん。鍵穴の内部に、違う高さに切れ込みの入ったピンが何本か入ってて、鍵のギザギザでそのピンを押し上げたときに、切れ込みの位置が揃ったら鍵が回るっていう仕組みらしい」
「へー」
「用途としては、主に昔の住宅の鍵、あとは南京錠なんかにも使われてるって」
「家の鍵なんて僕に渡すわけないし、やっぱり南京錠かぁ……」
「うん、私もそう思う」
「で、これからどうする?」
「よし! じゃあ行ってみようか! 今度の週末空いてる?」
「えっ? 空いてるけど……って、ちょっと待って、どこに行く気?」
「もちろん中学校に決まってるでしょ?」
『今日の放課後、空いてる? どうせ暇だよね? アルカンシエルに集合!』
〝どうせ暇だよね〟の文言が若干癇に障ったが、事実暇だったし、例の鍵についての招集だと思ったので、
『了解』
と返信した。
しかし、これは彼女の罠だった。
放課後、アルカンシエルに行くと彼女は既にいた。今日は店員としてではなく、客としてだった。彼女は何やら勉強している様子だった。
彼女は僕を見ると、
「おっ、来たね?」
とニヤニヤしながら言った。なんか、嫌な予感がする。
彼女は、『はい』と言ってドサッという鈍い音と共に、電話帳のような厚さに積み上げられた大量のプリントを僕の前に置いた。
「……何? これ」
「これ、やって」
「はっ?」
「数学得意なんでしょ?」
「……」
それは、数学のプリントだった。彼女は数学が苦手で、宿題を溜め込んだ結果、こうなってしまったらしい。そこで、数学が得意な僕に手伝わせようとしたというわけだ。
僕が、
「宿題なんだから自分でやらなきゃ意味ないでしょ?」
と親みたいなことを言うと、こんな答えが返ってきた。
「目の前に困っている人がいて、自分がそれを解決してあげられるとしたら、普通その人を助けてあげるでしょ? 暇だったら尚更」
先ほどの〝どうせ暇だよね〟の文言に反論しなかったことを今更ながら後悔した。
「……そういうのなんて言うか知ってる?」
「えっ? 何?」
「詭弁」
「えー、道理に適ってると思うけどなー」
「宿題を人にやってもらうののどこが道理に適ってるのか、こっちが教えてもらいたいよ」
なんだろう……、なんて言うか、まるで小学生の子供でも相手にしているかのようだ。
「まさかとは思うけど、こんなことで呼び出した訳じゃないよね?」
「えっ? そのまさかだけど?」
僕は呆れ返って帰ろうとした。すると、
「待って待って、嘘、冗談だよ!」
と彼女が笑いながら言った。
「もー、ちょっとからかっただけ。今日呼んだのは、例の鍵について分かったことがあったからだよ」
「えっ?」
僕は思わず足を止め、振り返った。
「本当?」
「本当だよ! まさかとは思うけど、本当に私がこんなことで君を呼んだと思ってるの?」
彼女は先ほどと同じようにニヤニヤと笑っている。
「それを教えてあげるから……、その代わりに数学を教えて?」
「結局そうなるのかよ! ……まぁ、教えるだけならいいだろう」
こうして僕は、彼女に数学を教えてあげることになった。
「この二次関数のyの値が常に0以上ってことは、グラフで考えるとx軸よりも下にグラフが来ないってことでしょ?」
「そうだね」
「そうしたら、この二次関数は下に凸のグラフだから、二次関数のグラフがx軸と接するか、もしくは交点を持たなければいいよね?」
「なるほど」
「で、二次関数のグラフがx軸と接するか、交点を持たない時、判別式をDとおくとDが0以下ならば条件を満たすでしょ?」
「確かに」
「だからこの不等号が成り立つんだよ」
「スゴーい!」
「ふー、やっとこれで全部終わったね」
「うん! 水城くんのお陰。ありがとう! また教えてね」
「気が向いたらね」
「えー」
またがあるのかどうか分からないので曖昧に答えておく。
「てか水城くん、教え方上手だね! 将来教師になったら? 数学教師とか似合いそう」
「無理だよ」
「どうして?」
「だって生徒一人一人のことを考えたりとか、そういうの面倒だし」
「えー、素質あると思うのになー」
「それより、約束通り例の鍵の話、訊かせて」
「あっ、そうだ! 忘れてた」
彼女はニタニタ笑いながらわざとらしく言うので、僕は睨みつけてやった。
「この間、鍵の写真送ってくれたでしょ?」
「うん」
少し前に彼女から、鍵の写真を撮って送ってと言われたので、送ったことを思い出した。
「あの写真を鍵師の人に見てもらったの」
「鍵師かぁ、それは思いつかなかった。で、何だって?」
「ピンタンブラー錠っていう種類の鍵で間違いないだろうって」
「ピンタンブラー錠?」
「うん。鍵穴の内部に、違う高さに切れ込みの入ったピンが何本か入ってて、鍵のギザギザでそのピンを押し上げたときに、切れ込みの位置が揃ったら鍵が回るっていう仕組みらしい」
「へー」
「用途としては、主に昔の住宅の鍵、あとは南京錠なんかにも使われてるって」
「家の鍵なんて僕に渡すわけないし、やっぱり南京錠かぁ……」
「うん、私もそう思う」
「で、これからどうする?」
「よし! じゃあ行ってみようか! 今度の週末空いてる?」
「えっ? 空いてるけど……って、ちょっと待って、どこに行く気?」
「もちろん中学校に決まってるでしょ?」
0
あなたにおすすめの小説
二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)
MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。
かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。
44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。
小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。
一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。
ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる