アルカンシエル

神尾 点睛

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第六章 真相

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 「……」
 僕は絶句した。
 白兎しろとが病気だった?
 嘘だ……。
 あんなに元気そうだった奴が?
 あんなにみんなと仲良く話をしていた奴が?
 あんなに楽しそうにピアノを弾いていた奴が?
 あの日は風邪だと言っていたじゃないか!
 それに彼女は……
 「どう、だった?」
 彼女は静かにいた。
 「……あっ、あいつは、白兎は……」
 言い始めて気がつく。
 あれ? 何で僕の声、震えて……
 「僕のこと、何もかも、分かってた……。白兎の、言ってた通りだよ……、僕は……あいつが死んでから、人との関わりを避けるようになってた……。もう二度と、大切なものを、失いたくはなかったんだ……」
 僕は彼女の方を見て、続けた。
 「だから……君と段々仲良くなるにつれて、僕は……怖くなった……。仲良くなればなるほど、また白兎みたいに二度と会えなくなってしまうんじゃないかって……」
 「稲葉いなばくんは、本当に水城みずきくんのことを思ってた。普通、自分が死ぬと知ったら自分の心配しかできないだろうに、稲葉くんは自分より水城くんの心配をしていた。そんな彼の水城くんへの思いに、私は胸を打たれた。だからこの計画に参加したんだよ」
 その時、気のせいかもしれないけれど、一瞬彼女の瞳が光ったように感じた。
 それから彼女は、何も知らないお母さんに説明した。恋愛相談の話、計画の話、そしてここに至るまでの経緯、全てを話した。
 僕は、彼女に目配せでノートと手紙を見せてもいいか訊いた。すると何とか僕の意図を彼女は理解してくれたようで、うなずいてくれたので、僕は、彼が遺してくれたノートと、そして今読んでいた手紙をお母さんに渡した。
 お母さんは、それらを見終えると彼女の方を見て、納得したように言った。
 「あの子がこんなことをしてたなんて……。道理であの子、あなたと出会ってからどこか毎日生きるのが楽しそうだったのね」
 それからお母さんは、みんなに向かって言った。
 「あの子と最後まで仲良くしてくれて、本当にありがとう」
 僕は思わずお母さんに言った。
 「とんでもないです、お母さん。彼は最後まで友達想いな奴でした。感謝されるどころか、むしろ感謝するのはこっちです」
 お母さんは物寂しげな笑みを浮かべた。

 「レコード盤も聴いてみて」
 彼女の言葉でそう言えばレコード盤もあったと思い出し、引き出しからレコード盤を取り出した。
 レコード盤をまじまじと眺めた。CD世代の僕にとって、レコード盤をこんなにしっかり見たのは初めてだった。
 僕は、外のカバーを外してお母さんにレコード盤を渡した。
 お母さんは慣れた手つきでレコード盤をセットして、レコードを回し、針を下ろした。
 流れてきたのは長閑のどかな旋律だった。
 思わず、あっという声が出そうだった。
 ヴァイオリンとピアノの音色。
 これは……
 忘れやしない。
 白兎と一緒に合わせた最初で最後の曲。
 ベートーヴェンの『春』
 しかもこれは……
 「そう。これはあの発表会の時の演奏を録音したものだよ。彼に頼まれてこっそり録音してたの」
 彼女が言った。
 誰もがその演奏に聞き入っていた。
 自分の演奏に聞き入るのは不思議な感覚がしたけれど、でも僕でさえ聞き入っていた。
 僕はハッとした。
 彼の言っていた意味が、やっと分かった。
 確かに、虹だ。
 あの時の僕らの思いが、今、伝わっている。
 僕らの喜びに満ちた思いが、やっと一緒に合わせられるという喜びが、今、ひしひしと伝わってくる。
 それは、本当に綺麗きれいな虹だった。
 彼の言っていた通りだ……
 胸の底からグーッと突き上げてくるものを感じた。じわじわと熱いものがこみ上げてくる。
 その時、僕の頬をでるものがあった。
 ああ、今、気づいた。
 もう一緒にこんな演奏を弾ける奴はいないんだ……
 ようやく、彼の死を実感した。
 今までは、自分の気持ちがよく分からなかった。だから、葬式の時でさえ、僕は泣かなかった。
 でも今は違う。
 ハッキリと自分の気持ちが分かった。
 彼がいなくなって、僕は悲しいんだ。
 僕は、泣いた。
 人前で泣くのもはばからなかった。

 曲が終わってからも、しばらく沈黙が流れた。
 部屋にはすすり泣く音だけが響いていた。
 ふと、周りを見ると、みんなも目を赤くしていた。
 しばらくして、みんなが落ち着いてくると、彼女が意を決したように言った。
 「水城くん……。彼の計画の本当の最後、知ってる?」
 「本当の最後?」
 「こうするの」
 次の瞬間、彼女は僕に近づいてきて、そのままキスをした。
 僕は一瞬何が起こったのか分からなかった。
 覚えているのは、一瞬感じた彼女の唇の柔らかさと、それを見ていた瀬戸せと深山みやま、そしてお母さんの目を丸くした顔だった。
 僕がようやく状況を理解したのは、彼女が次の言葉を言った時だった。
 「私、水城くんのことが好きです」
 「うん、知ってる」
 冷静に答えた自分に驚いた。
 「えっ? ウソ! 何で知ってるの?」
 彼女の顔はみるみる赤くなっていく。
 「何でって、手紙に書いてあった……」
 「あんのヤロー、書くなって言ったのにー!」
 「……」
 僕は考えていた。
 彼女に何と答えるべきか。
 そのうちに彼女はどんどん先を進める。
 「水城くん、私と付き合ってください」
 「……」
 僕は返答に窮した。
 彼女と付き合うのが嫌なわけではなかった。まして、彼女のことが嫌いなわけでもなかった。
 ただひとつだけ、懸念があったのだ。
 僕はしばらく考えた後、答えた。
 「……ごめん、やっぱり君とは付き合えない……」
 「えっ……」
 彼女が落胆するのが分かった。
 「だって君は白兎と付き合っていたんでしょ?」
 「だからそれは計画のためだって……」
 「だとしても、少なくとも白兎は君のことが好きだった。親友の好きな人を奪うようなことは出来ないよ。それじゃあ『こころ』の〝先生〟と一緒じゃないか」
 「……」
 彼女の目が少し潤んでいるのが分かった。僕は見るに堪えなくなって、思わず下を向いた。
 その時だった。
 「あの……、このレコード、裏面もあるみたいですけど……」
 お母さんが、申し訳なさそうに言った。
 「……!」
 「レコード盤は、CDとは違って裏面もあるんです」
 僕は思わず彼女に訊いた。
 「裏面には何が?」
 「……さぁ、裏面があるなんて今初めて知った」
 「かけてみますか?」
 「はい、お願いします」
 そう言って、僕はお母さんにかけてもらうようにお願いした。
 再び流れ始めた。
 音楽ではなかった。
 「……やぁ、ニジくん。色々お騒がせしてすまないね……」
 それは、白兎の肉声だった。
 「俺たちの演奏、どうだった? 我ながら名盤が誕生したと思うよ! こんな名盤を一緒に残せたなんて、親友冥利みょうりに尽きるね!
 ……さて、最後にこの音声を遺したのはね、君を後押ししようと思ってさ。いやぁ、君のことだからね、緒方さんから告白されたら、『白兎の好きな人だから』とか言って、きっと断るだろうと思って。もし違ってたら、今すぐこのレコード止めていいからね。
 ……よし、この先を聴いているってことは、俺の予想が当たったってことだね?
 君はさぁ、俺が死んだ後に彼女と付き合ったら、俺に申し訳ないとか思うのかもしれないけど、付き合わない方が失礼だからね? だって一生懸命君たちを付き合わせる計画を立てたのに、それを君は一言で蹴散らすんだから。
 もちろんそれが、君がよく考えた上で出した結論なら俺は構わない。でも俺のためとか言って選んだのならもう一度よく考えて欲しい。
 君が彼女と付き合うことを選んだって、俺はうらんで怨霊として出てくるとかねーし……、むしろ俺は嬉しいんだぜ? ようやく君をしっかり見てくれる人が出来て。
 あぁー、やっぱり付き合っちゃえよ! どうせ彼女とられるなら、知らない男より君の方がいい……
 まぁとにかく、俺のためとか考えずにしっかり考えろ!
 それから答えを出せ!
 そうして出した答えなら、俺はどんな答えでも受け入れる。
 最後に、俺は君の親友で良かった。
 君が俺の親友で良かった。
 俺の親友でいてくれてありがとう。
 俺たちは、永遠に親友だ――――」
 そこで音声は終わった。
 僕は、再び目頭が熱くなるのを感じた。
 「……あいつ……どんだけ僕のこと見透かしてんだよ……」
 「……」
 彼女はうつむいていた。
 「……分かった。もう少し考えさせてくれない?」
 彼女は黙って頷いた。

 その姿がちょっとだけ、可愛いと思った。
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