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1章

第──8

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「おはよう空さん」
「おはようございます、空さま」
「おはよう。今日も空が綺麗だよ」
「お、おはようございます」

 エルフの里に来てから一カ月。
 俺もすっかり里に馴染んでいた。
 といっても、周りは全員エルフで、俺は人間。

 この世界のエルフも例に漏れず、多種族と中立ではあるものの友好的という訳ではなかった。
 だから最初は、一部を除いたエルフからは敬遠されていたんだが。
 それも最初の一週間ほどだけで、俺が森の空気の浄化を始めると直ぐに彼らの態度は変わった。

 あとは名前も良かったんだろうな。

 空──誰もが知る名前。
 そしてこの森に住むエルフは、瘴気が満ち始めてから青空をあまり見れなくなったと嘆いていた。
 森の浄化をしていて俺も気づいたが、瘴気が濃い場所で空を見ても、確かに青くは見えなかったんだよなぁ。
 なんていうか、ちょっと紫色の靄がかかって見えるというか。
 その靄は里の中でも見えていたらしく、俺が来て里から見上げる空が綺麗に青く見えるようになったことが嬉しかったらしい。

 だから俺は感謝されている。
 俺はこうしてみんなに感謝されて、居心地のいい暮らしを送らせて貰っていることに感謝した。

「おはようございます空さん」
「おはよう空」
「おはようリシェル、シェリル。今日もよろしく」

 よろしくとは言ったものの、最近は浄化した範囲が広くなってきた。そのせいで空気清浄を必要とする場所までが遠くなったなぁ。
 往復するだけでも4時間は歩かなきゃならないもんなぁ。

「おはよう三人とも」
「ニキ──マスター……お、おはようございます」
「はい、おはよう!」

 マスターと呼ばなかった日は剣術を教えてくれないニキアスさん。
 朝から機嫌を損なうわけにはいかない。

 早朝から動いて、途中で朝食を取り、そしてようやく瘴気ゾーンへと到着。
 浄化エリアの外周をぐるっと歩く作戦はもうやっていない。円が大きくなりすぎて、ぐるっと歩くだけで1日じゃ終わらなくなったからだ。
 
 長老に森の地図を描いてもらい、それに印をつけながら浄化散歩を進めた。
 
 昼過ぎ。なんとなく歩くのに抵抗を感じた。
 この一カ月で俺にも分かったことがある。
 空気清浄を使用した状態で歩くのに抵抗を感じるってことは、進もうとする先の瘴気濃度が濃いということだ。
 けど今回の抵抗は今までで一番酷いな。

「空さん、どうしましたか?」
「うん。この先の瘴気が物凄く濃いようなんだ。進もうとすると、まるで前方から物凄い風が吹いてくるみたいな感じで進みにくくなってね」
「この先の瘴気が?」

 言ってからシェリルは辺りを見渡し、それからハっとなって叔父であるニキアスさんを見た。
 ニキアスさんもシェリルの顔を見て気づいたようで、うぅんっと唸ってから俺を見た。
 この先に何かあるのか?

 いや……この瘴気の濃さ、そして二人の反応でなんとなく予想はつく。

 きっとこの先に瘴気の大元──腐王の死体があるのだろう。

「引き返して別の方角に行ったほうがいいんじゃないでしょうか?」
「うぅん、そうだね。この先は俺も行ったことがない。本当に腐王の屍があるのかどうかも分からないが、とにかく瘴気が強すぎる。危険だ」
「で、でも待ってよ叔父さん。空のスキルは瘴気の濃さに関係なく、効果を発揮しているじゃないっ」

 そうなんだよね。
 歩くのに抵抗感みたいなのはあるけど、言ってしまえばそれだけだ。
 進んでしまえば、俺から半径100メートルはちゃんと空気が浄化されている。

「瘴気が濃いってことは、その範囲を浄化できれば森に広がるのも防げるよね。そしたらぶっちゃけ、生命の樹の浄化能力も追いつけるんじゃないか?」

 そうは言ったが、俺は別の可能性にも賭けてみた。
 腐王そのものを浄化できないだろうかと。

 まぁ俺が浄化できるのは空気だけだから無理だろうけど。他にも考えはある。
 いったん腐王の周辺を浄化したあと、穴を掘って遺体を完全に埋めてしまう。
 その上に家を建て、俺がそこで暮らす。

 死体の上に住むのはちょっと不気味ではあるが、半径100メートル以内になるよう家を建てればいい。
 日中は森の浄化に努めて、夜はその家で寝れば、寝ている間に腐王から出た瘴気を浄化できる。

 そう考えてから、俺は農地開拓系ゲームを思い出した。
 最低限の道具だけを持って、フィールドにぽんっと放りだされる。
 斧で木を伐り、作業台を作ったらスコップやツルハシを作って土や石を掘る。
 そうして資源を増やしていき、家を建て、畑を耕し、農民を増やす。

 あと、こういうのってスローライフっていうんだろ?
 17歳でスローライフなんてじじくさい感じもするけれど、森の中は魔物もいて適度に冒険もできる。
 腐王の近くに家を建て、自分が食べるのに必要な野菜を栽培し、魔物を倒して素材を売ってお金に。

 うん。悪くない暮らしだ。
 もちろん、世界を旅したいというのもあるけれど、それは今すぐじゃなくてもいい。
 森の浄化がひと段落してからでも十分できる。

 正直、今のペースなら1年後には腐王以外の場所は、全部浄化できそうな気がする。

 そのことを三人に告げると、腐王の近くに家を建てるというのには驚かれたが、案としては悪くない、とも。

「だけど君ひとりで森の中に住まわせるわけにもいかないねぇ」
「木の上に家を建てるとかどうですかね? それならモンスターも登ってこれないだろうし」
「飛行系の魔物や、もともと木の上に住む魔物はどうするのですか?」
「あんた、バカなの? 前はたまたま近くに木を登る魔物がいなかっただけじゃない」

 ……そ、そうだった。
 森には蜘蛛や蛇、蛾に蝙蝠と、木の上に逃げても無意味なモンスターだっているんだ。
 それが分かった時ぞっとしたよ。
 俺、木の上で二日も生きていたんだから、奇跡だよな。

「ま、なんにせよ。この先に本当に腐王の屍があるのか、それを確かめなくちゃね」
「だよな!」
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