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12:――全裸で

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『"我が下僕《しもべ》らよ、我が影となりて身を潜めよ"はいっ』
「"我が下僕らよ、我が影となりて身を潜めよ"はいっ」
『いや、じゃからの……もうよいわ』

 すっかり癖になったな、はいっが。

 復活したアブソディラスに教えて貰ったのは、使役したアンデッドを自分の影の中に住まわせる――という、なんとも微妙な死霊術だ。
 これでアンデッドも持ち運び自由!

「別に俺は持ち運びたいわけじゃないんだ……成仏してくれればそれでいいのに」
『酷いですじゃ勇者様!』
『そうっすよ。呼び出して聞きたいこと聞いたらポイ捨てなんて……遊びだったんっすね!』
「なんの話だおい!」
『これでいいっすかね、コベリア姉さん』

 笑顔で頷きながら、コベリアは俺の影の中へと入っていく。
 その他のアンデッドたちも一列に並び、俺にお辞儀をしながらひとり、またひとりと影の中へ。

『おほー。今夜はいい夢を見れそうじゃわい』

 本当に自分の子供だって思っているのか……。
 どうしたって無理があるだろ? 大きさとか大きさとか大きさがよ!

「レイジくん。またいやらしいこと考えてる?」
「ま、またって!? 俺は別に何も考えてないし。冷静に考えていろいろ無理があるだろってだけで」
「もうっ。それがいやらしいってこと! 早く宿に戻るわよっ」

 あぁあ。怒っちゃったよソディア。
 こういう話題、女の子が敏感なのかなぁ。

 でもやっぱり、無理……だよな?
 
 荷車を返却しに花屋へ向かう。

『そうかぁ。リアラは北西に旅立ったのじゃなぁ』

 返却後、冒険者ギルドに向かう。

『リアラはどんな暮らしをしておったのかのぉ』

 冒険者ギルドで墓地清掃の完了報告を行う。

『子供は女の子じゃったようだのぉ』

 報告後、雑貨屋に向かう。

『その子は今どうしておるんじゃろうかのぉ』
「行けばいいんだろ! 北西にあるっていう彼女が引っ越した村に!」
『なんじゃ、主がそれほど行きたいというなら、儂は付き合ってやってもよいぞい』

 なんで上から目線なんだよ……。
 ま、そんな訳で、旅に必要なアイテムを雑貨屋で購入することに。

「あ、あれ欲しいな」
「天幕、買うの?」
「欲しい。少しでも落ち着いて眠るために。地面に直だと底冷えしてさ」

 だから欲しい。
 盗賊団を討伐した報酬が金貨2枚。
 天幕はひとり用だとひとつ銀貨2枚からある。
 
 ちなみに通貨の単位だが、銅貨《ブロー》、銀貨《シリー》。金貨《ゴード》。
 100銅貨で銀貨1枚で、10銀貨で金貨1枚。

 最安値の銀貨2枚になる天幕は布が薄く、遮光性も低い。

「じゃあ銀貨3枚の奴を二つ。あと寝るときに腰が痛くならないような、そういう物はあるかな?」
「えぇ。お持ちしましょう」

 店員が商品を取りに行っている間、ソディアが「何故二つなの?」と尋ねてくる。
 何故って、ソディアの分だから。もちろん俺が払う。
 そう言うとソディアは目を丸くして、それから小さく「ありがとう」と頭を下げる。

 店員が持ってきた物は、テントで寝るときに使うシュラフマットそのものだ。
 普通のスポンジ制で、丸めて持ち運ぶことが出来る、と。

「じゃあそれも二枚。あと毛布も――」
「毛布はいいわよ。外套、買ったんでしょ?」
「うん――あぁ。毛布変わりにもなるのか」
「えぇ。それに荷物は最小限にしなきゃ。持ち運ぶのも大変なんだから」

 そうだった……。

『そんなもん、竜牙兵に背負わせればよいじゃろう?』

 ……その手があった!

 ということで、明け方の冷え込みに備え毛布も追加購入。
 その他、木製の食器や小型の鍋とヤカン、ナイフ。タオルにランタン……もろもろ買いこんで、所持金はあっという間に銀貨5枚になった。

「こ、この残金で生きていけるだろうか……」
「買い込み過ぎよ。どうやって運ぶつもり、そ?」

 店から出た今は、大きな背負い袋に大きなもの以外を詰め込み、シュラフを括り付けた状態だ。
 天幕は両手で抱えている。

「竜牙兵に持って貰おうと思って」

 それを聞いたソデイアが、「あっ」と可愛い声を出して納得顔。
 大荷物を持って宿へと行くと、ソディアが手配してくれた部屋へと直行する。

「人気のない場所までは、俺が担いていくしかないな」
『影の中に入れられるじゃろ? 誰ぞ、ミタマの荷物を……主が命令せい』
「あ、あぁ。誰か荷物を影の中に入れてくれないか?」

 そうお願いすると、ゾンビスケルトンの腕がにゅっと出てきて荷物を影の中に引きずりこんでしまった。
 おぉ、入る入る。
 これ、少々でかい物でも入れられるんじゃね?

「便利ね。これだと旅の荷物も重さを気にせず持っていけるかも」
「あぁ。金があれば……だな」
「そこは旅をしながら稼ぐしかないわ。荷物を気にしなくていいなら、稼ぐ方法はいくらでもあるもの」

 彼女はそう言ってにっこり微笑んだ。
 それから雑貨屋で買った地図を広げ、向かうべき場所を確認した。

 コベリアの故郷はファモという国だが、戦に負けて今はもう無い。
 ドーラムとう名の国と、ニライナという国の国境線に位置しているというのはわかった。
 ここから北西に位置している。

「ヴァルジャスの帝都は南南東よ。帝都から離れるかたちになるから、好都合ね」
「あぁ。じゃあ明日は森を西に進もう」
「えぇ。そうと決まれば、今日はゆっくりお風呂に入りましょう。この町にはね、温泉があるんですって」
「あぁ、さっきソディアをギルド前で待っている間に、通りかかったおばさんに教えてもらったよ」
「そうなの? 驚かせようと思ったのに、残念……」

 そう言って唇を尖らせた彼女だったが、すぐに目を輝かせて俺にぐいっと寄ってくる。

「あっ、じゃあ。レイジくんは温泉って知ってる?」

 この質問は日本人にするもんじゃないなぁ。
 温泉大国日本に住む――いや住んでいた俺に――。

「知ってる。俺が元々いた世界の、更に住んでいた国には温泉がたくさんあったからね」
「えぇぇぇっ。うぅー……残念」
「ははは。じゃあ、夕飯前にお風呂にでも行くか」
「そうね」





 るんるん気分で向かった温泉は、何故か宿の地下にあった。
 なんとなく不安……。
 石壁の狭い通路の先にあった温泉への入り口はひとつ。扉は観音開き式。
 まさか……混浴!?

「お、俺ちょっと……ト、トイレ」
「じゃあ先に入ってるわね」

 さ、先に……先に入ってる!?
 やっぱり混浴なのかっ。嬉しいけど、俺には刺激が強すぎる。
 彼女が上がるまで待ってよう。

 扉を開けて中へと入るソディアを見送る。
 一分ほどして、ソディアが開いた扉とは逆の戸《・》が開いて中から女の人が出てきた。

「あら? 男湯はそっちで、こっちは女湯よ。わかりにくいのよねぇ、この宿のは。戸に小さく男女の刻印があるんだけど、剥げちゃってるから」
「え……混浴じゃ……ない」
『おほー。娘っ子は男湯の方に入っていったのー』

 ……ソディア!?

 もしもう風呂場に入っていたら――。
 もしそこに男がいたら――。

「ソディアァァァ!」

 慌てて駆け込んだ脱衣所に男の姿はなく、彼女ひとりがいた。

「きゃあぁぁぁぁっ」

 ――全裸で。

 白く透き通る肌。サラリと肩に流れる銀色の髪。
 そして、細身ながらも豊満な胸。

 これを美人と言わずして、何を美人というのか。

 俺、人生で初めて身内以外の異性の裸を見た。
 人生で初めて……。

 お、俺はいったい何を考えているんだ!?

「ゴゴゴ、ゴメン! で、でもここ、男湯だからっ」
「ぇ……嘘っ」

 視線を背けたそこに、でかでかと【ここは男湯】とこちらの世界の文字で書かれているのを見つけた。
 それを指差し、「男湯っ」と伝える。

 やや間があって――。

「いやぁん、恥ずかしいぃ」

 そう叫んだ彼女は、全身を黒い影に包んで脱衣所を出て行った……。

『闇の精霊で身を包んで、見えなくしおったか。残念じゃったの?』
「見てんじゃねえよエロドラゴン!」

 俺はもちろん……見ました。
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