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「助けていただき、誠にありがとうございます」

 そう言って頭を下げる女性。
 薄紫色のやんわりとした髪の、これまたやんわりとした容姿の女性だ。
 俺やソディアと歳も近いようだが、どことなく気品に満ち溢れているというか……たぶん貴族のお嬢様とかだろうな。
 ただ彼女はずっと涙を浮かべたまま、必死に耐えているようにも見える。
 よっぽど恐ろしかったのだろう。

 考えたくはないが、さっきのような恰好にされていたってことは――いや、止めよう。

 俺たちは今、奴隷商人が使っていた馬車に乗って山道を下っている。
 女性が驚くといけないので、今は竜牙兵も俺の影の中だ。
 御者にはこっそり呼び出したコラッドが座り手綱を握る。

『もうすぐ検問所に付きます』

 御者台からコラッドの声が聞こえると、それまでずっと耐えてきた女性がわっと声を上げ泣きだした。

「コラッド、ちょっと止めてくれ」
『分かりました』

 馬車を止め、彼女が泣き止むまで待つ。
 自分が泣き叫ぶ姿なんて、出来れば知らない奴に見られたくないもんな。
 だから俺もそっと馬車を下りて待った。
 ソディアも下りてきて俺の隣に立つ。

「優しいのね」
「そんなんじゃないさ。俺だって他人に泣き顔なんて見られたくないし」
「そう……でも、辛いことがあったら相談してね? 少しは受け止めてあげられるんだから」
「え? お、俺、辛そうにしてるように見える?」

 ソディアは首を左右に振って「見えない」と答える。

「でも、異世界から突然連れて来られたんですもの。帰りたい……でしょ? 家族が待っているもの」
「あー……両親とはもう死別しているんだ。祖父母や曽祖父母ともね」
「あっ……ごめんなさい」
「いや、平気。大丈夫。でもそう思ったら……」

 樫田たちってどうなんだろう?
 戸敷の親父さんは確か弁護士だったかな。生きてるはずだ。
 高田の家も教会だし、親父さんは現役の神父だ。やっぱり生きてる。
 帰りたい……って、思うのかな。

 俺は……。

 学校から帰っても、誰もいない家。
 学校に行く時、帰って来た時、寝る時に、それぞれ仏壇に手を合わせるのが日課だった。
 両親が事故で亡くなって、しばらくは姿を見ることが多かった。
 俺を心配して成仏できなかったのだろう。
 でもこの一年、まったく二人の姿を見ない。
 出てきて欲しいと思うこともあったけれど、それを願ってはいけないことだと分かっている。
 だから、考えないようにした。
 寂しいと思わないようにした。

 だけどやっぱり……。

 今、隣にはソディアがいる。
 コラッダもいて、竜牙兵がいて、足もとの影の中にはアンデッドたちがいる。
 あぁ、肩に乗っかってる背後霊もいたな。

 ひとりじゃない。

 でも、元の世界に戻ればまたひとりだ。

「俺は好きだよ」

 そう言ってソディアに笑いかける。

「す、好き!?」
「うん。この世界が好きだ。ひとりじゃないからね」
「こ、この世界……そ、そういう意味ね。ふふ、ふふふ」
「どうした、ソディア?」
「ふふふ、なんでもないわ」

 いや、まじでどうしたんだろう?
 笑いながら場所の中に入っていったけど。

『もうっ、馬鹿ね!』

 ビシっと鞭が飛んでくる。

『馬鹿ですぅ~』

 ビリビリっと魔法が飛んでくる。

『サナドの爪の垢でも飲ませるべき?』

 俺がいったい何をした?

「レイジくん、ちょっと」

 馬車の中から俺を呼ぶソディアの声が、「おう、御霊。ちょっと面貸せや」と言う樫田の声をシンクロしているように聞こえた。





「え……じゃあ君は……お姫様?」
「はい。私はドーラム王国王女、アリアン・ローゼン・ドーラムです」

 薄紫色のぽやんっとした女の子が、この国――あ、まだここはヴェルジャスか――じゃあ隣のドーラム王国の王女様!?
 そんな大物貴族、いや王族が、何故奴隷商なんかに。
 運ぶためと言っていたが、いったい誰がどこに運ぼうとしたんだ。

「みなさまは私を助けてくださいました。お礼をしなければなりません。ぜひ、我が父君の待つお城まで来てくださいませんか?」
「え……し、城……」

 どうしたものか。
 そんな所に出て行って、万が一アンデッドが見つかりでもしたら大変だぞ。

「それにしても、お三方は大変お強いのですね。ならず者たちの人数は、あなた方より多いと言うのに」

 と、まだ赤い目でほほ笑むアリアン王女。
 倒れている暗殺者の数を見て言っているんだろうな。
 そしてすっとぼける俺とソディア。コラッダは御者として馬車を走らせている。

 彼女は知らない。
 アンデッド軍団の手によって、暗殺者たちが倒されたことを。
 いや、最初から気絶していてよかったかもしれない。
 もしアンデッド軍団を目の当たりにして、あの奴隷商みたくぽっくり逝かれでもしたら大変だったぞ。
 まさか王族だとは思わなかったもんなぁ。

「でも、どうして一国の王女様が……」

 遠慮がちにソディアが訪ねると、アリアン王女は顔を伏せ呟いた。

「私は呼び出されたのです」

 うつむき、何かに耐えるよう唇をぎゅっと噛みしめてから彼女は話を続けた。

「愛しいあの方に……隣国ニライナ王国のキャスバル王子に呼び出されたのです」
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