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第四話

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 鉱山での奴隷生活最初の夜。
 我々奴隷は、岩壁に開けられた穴に押し込められ雑魚寝する。
 穴は鉄柵が嵌められ、外には完全武装のカチムチ男が見張りをしていた。

 が、警備ザル過ぎ。
 夜中になると二人いる見張りの、その二人ともがいびきをかいて寝るという。
 夜盗に襲われでもしたら、どうするんだまったく。

 まぁこれで動くことができる。

 寝静まった奴隷仲間を起こさぬよう、そおっと身を起こして壁際に。
 締め込みの中に忍ばせておいた石を取り出し、床に並べた。
 ビー玉サイズの石が七つ。
 もっと持ち出したかったが、これ以上は締め込みが膨らみ過ぎて怪しまれる恐れもあった。
 大きな石にしても同じだ。
 面倒だが、小分けにして持ち出すしかなかったのだ。

 で、この石を使って、自給自足に向けた第一歩を行おうという訳だ。

 石とは言うが、これでもれっきとした鉄鉱石である。
 微量の鉄分を含んでおり、これを製錬して鉄だけを取り出そうと思う。

 右手に持った石に魔力を注ぎ――うむ、日本人男子の肉体でも、うまく魔力を操作できるようだ。
 そもそもこの体で魔法を使ったのも今日が初めてだったからな。何事も上手くいってよかったよかった。

 魔力を注がれた石は砂の粒となって崩れ落ち、その粒を左手で持つ石に注ぐ。
 左手の石にも同じように魔力を流し込み、それぞれの砂粒が混ざり合って……やがて小さな鉄の塊と砂とに分かれた。
 砂は不純物であり、そのまま床板の隙間に捨ててしまおう。
 次からは右手に石、左手に鉄の塊を握って繰り返す。
 七つの石全てを製錬し終えると、ビー玉ほどの鉄の塊となった。

 この程度の鉄では何も作れぬが、ゆくゆくはナイフ辺りでも作りたい。
 ナイフがあれば動物を捌くことが出来る。その動物の皮から衣服や背負い袋なども作れるだろうし、肉は食料にもなる。
 これぞ自給自足の第一歩といえよう。

 とりあえずはナイフが作れる量の鉄が手に入るまで、ここで大人しく働くか。





 鉱山での五日目の朝。

 人というのは欲深い生き物である。その人として生を受けた余もまた、欲深い生き物なのだ。
 二日目は坑道内でも監視の目を盗んではせっせと製錬したおかげで、その日もうちにナイフ一本分の鉄が完成した。
 だが、いざナイフ一本でさぁスローライフのスタートだと考えると、本当にナイフ一本でいいのか? と思うように。

 自給自足の定番といえば、野菜を植え、家畜を育てることだ。
 畑を耕すなら鍬がいる。鎌や、出来ればスコップも欲しい。
 そして家畜を飼うなら柵を作らねばならぬ。小屋もだ。
 なら斧にハンマーも必要だろう。
 
 足りない。
 それらに必要な鉄の絶対量が足りない!
 
 という訳で、五日目を迎えている訳だが。

 他の奴隷たちより少しだけ量の多い朝食を頬張りながら考える。
 出来上がった鉄は小分けして床板の下に隠しているが、そろそろ量も増えてきたのでちゃんとした隠し場所が欲しい。

 余談であるが、ここの食事は歩合制になっている。
 "採掘"と"筋力増強《マッスルパワー》"スキルのおかげで、当然のように好成績を残している。
 具体的には他の奴隷の二倍の鉄鉱石を掘り当てているのだ。
 十倍の量でも余裕で採掘できるのだが、あまり派手にやり過ぎると有能な人材だと思われてしまうからな。
 そうなるとスローライフから一転、様々な事件に巻き込まれ面倒なことになるだろう。

 面倒は嫌だ。
 余はのんびりと辺境の地でのんびり過ごしたい。

 そんなことを考えていると、麓に続く一本道から荷馬車がやって来るのが見えた。
 新しい働き手たちだろうか?
 人が増えれば監視の目を盗んで動きやすくもなる。
 願ったり叶ったりだな。

 そうだ。
 監視役が飲むための酒瓶が詰め込まれた木箱をひとつ拝借して、それに鉄を詰め込んで隠すか。
 どの箱をいただくか……そうして目に留まったのは、今まさに到着したばかりの馬車から降ろされた積み荷だ。

「あうぅ、うぅぅ」

 小学生、もしくは中学生ぐらいだろうか?
 いや、ここは異世界なのだから、中学生なんてものが存在するはずがない。
 いかんいかん。平和ボケした日本男児感覚が抜け切れておらぬな。
 まぁ年齢的にそのぐらいかという少女が、馬車から降りてきたというだけだ。
 その少女が馬車の荷物を運ぼうと木箱に手を伸ばし――あぁ、重いのだな。持ち上げれない、と。

 見かねたガチムキ男が近づいていく。
 ほほぉ、手伝ってやるのか。

「さっさと荷物を運びやがれ!」

 うん。そんな訳はなかった。
 手にした鞭をしならせ少女の背中を打つ。

「あうっ」

 痛みから手にした木箱を手放すと、すかさず二度目の鞭がしなる。
 少女は慌てて木箱を抱えてゆっくりと運び始めた。

「全部運び終わったら、頭領の所へ行きなっ。気に入って貰えりゃあ、重い荷物を運ぶ必要もなくなるだろう」
「っけけ。その変わり、気ぃ失うまで腰を振らされることになるがなぁ」
「げひゃひゃひゃ。ちげーねー」

 そんなガチムキの言葉に少女は怯え、身を震わせるが直ぐに鞭の音を聞いて荷運びを再開する。

 うぅむ……魔王として君臨していた時や、エルフに転生した時などは奴隷だなんだと目にすることも無かったし、存在を知っていても哀れだなんだと思ったこともなかたのだが。
 平和ボケした日本人として転生し、それなりに道徳というものも学んだ今の余に、あれはちときついな。
 むろん、余を含めたここの奴隷たちも鞭でしばかれてはいるが、そもそも奴らは元々犯罪者だったというオチがある。
 ほとんどが殺人という罪を犯した奴らだ。しばかれて当然である。

 あの少女がもし殺人を犯して連れて来られたのだとしても、12、3歳だ。何か訳ありなのだろう。
 見た目も随分と痩せ細っているし……ぬ、ケモ耳ではないか。それに尻尾まである。
 猫……よりは犬系か。

 そういえば異世界ファンタジーにおいて、獣人が奴隷にされやすいというのはあるあるだったな。
 余が魔王として君臨していた世界でもそうであった。
 我が魔族ではそのようなこともなく、故に獣人族が庇護を求めてくることもあったな。

 あの少女は魔族に庇護を求めなかったのか、それとも求められなかったのか。
 そうして奴隷商人に捕まり、ここへ運ばれてきたのであろう。

 それにしても……欲しい。
 あれこそが余の理想のモノ。

 少女――が持つあの木箱が欲しい!!
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