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東堂京介

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第5章

第1話 堀口

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田中は数ヶ月ぶりに「週刊経済ジャーナル」のオフィスへ足を踏み入れた。

デスクの上には資料や雑誌の校正紙が散乱し、記者たちはそれぞれのモニターに向かって忙しなくキーボードを叩いている。


「久々に来たけど、相変わらずの空気だな。」

田中は軽く息を吐きながら、編集部の奥へと歩いた。
 
ふと、隅のデスクで何か話し込んでいる二人の記者が目に入る。


「マジで? 週明け確定なのか?」


「らしいぞ。もう印刷所に回る寸前だって話だ。」


「いやぁ、ウチが掴めなかったのが悔しいよな、あのネタ、特ダネだったろ。」


田中は足を止めた。

週明け確定の特ダネ?

記者の本能が警鐘を鳴らす。

田中はさりげなく近づき、会話に割り込んだ。


「おいおい、そんなにデカいネタが出るのか?」


二人の記者が顔を上げる。


「田中さん? 今日は珍しくこっちですか。」


「ああ、ちょっとな。それで、その特ダネって何の話だ?」

記者の一人が苦笑いしながら肩をすくめる。


「いや、それがウチのネタじゃないんですよ。」


「どういうことだ?」


「ライバル誌の週刊時報が掴んだネタらしいんですけどね、ウチの上も裏を取れって騒いでるんですよ。」


田中の眉がわずかに動く。


「まだ裏が取れてないってことは、確定情報じゃないんだな?」


「まぁ、そうなんですけど、噂じゃ、相当デカいネタだって話です。」


「内容は?」


「さすがにそこまでは、でも、政治絡みって話ですよ。」


政治絡み?


田中の脳裏に、一つの可能性がよぎった。


Inovexの連中なら、何か知ってるかもしれない


「ちょっと調べてみるか。」

田中は踵を返し自社から外出するのだった。


在社時間15分。







「で、結局あの番組、大反響ってわけです?」

玲奈はソファに深く腰掛け、スマホを弄りながら言った。


「まあね。」

真帆はタブレットを操作しながら、淡々と答える。


「視聴率もSNSのバズりも、今期トップクラス。スポンサーの評判も悪くないし、結局東堂社長の一人勝ちよ。」


「やっぱり、東堂社長の選択は常に正しいのね。」

玲奈は天井を仰ぐ。


「新宮さんも言ってたけど、これしかなかったって気もするんですよね。結果論だけど。」


「まあ、読めないっていうより、読ませる気がないの間違いじゃない?」


真帆が肩をすくめる。


「そう言えばSILVER BULLET順調みたいですね。」

玲奈の問いかけに、真帆は軽く息をつく。


「まあね、動き出せば見てるだけとはいえ色々大変なのよ主に技術屋さんが。」


「へえ」

玲奈がよくわからないなと聞いたくせに気のない返事を真帆に返したとき


「何やら盛り上がってますね?」

突然の声に、玲奈と真帆が振り返る。


「ああなんだ田中さんか。」


「なんだとは失礼ですね、はいお土産です。」

田中は真帆に溌溂なドリンク6本入りを渡す。


「又懐かしいものを、うちでこれ配ります?」

玲奈が軽く茶化すように言うと、田中はメガネをクイとする。


「好きなんですよ、皆さんでどうぞ。」


「じゃあまあ1本。」

玲奈がドリンクのふたを引っ張り開ける。

 
「それより、ちょっと気になる話があるんですが」


玲奈が顔を上げる。


「玲奈さん鐵角とエリカチンが絡んでるって話、聞いてますか?」


「え?あの二人の件は昔の話でしょ?え、まさか今も続いて?」


きゃあ、と悲鳴を上げかける玲奈を制する田中。


「いえ、そっちの話ではなく、そうなのかもしれませんが今はそれはどうでもいいんです。
問題は最近2人に何か接触があったりしたのではないかと言うことです、玲奈さんあなた何か桜井さんからそれらしいこと聞いていたりはありませんか?」


「ん-ないわね。」

玲奈は悩んだふりをするが結局否定する。


「ちょっと情報を追ってたんでが、どうも週刊時報がなにか出すみたいなんです。あそこは元々大和テレビとかかわりが深いもしかすると関係があるリークじゃないかと睨んでみたんですけどね」


「なにかって?」


「それを探してるんですよ。」


ああ、要は勘か。玲奈が同情の視線を送る。


何かを察しメガネの端を光らせる田中。




「特殊なやり取りしてないで、それにその二人なら私4人で会食したわよ?」

唐突に真帆の声が割って入る。



「は?」


田中の表情が固まる。


「ちょ、待ってください。4人?」


「ええ。」

真帆は少し首を傾げながら言う。


「鐵角さん、エリカチン、東堂社長、あと私。」


玲奈と田中が同時に沈黙する。


「マジですか。」

田中が天井を仰ぐ。


「田中さん?」

玲奈が眉をひそめたまま、田中を見上げる。


「これ、ヤバいやつ?」


「週刊時報が記事を出すつもりです。豊後県のスマートシティ構想の発表が明日、
 発表の前に鐵角と桜井恵梨香が会食していた、その席には大和テレビの社長が同席していた。3人の密会、そして巨額のプロジェクト。話題性は抜群です。」


田中はメガネを外しこめかみを揉む。


「ふむ、東堂社長に会いましょう。真帆さんアポをお願いします。」

田中は真帆にそう声を掛ける。


真帆は溌溂ドリンクを開けて飲もうとしていた。






社長室は、相も変わらず無駄を削ぎ落としたシンプルな空間だった。

室内には最低限の家具だけが配置され、デスクには必要な書類が整然と並べられている。革張りのソファセットが壁際に置かれ、来客用のスペースを確保していた。無機質な雰囲気ではあるが、実務を優先した結果のレイアウトだ。珈琲の香りがほのかに漂い、室内の静けさを際立たせている。


東堂はデスクの向こう側で、淡々と書類に目を通していた。その視線は一瞬だけ二人に向けられたが、特に感慨を抱いた様子はない。


「で?」

視線を戻さず、東堂が短く尋ねる。


「お忙しいところ申し訳ありません。少し、お時間をいただければと思いまして」

田中が落ち着いた声で切り出す。


「まあ、座れよ」


東堂はようやく手を止め、軽くソファを指し示した。真帆と田中は互いに視線を交わし、指定された席へと腰を下ろす。

珈琲が出されるが、誰も口をつけようとはしなかった。


「確認しておくが、これは仕事の話か?」

東堂はゆっくりと顔を上げ、いつもの鋭い視線で二人を見やる。


「そういうわけではありませんが、重要な情報です」

田中は姿勢を崩さず、落ち着いた声で答える。


「なるほど」

東堂は指先でテーブルを軽く叩き、わずかに頷いた。


「まあ、聞こうか」


真帆が静かに息を吸い、慎重に言葉を選びながら口を開いた。


「松岡が仕掛けてきます」


東堂は表情を変えずに、真帆をじっと見つめる。


「具体的には?」


「鐵角さんと桜井さん、そして東堂社長の会食の写真を週刊誌にリークするつもりです。これを、東堂社長の政財界との癒着として問題視する形で報道させようとしているようです」


田中が静かに補足する。


「松岡と週刊時報の関係を考えれば、捏造や印象操作も十分あり得ます。かなり大げさに騒ぎ立ててくる可能性があります。」


東堂は軽く指を組み、ソファの背にもたれた。


「鐵角さん、成程、豊後県の件か。」


彼の声は落ち着いていたが、その視線の奥にわずかな思考の影が浮かぶ。




「時間はない、か。」

東堂は少しの間目を瞑り何かを考える。


真帆と田中は、そんな東堂をただ黙って見つめた。




「仕方ないか。沢木、紫藤会長に至急拝謁の手配をしてくれ。田中お前は堀口と連絡を取れ。先に動くぞ、鐵角を潰させるわけにはいかん。」



東堂は目を開け、矢継ぎ早に指示を飛ばした。




「さて、そんなに俺が憎いか、松岡、さん。」

東堂は窓の外をじっと見つめる。その横顔に、真帆の視線が止まる。




暫くして、東堂はデスクに向かい、書類をめくっていた。田中はソファに腰掛け、静かに待っている。


ノックの音が響いた。


「入れ」


東堂が視線を上げることなく声をかけると、扉が開き、堀口が入ってきた。


「やあ、お邪魔しますよ。」

堀口は手に持った封筒を強く握りしめながら、足早に部屋へ入った。普段の飄々とした態度とは違い、その表情には張り詰めた緊張感が漂っていた。


「田中から連絡を受けてね。やっとこのネタを使う時がきたか。」


東堂はようやく視線を上げ、封筒に目をやる。


「ああ、使わせてもらう。」


「揃ったぜ、これであんたも文句ない筈だ。」

堀口は封筒をテーブルに置き、椅子に腰掛け満足そうに続ける。


「紫藤、黒田、あの二人に守られたクソガキ。これでやっと叩けるってもんだぜ。」


東堂は真剣な眼差しで堀口を見つめ、ゆっくりと口を開いた。


「すまん堀口、このネタ紫藤に渡す。」



瞬間、堀口の表情が凍りついた。


「は?」


田中も驚いたように東堂を見た。


「ちょっと待てよ、東堂さん。それはどういう意味だ?」

堀口はテーブルを拳で軽く叩き、険しい目つきで東堂を睨む。


「ふざけるなよ、俺がどれだけこの情報を追い続けたか、わかってんのか?ここまで来るのに、何十人の証言を取ったと思ってる?何ヶ月かけて追ったネタだと思ってる?」


東堂は静かに堀口を見つめ、揺るぎない声で言った。




「すまん、堀口。」

東堂は堀口に詫びを繰り返す、それはいつもの東堂とは違う苦渋に満ちた表情だった。





東堂は黒塗りの車から降りると、紫藤の邸宅へと足を向けた。


門の前には厳重なセキュリティが敷かれている。スーツ姿の警備員が東堂を一瞥し、通話機で確認を取ると、静かに門を開いた。


「ご案内します。」


応接室に通されると、紫藤はすでに席についていた。手元の茶碗を静かに撫でながら、ゆったりと座している。



「ほお、おまえがわしを訪ねてくるんは珍しいのう、東堂。何や、今日は真帆ちゃんおらんのかいな。」

紫藤は茶を一口すすると、東堂を見上げる。目の奥に何を考えているのか読めない笑みを湛えている。


「お忙しいところ恐縮です。少し、話をさせていただきたく。」

東堂は一礼し、用意された座布団に腰を下ろす。紫藤は笑みを崩さぬまま、ゆるりと指で茶碗の縁をなぞった。


「話?話ってなんや?」

東堂は懐から封筒を取り出し、紫藤の前に置いた。紫藤はそれを眺め、指先で軽く弾いた。


「こりゃまた、えらいもん持ってきよったな。」


封を切り、中身に目を通した紫藤の顔に、微かに笑みが深まる。


「お前、わしがこれをどないする思とんのや?」

紫藤は茶碗を置き、東堂をまっすぐ見据える。その眼差しには、軽薄な好奇心ではなく、鋭い判断を下そうとする男の目があった。


「如何様にでも。私ではこの情報持て余します故、御前にと。」


「ふうん。」

紫藤は鼻を鳴らし、もう一度書類をめくる。



「お前、びびっとんのか?」


「もちろん、びびっております。」

東堂は恐れなぞ微塵も感じさせぬ微笑で答える。


「ほんま、かしこいやつわこれやから。」

紫藤は書類を軽く折りたたみ、横に置いた。


「まあええわ、話聞いたろ。話せや。」


「それでは、御前にお願いしたいことがあります。」

東堂は両手を膝に置いたまま紫藤に話す。


「松岡を潰していただきたい。」


「はあん?お前わしに取引持ち掛けよんのか。」

紫藤が耳に小指を突っ込みながら言う。


「その価値、ありませんか?」


「足らんな、それにお前それでええんか?」

紫藤が小指の垢を吹き飛ばして言う。


「私は一向に、それと足りぬ分はこちらで如何でしょう。」


東堂は懐から封筒を差し出す。


紫藤は面倒そうにそれを開封し、目を見開く。くふぅんと鼻を鳴らし顎を摩る、暫く考えたのち東堂をギョロリと睨み、


「ほんんんまに、お前はそれでええんやな?わしが松岡止めるっちゅうんはそういうことやぞ、神木の事はええのんか?」


「船を沈めて剣を得るとも申します。それに神木さんと松岡の件は二人の事、私などがしゃしゃり出れば神木さんに叱られてしまいますよ。」


「ふん、まああれは確かにそういう奴っちゃったな。まあええ、まあええ、わかった。今回は丸め込まれといたる。」

紫藤は懐に封筒を仕舞うと、東堂に告げた。


「時間無いんやろ。はよいね。」


「は、この度は有難う御座います。」

そう言って立ち上がる東堂に紫藤は告げる。


「今のお前はわしは好かんど。」


「私もです。」


そう返し紫藤に頭を下げると東堂は退出していく。


わかっとんのやったら上手いことやらんかい。紫藤はそう愚痴ると、手を叩き使いの者を呼ぼうとしたその時、


「お久しぶりです、紫藤会長。」

低く抑えた声。静かな足音。紫藤は肩越しに振り返り、目を細めた。


「桐生か。何の用や?」

そこには、桐生一貴が立っていた。


相変わらず、焼けた肌に整えられた髪。いつものように微笑を浮かべているが、その目は微かな光を宿している。


「興味深いものを見せてもらいました。松岡前社長、いや松岡さんも、随分とあっさりですね。」


「壊れた茶碗は土くれやないか?」

紫藤は再び椅子に腰を落ち着け、指先で机を軽く叩いた。


桐生は紫藤の前にゆっくりと歩み寄り、懐から煙草のケースを取り出す。紫藤は黙ったまま、それを見つめていた。


「土くれに価値はありませんか?。」


「無いなあ。」


「そうですね、ところでその空いた床の間何を置くかお決めですか?」


「なんや、お前座りたいんか?」

紫藤はつまらなそうに鼻をならす。


「いえ私にはとてもとても。しかしその場所、今度こそ会長にとって良い器を置くべきではありませんか?」


「何が言いたいんや?」
  

「私が選んだ者 に座らせるのが適任だと考えています。」


紫藤は鼻を鳴らし、指で机をコツコツと叩く。


「選んだ者、なあ。ほぉん、そらまたええこと言いよる。」


「大事な場所には大事なものを。ですよね?」


紫藤は短く笑う。


「せやな。それがビジネスや。」

桐生は静かに微笑んだ。


「ならば、私の手並み、ご覧いただけますか?」


紫藤はしばらく桐生を睨みつけていたが、やがてしかめっ面で煙草を取り出し、火をつける。

「聞いたろかい。」

そう言って紫藤は煙をゆっくりと吐き出した。


桐生の目が、一瞬だけ光を帯びる。





紫藤は慇懃に礼をして背を向ける桐生を冷めた目で見送り音にならぬ声を発す。


かしこいやつは嫌いやが。さかしいやつはずっと嫌いやで。


紫藤邸の庭の大樹はゆっくりと降る雨に濡れ、その葉を酷く重そうに耐えていた。




その夜、松岡康二が大和テレビの全役職を辞任したことが、正式に発表された。






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