魔女はお呼びではありません

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魔女と魔術師

召喚

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「意外だな」
「何が?」

 歩き出して掛けられたトゥーレアスの言葉に、柚莉は首を傾げた。

「お前が。思ったよりも冷静だ」
「うーん? そこまで冷静って訳じゃないのよ」

 トゥーレアスの感想に柚莉は乾いた笑み浮かべた。
 柚莉はただタイミングを見失っただけだ。感情に任せて怒ることも泣くことも今更な気がして出来ないだけ。
 ぼんやりとだが自分の置かれた状況はわかっている。

 それに最初こそ見た目の冷たさと態度の悪さからトゥーレアスに怯えていたが、話してみると思ったより普通で安心したのもある。
 感情を表に出さず愛想がないのは彼の標準なのだと考えれば、服を燃やされてしまったが人道的にひどいことをされている訳でもないので歩み寄りも可能だ。

「ここはユーリのいた世界じゃない。いわゆる異なる世界だ。そして、ユーリをここに召喚したのは魔術師である俺、だな」

 ぽつりぽつりと説明するトゥーレアス。
 言葉を探すようにして説明する彼の横顔は、緊張しているのかひどく険しい。
 半ば予想をしていたとはいえ、異世界へ喚ばれるとはどれだけ運が悪いのだろう。小説の中ならいざ知らず、現実は受け入れ難い。

「召喚なんて、どうして?」
「どうして、か。ユーリの世界には魔力はあるか?」
「魔力?」

 ふるりと首を振って答えれば、トゥーレアスは手のひらを上に向けて柚莉の前に出した。

「火」

 彼の短い言葉に反応して、手の上に小さな火の玉が現れる。
 柚莉はぎょっとして反射的にトゥーレアスから距離を取った。
 トゥーレアスが手を握ると、その一瞬で火は消える。

「呪文は魔力を導き出す切っ掛けのようなものだ。魔力は燃料と言えばいいか。そしてこの世界は魔力の多いものが権力を持っている。王族や貴族、魔術師と言われる者たちのように」
「普通の人は魔力そのものを持っていないの?」

「絶対、ではないが。貴族以外で魔力のあるものは学校に通い魔術師となる。その定義で言えば貴族は皆魔術師になるが、一部の例外を除いて魔術師と名乗る者はいない。貴族は魔力を持って当たり前だから。
この国は魔力を重視している。つまり魔力を多く持つ者が優秀だとされ、誰もが魔力量を少しでも増やそうと躍起になる。しかし魔力量はそう簡単に増えるものではない。訓練すれば幾らか増えるだろうが、生まれ持った素地というものはどうしようもないからな」

 トゥーレアスは懐から親指くらいの大きさの細長い石を取り出した。斜め後ろを歩く柚莉にも見えるように持ち替えて目の高さに掲げる。
 澄んだ透明な石だった。天然石を扱う店で見た水晶のようだ。

「これは魔石だ。魔力を溜めることができる石。魔術師はこれを使い、足りない魔力を補っている。だが魔石は高価な上に使い勝手が悪い。この小さな石に溜められる魔力などたかがしれている。だから――――」

 トゥーレアスはそこで言葉を切ってちらりと柚莉を見た。

「魔石の代わりとなる魔女を喚んだ」
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