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三国同盟と硝石

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秋になり、収穫の季節を迎えた。ただ、今年は平年よりも冷夏だったため、前世の作況指数で言えば残念ながら96~97の「やや不良」という感じだ。

しかし、俺が塩水選と正条植えを試行させた田んぼだけは例外で、平年の3割増の収穫となり、家臣や領民たちは「さすがは神童だ」と一様に驚いていた。

今年は試行ということで寺倉郷の2割に当たる田んぼだけで行ったが、来年からは寺倉郷全体に広まるのは間違いなさそうだ。



◇◇◇



12月中旬、俺は木原十蔵から東国の動向に関する情報を得た。

甲斐を治める武田信玄、いや、今は武田晴信だな。それと相模の北条氏康と駿河の今川義元の大大名3者が婚姻同盟を結んだと言う。後世に名高い「甲相駿三国同盟」だ。

確か史実では、一昨年に今川の娘が武田の嫡男・義信へ、昨年に武田の娘が北条の嫡男・氏政へ、そして今年、北条の娘が今川の嫡男・氏真へと嫁ぐ婚姻関係により、三国同盟が完成したはずだ。この歴史的同盟はどうやら今川家の太原雪斎が発案者らしい。

ただ、同盟締結時に三者が会合したという「善徳寺の会盟」なんてのは後世の作り話だな。暗殺される謀略もあり得るのに、当主がのこのこと出向くはずがない。善徳寺で会談したのは太原雪斎や北条幻庵といった三家の重臣たちだろう。

いずれにしても三国同盟により三家は背後を気にせず、武田は北へ、北条は東へ、今川が西へ、という大戦略が固まった訳だ。信濃平定のため後の上杉謙信こと、長尾景虎との戦いに専念したい武田晴信にとっては、特に旨味の多い同盟だろうな。

しかし、史実ではしばらくは三家の間で不戦が守られるが、「桶狭間の戦い」で敗れた今川家が落ち目となると、武田信玄は平気で三国同盟を破り、徳川家康と共同して駿河を攻める。一方、北条氏康は信玄の同盟破りに怒り、娘の嫁ぎ先の今川家に援軍を送っており、信義にもとる武田信玄とは対照的だな。

婚姻同盟では他にも、北近江の浅井長政が朝倉攻めの際に織田信長との婚姻同盟を破り、戦国乱世では必ずしも絶対ではないという証明にもなっている。だが、それでもやはりある程度は有効な手段なのは間違いない。できれば寺倉家も安全保障のために将来は有力大名と同盟関係を築きたいところだが、今の俺の身分では他国と交渉できるはずもない。

六角家の一介の陪臣に過ぎない寺倉家の立場では、独断で他国と関係を結ぶ権限は持ち合わせておらず、もし六角家や蒲生家に内緒で仕掛ければ、主家に対する叛意ありと見なされかねない。まだ自衛できるだけの戦力が整っていない現状では、厄介事は避けなければならない。

既に商人によって情報が伝わった堺や京では、滅多にお目に掛かれない三国同盟の噂で持ち切りだそうだが、史実を知っている俺にとっては史実どおりで左程の驚きはない。数日後の評定でも家臣たちが三国同盟の話題で喧騒となる中で、俺一人だけが冷めていた。

その理由は、7月に尾張で織田信長が主家である下四郡の守護代・織田大和守家を滅ぼし、清洲城を奪ったと十蔵から聞いたからだ。ようやく信長が尾張統一の第一歩を踏み出したわけだ。



◇◇◇




年が明けて天文24年(1555年)となり、俺は12歳となった。

さて、軍備強化のため昨年の秋に鉄砲50挺を調達し、10月から常備兵に射撃訓練をさせているが、弾はともかく、火薬は明からの輸入品で非常に高価なため、射撃訓練を行う度に高い費用が掛かってしまう。今のままでは財政を圧迫しかねず、対策が必要だ。

ならば、寺倉家でも俺のチートブックを頼りに火薬を自作するしかない。この時代の鉄砲に使う火薬は黒色火薬で、材料は硝石、硫黄、木炭の3つだ。この内、硫黄と木炭は入手は容易だが、ネックとなるのが硝石、すなわち硝酸カリウム(KNO3)だ。

「淀峰丸さま、本当に硝石を作れるのですか?」

訝し気に俺を見ながらそう言うのは箕田勘兵衛だ。

「ああ、作り方は大体分かっている」

硝酸カリウムは土中の有機物や窒素化合物をバクテリアが分解する過程で生成される物質だが、水溶性のため雨が降ると土中の硝酸カリウムは拡散し、植物の根から養分として吸収されてしまう。そのため、土中の有機物や窒素化合物が豊富で、雨が掛からず、植物が生育していないという条件が必要となる。

そこで、まずは「古土法」という方法だ。何十年か経った古民家の床下の土を集め、土を溶かした水溶液の上澄みに炭酸カリウムを含む草木灰を加えて硝酸カリウム塩溶液を作り、煮詰めて結晶を取り出すと、硝石の完成だ。「古土法」は早い内に硝石を得ることができるが、古民家の床下の土を得るのは限りがあるのが難点だ。

そこで、サクと呼ばれる草や石灰屑、蚕の糞を床下に埋め、数年で硝石を得る「培養法」という方法が発見された。確か越中の五箇山の秘法だったはずだ。

3つ目は「硝石丘法」だ。小屋の中に床下の土と落葉、糞尿を混ぜたものと、刈り取ったヨモギを交互に積み上げ、定期的に上から人尿を掛けて積み直しをして、3~4年で硝石を採取できるようになる。ヨモギ特有の根球細菌の働きにより硝酸が生成されるのだが、史実で石山本願寺が利用した方法だ。

「……よくご存じですな」

とりあえず短期的には「古土法」と、同時に長期的に「硝石丘法」も着手するとしよう。

「ああ、ここに製法は記載しておいたが、絶対に外に漏らすな。そうだな、郊外の森の中に小屋を建てて、密かに始めよ。こればかりは最も信頼の置ける箕田家にしか頼めん。他の家臣たちにも明かしてはならぬ」

硝石の生産に成功した暁には高値で販売して大儲けすることも可能だが、火薬は貴重な軍需物資だ。硝石を安価に大量に確保できれば軍事戦略上、圧倒的優位に立つことができる。製法は絶対に秘匿し、当面は寺倉家の戦略物資として領内だけで使用すべきだ。

「ははっ、信頼していただき、かたじけなく存じまする」

椎茸栽培と灰吹法に続いて箕田家に重要な仕事を任されたことに、勘兵衛は感激して平伏した。

「それと、作業させる者には口の堅い者を雇い、秘密を守るため肥料作りだと偽ればいい。実際に肥料にも使えるから嘘ではない。ただし、糞尿の臭いが酷く過酷な仕事になる故、手当は弾んでやると良い」

「はっ、承知しました」

こうして極秘裏に硝石の生産が始まった。



◇◇◇



秋を迎えた。今年は塩水選と正条植えを寺倉郷全体に広めた結果、3割増の大豊作となり、領民たちは大喜びし、さらに俺の評判が高まった。

10月23日、戦乱の災厄を断ち切るため、「天文」から「弘治」に改元され、弘治元年となった。だが、改元するにもいろいろ費用が掛かったはずだ。

今の帝は後奈良天皇だが、多額な献金による任官を拒絶した清廉な人柄で知られる方なので、かなり困窮しているだろう。俺は別に官位など欲しくはないが、改元の費用の足しにと朝廷に少し献金し、年末には干し椎茸を献上することにした。

そして12月中旬、今年も木原十蔵から他国の動向に関する情報を得た。

まず東では「第二次川中島の戦い」だ。3月から閏10月まで200日以上の長期に渡り、武田晴信と長尾景虎が犀川を挟んで対陣し、今川義元の仲介でようやく和睦が成立したそうだ。武田晴信は早速「三国同盟」の恩恵を利用したというわけだ。

そして、西国でも10月に安芸であの有名な「厳島の戦い」が起きた。4年前の「大寧寺の変」で大内義隆を討った絶頂期の陶晴賢を、安芸一国の大名となった毛利元就が奇襲により討ち取った戦である。いよいよ毛利家の躍進が始まるようだな。
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