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恋喰らいのサガ
恋喰らいの生き方
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六田探偵事務所を訪問してから3か月が経過し、今でも強い日差しが射し、額に汗がにじみ出るような残暑の9月となっていた。
私は六田の元を訪れてから自分が本当に普通の人間でないことを自覚し、自分の能力という物を少しずつではあるが理解し、制御できるようになっていた。
人を惹きつけ、自分に好意を持たせる。自意識過剰な妄想に思えるかもしれないが、それでも意図して他人を惹きつけることに成功した、それは疑いを持っていた自分を納得させるためには十分な結果だった。
制御すると言っても、想像していたような特別な事は何もなかったので拍子抜けだったのも事実だ。座禅を組むわけでも、身体を鍛えることもなかった。ただ自分にはそういった能力があると自覚し、頭の中で抑えるか押えないかをイメージする、シンプルにそれだけだった。
練習と言い聞かせながらこの3か月間で11人の想いを食べた。
少しだけ食べた人、自分に関する記憶がなくなるくらいに食べた人、自分との関わりの痕跡がなくなるくらいに食べた人、様々な食べ方をしてきた。食べ方によって満足度が変わるというのも理解した。痕跡を消すほど食べると満足度が高く、次に食べたくなる衝動のスパンが長くなる、逆に少しだけ食べても、また食べたくなる。基本的にはお腹の仕組みと一緒だ。
罪悪感がないかと言えば正直嘘になる。大なり小なり自分に好意を向けてくれた人の想いを踏みにじる行為だからだ、それでも食べなければいけないと無理やり自分を納得させながらこの3か月を過ごしてきた。意図的に食べないことを選択しながら過ごしていると、やはり餓えを感じる事は多くなった。今まで自分は無意識のうちに無作為に食べていた事を実感した。
罪悪感を持ちながらも、好奇心を止められないものが1つだけあった。味だ。自分に対する想いが長い人の方が甘味や苦み、辛みのようなものを感じ、逆に短い人の想いは無味だった。六田さん曰くは恋心の種類によってはそう感じるということだった。
11人の中で1番おいしかったのは間違いなく、同級生の大槻君の想いだった。昔から何度も告白をしてくれていた彼の想いはとても甘く、まるで桃の様にみずみずしく、五臓六腑に広がるように染み渡るものだった。別に彼の事が嫌いだったわけではなかった、ただ、「どんな味がするのか」という好奇心に負けた。情よりも探究心が勝った結果だ。その日以降彼からのアプローチはなく、噂によると最近彼女ができ、上機嫌だというのは茄子嫌いの親友から聞いた。
毎日通うほどではなかったけども、通いなれた道を歩いていくと変わらずいつも通りの六田探偵事務所が見えてきた。ここ1か月程度は訪問する頻度は少なくなっていたが、週に1回は来るような場所となっている。
理由は寂しかったからだ。「周りのみんなと自分は違う」そう覚えてしまうと少しでも自分と同じ境遇の人と話したくてたまらなくなっていた。他愛ない話をリラックスして話せる唯一の相手が六田さんだった。
事前に連絡を入れておくと六田さんはその時間には事務所にいてくれるようになっていた。慣れた手つきでノックをし、返事を待ってから扉を開けると珈琲の香りが少し漂ってくる。
「いらっしゃい。紅茶を入れるから座って待っておいてくれ」
私は一言お礼を言ってから椅子へと腰を下ろした。
「今日もまだ暑いね。寒くなると温かい飲み物が引き立つ季節だからもう少し寒くなってほしいものだ」
近頃の口癖だった。どちらかというと暑いのが苦手なのだと3か月の間で知ったことだった。そういいながら机にティーカップを置いた。流石に暑いものをすぐに口をつける気にはならなかった。
そこからは世間話が始まった。世間で何が流行っているか、今朝のニュースについて、最近食べた想いの感想、味についてなど、普通の人間が話すことと恋喰らいだからこその会話に花が咲いた。失礼な話かもしれないけど、六田さんと話していると年が離れている事もあって、父と話しているような気分になる、その事を話すと嬉しいような悲しいような顔複雑そうな表情をした。
「私には家族がいないからね。どうしても複雑な気分だよ」
「結婚は?」
「この生き方をしていると、相手の本当の好意なのか、それとも引寄せてしまったものなのかわからないんだ。何より妻となった人の好意を食べてしまうのを我慢できるかが不安だ。君にはそうならないでいてほしいな」
初めて聞いた弱音だった。今日までいつも余裕のある姿ばかり見ていたので少し驚いた。
「六田さんならできると思います。仮に食べてしまってもほんの少しだけ食べればいいんですよ。そしたらもう食べれないですから」
「そうかもしれないね。君はその考えを貫いてくれ。味にはまるのもほどほどにね」
そう言った六田さんの顔はとても優しい顔だった。
その後すぐに解散となった。ただ、私の中では恋喰らいの結婚に関しての興味がわいた。人間と結婚した時、自分も我慢できるのだろうか、そして六田さんの祖母はどうやって結婚し、夫婦生活を過ごしてきたのか、とても気になる。自分たち以外の恋喰らいに逢うことが出来たら聞いてみたいと思った。
私は六田の元を訪れてから自分が本当に普通の人間でないことを自覚し、自分の能力という物を少しずつではあるが理解し、制御できるようになっていた。
人を惹きつけ、自分に好意を持たせる。自意識過剰な妄想に思えるかもしれないが、それでも意図して他人を惹きつけることに成功した、それは疑いを持っていた自分を納得させるためには十分な結果だった。
制御すると言っても、想像していたような特別な事は何もなかったので拍子抜けだったのも事実だ。座禅を組むわけでも、身体を鍛えることもなかった。ただ自分にはそういった能力があると自覚し、頭の中で抑えるか押えないかをイメージする、シンプルにそれだけだった。
練習と言い聞かせながらこの3か月間で11人の想いを食べた。
少しだけ食べた人、自分に関する記憶がなくなるくらいに食べた人、自分との関わりの痕跡がなくなるくらいに食べた人、様々な食べ方をしてきた。食べ方によって満足度が変わるというのも理解した。痕跡を消すほど食べると満足度が高く、次に食べたくなる衝動のスパンが長くなる、逆に少しだけ食べても、また食べたくなる。基本的にはお腹の仕組みと一緒だ。
罪悪感がないかと言えば正直嘘になる。大なり小なり自分に好意を向けてくれた人の想いを踏みにじる行為だからだ、それでも食べなければいけないと無理やり自分を納得させながらこの3か月を過ごしてきた。意図的に食べないことを選択しながら過ごしていると、やはり餓えを感じる事は多くなった。今まで自分は無意識のうちに無作為に食べていた事を実感した。
罪悪感を持ちながらも、好奇心を止められないものが1つだけあった。味だ。自分に対する想いが長い人の方が甘味や苦み、辛みのようなものを感じ、逆に短い人の想いは無味だった。六田さん曰くは恋心の種類によってはそう感じるということだった。
11人の中で1番おいしかったのは間違いなく、同級生の大槻君の想いだった。昔から何度も告白をしてくれていた彼の想いはとても甘く、まるで桃の様にみずみずしく、五臓六腑に広がるように染み渡るものだった。別に彼の事が嫌いだったわけではなかった、ただ、「どんな味がするのか」という好奇心に負けた。情よりも探究心が勝った結果だ。その日以降彼からのアプローチはなく、噂によると最近彼女ができ、上機嫌だというのは茄子嫌いの親友から聞いた。
毎日通うほどではなかったけども、通いなれた道を歩いていくと変わらずいつも通りの六田探偵事務所が見えてきた。ここ1か月程度は訪問する頻度は少なくなっていたが、週に1回は来るような場所となっている。
理由は寂しかったからだ。「周りのみんなと自分は違う」そう覚えてしまうと少しでも自分と同じ境遇の人と話したくてたまらなくなっていた。他愛ない話をリラックスして話せる唯一の相手が六田さんだった。
事前に連絡を入れておくと六田さんはその時間には事務所にいてくれるようになっていた。慣れた手つきでノックをし、返事を待ってから扉を開けると珈琲の香りが少し漂ってくる。
「いらっしゃい。紅茶を入れるから座って待っておいてくれ」
私は一言お礼を言ってから椅子へと腰を下ろした。
「今日もまだ暑いね。寒くなると温かい飲み物が引き立つ季節だからもう少し寒くなってほしいものだ」
近頃の口癖だった。どちらかというと暑いのが苦手なのだと3か月の間で知ったことだった。そういいながら机にティーカップを置いた。流石に暑いものをすぐに口をつける気にはならなかった。
そこからは世間話が始まった。世間で何が流行っているか、今朝のニュースについて、最近食べた想いの感想、味についてなど、普通の人間が話すことと恋喰らいだからこその会話に花が咲いた。失礼な話かもしれないけど、六田さんと話していると年が離れている事もあって、父と話しているような気分になる、その事を話すと嬉しいような悲しいような顔複雑そうな表情をした。
「私には家族がいないからね。どうしても複雑な気分だよ」
「結婚は?」
「この生き方をしていると、相手の本当の好意なのか、それとも引寄せてしまったものなのかわからないんだ。何より妻となった人の好意を食べてしまうのを我慢できるかが不安だ。君にはそうならないでいてほしいな」
初めて聞いた弱音だった。今日までいつも余裕のある姿ばかり見ていたので少し驚いた。
「六田さんならできると思います。仮に食べてしまってもほんの少しだけ食べればいいんですよ。そしたらもう食べれないですから」
「そうかもしれないね。君はその考えを貫いてくれ。味にはまるのもほどほどにね」
そう言った六田さんの顔はとても優しい顔だった。
その後すぐに解散となった。ただ、私の中では恋喰らいの結婚に関しての興味がわいた。人間と結婚した時、自分も我慢できるのだろうか、そして六田さんの祖母はどうやって結婚し、夫婦生活を過ごしてきたのか、とても気になる。自分たち以外の恋喰らいに逢うことが出来たら聞いてみたいと思った。
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