マジカルライフ

加納佑成

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第7話 スタンドバイミー ②

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「わかりました。『塔』というところに連れていって下さい。ですが」
 終野は────
「ですが、まだあなた方に本はお渡し出来ません。お話をして、あなた方が信用できる、祖母の本を安心して預けられる方だと分かったらお渡しします。いいですか?」
 そう答えた。その表情と語気は少しだけ険しく、両腕で本をしっかり抱き抱えていた。石神はそれに対して冷静に、穏やかに答えた。
「かしこまりました。もちろん構いません。灰谷の使い魔、ヘンペルがただいま迎えに参ります。お待ちしております」
「まあ、いずれにしろ行き先は同じなんだけどね」
 常磐木が言った。
「『塔』と仙台市図書館、物理的に同じ場所にあるんよ」
 

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 私と常磐木さんはもうすっかり暗くなった仙台の街を少し離れて歩いていた。常磐木さんは飄々とした態度で時々私に話しかけたりスマホを見たりしながら歩いていたが、私は少々気まずかった。
 ヘンペルと呼ばれていた、灰谷君と『線』が繋がっていた灰色のカラスが上空から目的地までの道筋を先導する。今は『線』は見えなかった。
 美しい欅並木の立ち並ぶ大通り(定禅寺通というそうだ)を行くと、せんだいメディアテークが見えた。遠目からは一見ただのお洒落なオフィスビルのようにも見える。しかし近くで見ると、綺麗なマリンブルーの全面ガラス貼りがおごそかな知性を象徴するがごとき威圧感を、建物内側に透けて見える、床を貫通する無数の白いチューブのような支柱は、現代アートのような奇妙な迫力を生み出しており、そしてそれらは穏やかに調和していた。
 何より驚くべきことにそこまで威圧感と迫力をたたえるたたづまいの建物でありながら、決して居心地の悪い雰囲気ではなかった。
 中に入るとそれらの印象は更に強まり、ガラス貼り故の採光の良さ、欅並木がさまざまな色の淡い光に照らされた美しい夜景とも相まって、建物内の雰囲気に静謐せいひつさと安心感を生み出していた。
 仙台市図書館はこのせんだいメディアテークの内部に存在する施設である。もうすっかり遅い時間のためか、他のお客さんはほとんどいなかった。
 常磐木さんや石神さんの言う『塔』はどこにあるのだろう────と案内板を探していると、少し離れた場所にいた常磐木さんに「こっち来て」と話しかけられた。見ると、床と天井を貫通する、白いチューブの支柱を無数に纏った、大木のように巨大なガラスのチューブを親指で差しながらこっちを見ていた。一瞬それが何なのかわからなかったが、信じ難い事にそれはエレベーターであった。
「デザインセンスヤバいよね、いい意味で。まあそれは置いといて石神ちゃんが一回限り、一名様限定の『塔』直通ルート作ってくれたから。まず君一人でこれに乗って」
「あっはい」
 ドアを開けた。乗った。
「うん、じゃ手順説明するからよく聞いてね?ドア閉まったら2回まばたきをして、縺l溘°繧階のボタンを押すだけ。簡単でしょ?」
「えっ?すみません、何階の」「よろしくね!」
 常磐木さんが外側の閉ボタンを押し、ドアを閉めてしまった。半分無意識に2回まばたきをする。
 エレベーター内の操作盤に縺l溘°繧階のボタンが増えていた。まばたきする前はなかったと思う。
 戸惑いながら、恐る恐る押した。
 エレベーターが上昇する。10秒程で到着音が鳴り、階数表示されていない階で停止した。
 ドアが開く。私はエレベーターから出た。
 そこは、白い廊下の真正面の突き当たりに、ごく普通のドアがあるだけのシンプルな部屋だった。その他には何もない。私はドアの前まで歩いた。
「お入り下さい」
 ドアの向こうから、聞き覚えのある綺麗なソプラノの声がした。私はノックをして、「失礼します」と言ってドアを開けた。
 シンプルでありながら静謐《せいひつ》さと安心感のある、まさにせんだいメディアテークのような不思議な感じのする部屋に、眼鏡にスーツの美しい女性が姿勢よく座っていた。一枚の絵画のようだった。どうやらここは応接室のようだ。
「初めまして。終野澄香さんですね。お待ちしておりました。お掛け下さい」
 美しい女性は、にこりと微笑ほほえんでそう言った。
「あっはい、失礼します」
 高級感がありながら近代的なデザインのソファに腰を降ろす。恐ろしくふかふかであった。女性は続ける。
「改めてご挨拶を。わたくし魔法管理機構ウィッチシーカー所属、『塔』のゼネラルアドミニストレータをさせて頂いております、石神量子いしがみりょうこと申します。本日はお忙しい中お越し頂き誠にありがとうございます」
「あっ、初めまして。終野澄香ついのすみかと言います。よろしくお願いします」
「よろしくお願いいたします。さて、早速ですが本題に入らせて頂きます」
 石神さんは真顔になり、言った。
「あなたの現状と、あなたのお婆様、終野黒枝ついのくろえの目的についての話です」
 

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