マルヴィナ戦記 神聖屍道士と獄炎の剣士

黒龍院如水

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奪還作戦

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 数か月後。

グラネロ砦から西に数キロ、ある闇商人のテントの中。

「グスタボ様、本日も馬を一頭、お納めいただきたく」

「エンゾールよ、そちの働き、感謝しておるぞ。グッグッグ」

「グスタボ様のおかげで、我々の商売も大繁盛でございます」

「そちの情報もとても役に立っておる。うちのギルドは内部の競争が激しいでなあ」

「ところでグスタボ様、本日はご紹介させていただきたい方がおりまして……」

「ほう、どなたであろうか」

「教国の腐敗大臣、ムフ・ブハーリンの手の者でして……」

「ほう、それは朗報。しめしめ、これは手柄の臭いがするぞ」

「ほれエジャド、案内しなさい」

「へい、ただいま」
小間使いがテントを出て、

体の大きな、フードをかぶった者が入ってきた。手に長く重そうなポールソード。

「これは……」
すぐさま身の危険を感じたグスタボ。

「僕はちょっと急用を思い出した」
そう言って、低い姿勢ですり抜けてテントの外に出て、呪文を唱えた。

地鳴りがして、そして地面が割れた。潜り込もうとしたとたん、

「なんだこれは!? 根っこが絡んで……」

すると、さきほどの大きな男がのそっとテントから出てきた。

「根っこがどうした? 逃げられないか?」

「お、お、お、おまえは誰だ? こ、こ、こんなところでこの僕が……」

「案じるな、青龍一閃!」
大男はなんの躊躇もなくポールソードを振り下ろした。

「グ、ス、タ、ボー!」
男の首が転がり、鳥のくちばしのようなものが付いた仮面が外れた。

「よし! グラネロ砦の守将、闇ギルド鳥仮面の一人、グスタボを討ち取ったぞ!」
フードを脱ぐと、それはグアン将軍だった。

「エンゾ、エマド、急いで戻ろう!」
三人は、馬に乗って駆けだした。


 グラネロ砦から一キロ北。

そこには、
いつの間にか暗い林が広く出現しており、多くの所属不明の兵士がうごめいていた。

「時間だ。主力歩兵隊、主力槍隊、作戦開始!」
おう、と答えて歩兵隊五十名、槍隊同じく五十名が、グラネロ砦向けて歩き出した。

砦から見える位置で止まり、それぞれがやかましく武具や鐘を打ち鳴らしはじめた。しかし、その歩兵隊も槍隊も、体格から装備から見た目が貧相で、いかにも弱そうだ。


 一方、砦内部では。

「副守将、北門に敵影です!」

「数は?」

「百ほどですが……」

「わかった。グスタボ様に報告する」

「そのグスタボ様ですが、姿が見当たりません」

「なんだと? グスタボ様がいない!?」
砦の副守将である黒装束の男が立ち上がり、北門へ向かった。

外の様子を城壁上から見て、
「百人隊を二隊出して追い払え!」

「はっ」

すぐさまグラネロ砦北門から、二百人ほどが溢れ出てきた。

林から現れた百人は、それでもかまわず挑発を続けていたが、黒装束の二百人が目前まで迫ったところで、ついに逃げ出した。

「追え! 追え!」
それを見て、黒装束軍団はさらに勢いづいて全力で追いかけはじめた。

そのとき、

「わあ!」
「なんだ!?」
黒装束軍団のまわりで、広範囲に地面が白く氷結した。その多くが足を取られている。

「いったん引け!」
「いや、前に出ろ!」
「どこかに術者がいるぞ! さがせ!」
混乱が始まると同時に、貧相な百人が逃げた方向から、忽然と弓兵が姿を現わした。

五十人ほどの弓兵が、間断なく矢を射込む。

さらには、林の中から今度は屈強そうな歩兵隊五十名、槍隊五十名が飛び出してきた。

「進め!」
歩兵隊を率いるのは、赤い衣装に棒を持った男。

「遅れるな!」
槍隊を率いるのは、プレートメイルを装備し、鉄製の兜でわかりづらいが、体格の良い女性。

真正面からの死闘が始まった。


 一方こちらはグラネロ砦の南門付近。

数人が怪しげな行動をしていた。五十メートルほど手前で、枯れ草や枯れ枝を山のように積んでいる。

「これでよし、と。もし砦から誰か出てきたら、すぐ逃げよう」

それからしばらくして、北門で戦闘が始まった。それを告げに走ってくる者。

「よし、火を点けろ!」
火打ち石で火が点けられ、もくもくと煙が上がり出した。


 北門では、手練れ同士の戦闘が十数分に及んでいた。

闇ギルドの百人隊隊長は、何度か砦に伝令を出して退却の指示か増援の判断を迫った。

しかし、砦から煙が上がったのを見て、不利を確信した。

「いったん砦内に退却する、引け! 引け!」
百人隊隊長の命令で、砦へ走り込もうと引いていく黒装束たち。

そこへ、

抜群のタイミングで、五十数騎の騎馬隊が現れた。

「突撃ー! 我は青龍将軍ぞ! わしと矛を交えたい者はいるか!」
五十騎の先頭には、ポールソードを巧みに操る髭の将軍。

黒装束軍団が北門に逃げ入るどさくさに紛れて、騎馬隊が砦内に突入していった。

「守将を探せ! 守将を射止めよ!」
怒声が交錯する。


 北門城壁の上では、

騎馬隊の突入を見た副守将が明らかに動揺していた。

ついさきほどまでは、自分が鳥仮面に昇格する妄想をしていたのだが……。

「よし、ここは任せる。おれはいったん撤退する……」
振り返って部下に伝えようとして、さっきまでいた部下がいない。

「どこに撤退するのかな?」

「お、おまえは、牢に捕らえられていたはずでは……」
青い装束の者たち数人に取り囲まれていた。

「ま、まだ百人隊が三隊ある!」

「下を見ろ、北門のアイアンゴーレムが動き出した。どっちの勢力が動かしているかわかるか?」

「なんだと?」
副守将は城壁から覗き込んで、そして両ひざをついてがっくりとうなだれた。


 ポールソードを持ったグアンが数人を引き連れて北門城壁に登ってくると、すでに副守将は縛り上げられていた。

「おお、お主は二コラであろう。牢から脱出して守将を捕らえるとは……」

「虫の知らせをくれたのはあなただね」

「そうだ、わしはグアン将軍。よし、敵に投降を促せ! 我々の勝利だ!」
グアンが共の者に命じた。

「待て!」
縛られて座らされている副守将が吠えた。

「おまえたちはとんでもないことをしでかしている。わかっているのか!?」

「もちろんだ」
グアンが答えた。

「おれたちの後ろ盾は、新興国家アショフだぞ?」

「ほう、それはいいことを聞いた」
グアンが全く動じていないので、副守将は何か言おうとして黙ってしまった。

「よし、こいつを北門外に連れていって、縄を解け」
グアンが副守将を解き放つように命じ、共のひとりが副守将を立たせた。

「おい、いいのか?」
さすがに二コラが問いただしたが、

「問題ない。彼らに情報を与えるが、われわれはそれをさらに二手三手上回る」

「なるほど」
二コラはグアンの意図を理解して、ニヤリとした。グアンはさらなる奥の手を持っているのだ。

やがて、砦内でえいえい応と、勝どきが聞こえてきた。


 その夜、

砦内の食堂で、遅い時間に夕食を摂りながら作戦会議が始まった。

それぞれが立った状態で、サンドイッチなどをかじりながら参加している。

「まず、二コラ。無事帰ってきてくれてありがとう。他の捕まっていた隊員も含めて、体調などは問題ないかしら?」

「ああ。看守を買収して以降はむしろ快適だったよ。それに、僕たちは一平米も広さがあれば鍛錬が可能だ」
確かに、二コラの顔色もよく、体格も最後に見た時よりむしろ大きくなったようにも見える。

「他のみんなも、今日はよくやってくれた」
マルヴィナがみんなを見渡し、

「ミシェルとクルト、あなたたちの実力と奮戦が無かったら、敵勢を砦に追い返せなかったわ」

「マルヴィナの氷結呪文も相当効いていたけどね」
クルトが返し、ミシェルもにっこりうなずいた。

「ヨエル、南門での工作、とてもいいタイミングだったよ」
いやあそれほどでも、とヨエル。

「モモ、北門のアイアンゴーレムで相手は降伏を決めたわ」
手で合図を返すモモ。

「エンゾとエマド。あなたたちのこの一か月の、闇商人としての働きがなかったら、今日の勝利は無かったわ」
わかってるね、とエマド。そして、なぜか涙目のエンゾ。

「そして青龍将軍。ありがとう、あなたに感謝する」
どういたしまして、とマルヴィナに丁重なお辞儀を返すグアン。

「じゃあ次に、投降してきた闇ギルドのメンバーの処置について教えてくれる?」

「前科のある者は教国に連絡して、すでにほとんどが引き渡し済みだよ。それ以外の比較的最近雇われた者たちは、この砦のメンバーになってくれそうだ。百人ほど、実戦慣れした兵士が増える」

「ありがとう」
モモの即答に、マルヴィナも納得したようだ。

「じゃあ、あとはグアン、進めてくれる?」

「わかった」
テーブルに広げた、砦周辺の地図を前に立つグアン。

「このあと、敵は必ず大きな反撃に出てくる。こちらは、まず間違いなく相手より少ない人数で応戦することになる。その戦いに勝つための、秘策がある。まず砦の周囲に……」

このメンバーであれば、どんな困難でも乗り越えられる、

そういった空気が出来つつあるのを、そこにいる誰もが認めていた。

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